
三浦半島で暮らして、15年になる。
河津桜も散り、寒さの合間に初夏のような陽気の日も増えてきた。相模湾の向こうに見える富士山は深い雪に覆われているけれど、子安の里では陽射しに温められた土の中で春の目覚めが始まっているに違いない。
土の匂いを知らずに育った。
ここに来るまではずっと都会で暮らしていた。いつも時間に追われていた。眠りは浅く、心はいつもささくれていた。足りない「何か」を埋めようと手当たり次第に掴んでは手放していた。誰といても、何をしていても、ひとりだった。「食べるために、働くこと」を呼吸するのと同じくらい当然のものと受け入れていた。
ふと立ち止まって人生について考えたのは2008年の年末のことだ。この国の食料自給率の低さを案じる声がメディアで盛んに飛び交っていた。通りかかった官公庁街の公園で職を失った人々への炊き出しが行われていた。働き盛りの若者が列をなしてかじかんだ手を擦り合わせていた。明日は自分が列の最後尾に並んでいるかもしれない。その可能性を否定できなかったわたしは旅に出た。この国で食べていくための「確かなもの」を探す旅へ。

思いつくまま、気の向くまま、全国の生産者を訪ね歩いた。行く先々で出会ったのは、わたしが何を手に入れても実感できなかった「しあわせ」を日々感じながら生きている人たちだった。水と緑に恵まれたこの惑星に生まれたことを心から感謝している人たちだった。
日が昇ったら起きて、畑で汗を流し、自分たちで作ったおいしいごはんを食べ、笑い合い、日が沈んだら眠りにつく。時々、星空を見上げ、泣いちゃったりする―――彼らが気づかせてくれた。都会での暮らしが当たり前じゃなかったことに。
教わったのは、過去を取り戻すことが、未来になるということだった。生きるために必要なものを自分の手で作ること。助け合うこと。すべての生命がこの地球で等しく生きていく上で一番大切なものが彼らの暮らしにはあった。それは経済成長を続けていくために多くの人が捨てたものでもあった。
わたしは変わり始めていた。本当に大切なことに気づくこと。それを大切にしていくこと。それだけで人は多くを望まずとも、しあわせなのかもしれないと。
自然と共に生きてみたかった。
旅を終えたわたしは都会を離れ、海辺のまちで暮らし始めた。それまでの暮らしが悪いわけではなかったけれど持続可能性でいえば、いつか破綻するのは目に見えていた。

神奈川県横須賀市秋谷――三浦半島の相模湾側にある海と里山に挟まれた小さな農山漁村だ。134号線で葉山の御用邸を過ぎ、横須賀市に入ってすぐの西海岸沿いに広がる集落である。かつて秋谷村と呼ばれていたこの土地には、鎌倉時代に建てられた秋谷神社を中心に大切に受け継がれてきた歴史と伝統がある。

ここで生きている誰もが1年を通じて自然と向き合っている。多様な生命と運命を共にしている。風と語り、空に祈り、潮の匂いに季節のうつろいを感じている。夕陽が滲む弓形の水平線に、ここが水と緑の惑星であることを実感し、ここで生きていることに感謝している。
わたしも本業の合間に里山で小さな菜園を耕している。春の海辺で打ち上げられたわかめを採取したりもした。朝は近くの養鶏場で産み落とされたばかりの鶏卵を炊き立ての白米にかけて頂き、夜は目の前の海で採れた魚の刺身と自分たちで育てた四季の野菜惣菜で晩酌を楽しむ。

「暮らし」の語源が”日が暮れるまでの営み”であると身をもって学んだ。「おいしい」という言葉は味覚だけでなく、頂いた生命が身体の隅々にまで行き渡って、あたらしい細胞として生まれ変わる実感とともに湧き上がってくる感情だと知った。「食べるために働いていた」ときには一度も得られなかった「しあわせ」を日々感じられるようになった。そして、気づいた。食べるものを育てていれば、食べるために働かなくていい、という当たり前のことに。
その解放感は、たとえば夕暮れ時に家族と浜辺を散歩しているときに心の中を風のように吹き抜けていく。勝ち負けじゃない。正しいとか正しくないとか意味があるとかないとか、そんなことはどうでもいい。都会で仕事をしているときは今でもそう思えなくなる時があるからこそ、そんな風に思える瞬間が365日のうち1日でもあるだけでこの海辺で暮らしていて良かったと心から思う。
本当に大切なものに気づくこと。それを大切に守っていくこと。自分の人生がようやく持続可能なものになったような安心感があった。
海はいつも凪いでいる。
心はいつも凪いでいる。

この暮らしを、未来に受け継ぎたいと思った。
そんなここでの暮らしにかげりを感じるようになったのは、ここ数年のことだ。
気候危機。自然と共にある暮らしには環境の変化に大きく左右されるリスクもある。10年後もこのまちで生きていられるのだろうか。50年後もこの星で生きていられるのだろうか。それはこの海辺のまちで生まれた我が子の未来を大きく左右するものでもある。
わたしはあたらしい旅に出ることにした。今、この星で何が起きているのか。大切なものを子に受け継いでいくためにできることはあるのか。その可能性をひとつでも多く知るために。2040年に大人になる子どものために未来を育んでいく「希望の種」を探す旅へと。旅するように暮らす、この町で。
2025年3月21日
種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~
文・写真 青葉薫
夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。
15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで
「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。







































青葉 薫
横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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