
近年、目覚ましい発展を遂げる生成AI。AI技術の拡大によって、あらゆるプロセスが圧倒的に簡略化されつつある。
同時に危ぶまれているのが、人間の創作力の衰退だ。人間のポテンシャルは、生成AIの対等によって本当に下がってしまうのだろうか?
本記事では、生成AIが人間の創造に与える影響や、共生に残された課題を掘り下げていく。
AIの発展は“創造性”を定義し直すか?

生成AI技術が発展し始めた頃は、人間とAIの「創造」に関する領域は差別化されていた。その背景には生成AIの未熟性もあったが、より大きな理由は「AIは0から1を創造することが苦手だから」だ。
AIは0から思考するのではなく、ビッグデータに基づいた「関連性の高い情報同士」を組み合わせ、パッチワークのように生成物を提案する。
知識以外にも経験や感情を踏まえた「創造(0→1の価値を生み出す営み)」の領域は、もっぱら人間の専売特許という認識だったのだ。
しかし昨今では、生成AIが労力や経験を介さずに、短時間で高度な作品を生みだしつつある。AIの進化とともに学習対象も増え、これまで人間の特権だった「創造性」という概念そのものが揺さぶられている。
失われる、創造プロセスの「苦悩」と「体験」

AIは創造の可能性を広げる一方で、一部のクリエイターの居場所を奪っていることも事実だ。ここでは、生成AIの進化による創造性の消失について掘り下げていく。
私たちは、アートや作品のどの要素に感動し、価値を感じるのだろうか?創作のプロセスを紐解くことで、人間とAIの違いも浮き彫りになっていく。
製作過程による文化的な体験の消失
AIが創作を代行することで、「試行錯誤」や「苦悩」といった、創造性を育むうえで不可欠な文化的体験が失われる。
創作とは、自らの心や感性と向き合う営みである。悲しみやトラウマと対話し、ときに精神を病みながら創り上げる、いわば「苦悩の絞り汁」だ。
創作には苦しみをともなう。だからこそ完成時には大きな達成感が得られ、私たちは精神的にも人間的にも成長を得る。生成AIによる代行は、人間が心を成長させるチャンスを失うことにもつながるのだ。
作品や創作文化全体に空虚感が広がる
AIによって生成プロセスが簡略化された結果、作品や文化全体に空虚感が広がることも懸念される。
たとえば太宰治は、1948年6月13日に入水自殺をした。その約1ヶ月前、生前最後に脱稿した作品が、同氏の代表作である『人間失格』だ。
人間失格は物語の完成度のほか「太宰治が死ぬ前に書いた最後の小説」という観点でも、作品に価値を与えている。あえて誤解を恐れずに言えば、物語全体に漂う虚しさは、作者の葛藤や死という背景によってより引き立っているともいえるだろう。
感情のないAIの生成物に、製作者の葛藤は含まれない。機械的に「情報のみを継ぎはぎして作られた成果物」に慣れると、作品から感じられる深みや価値が形骸化することが懸念される。
AIの生成物に人の心を震わせる力があるのか

とはいえ、私たちの感動や共感の質は「製作者がAIかどうか」によって決定的に異なるのだろうか。
すでにSNSでは、生成AIを公言した創作アカウントが活動しており、多くのフォロワーや「いいね」を集めている。
創作物に親しむ人のなかには「人間が作ったものだからこそ感動できる層」も「良い作品であれば製作者がAIでも構わないと考える層」も、両方存在している。
製作者が伏せられれば、この問題はさらに複雑化するだろう。実際に2023年には、有名写真コンテストでAI生成画像が最優秀賞を獲得し、大きな話題となった。
作者は受賞を辞退したが、結果として「AIの生成物であろうが、人を感動させることはできる」と証明されてしまったのだ(*1)。
創造的な未来を守るための倫理と権利

道具はそれ自体ではなく、使い方によって善悪が定められる。ツールとしての生成AIも同様だ。ここでは、生成AIの普及にともない表面化した「倫理的・法的課題」について解説していく。
AIの学習データに含まれる既存作品の著作権
AIはWeb上の大量のデータからパターンを学ぶため、公開されている創作物が学習に使われることは避けられない。文化庁によると、2025年現在では「AI開発のための情報解析は、原則として許諾なく可能」と明記されている(*2)。
しかしAI学習により、既存作品と酷似する作品が蔓延した場合、製作者の利益や権利が損なわれ、文化の健全な発展が阻害されることが懸念される。
AIと共生を目指すためには、非公開作品を学習対象から除外する仕組みや、製作者への正当な対価を還元する制度などが求められるが、いまだ実現は難しい状態だ。
AIと人間の共作における著作権の帰属
生成AIは、ツールごとの利用規約に著作権の帰属先が明記されている。一般的な利用の場合、生成物の著作権は生成ユーザーに帰属する。
しかし今後、AIと人間の共作が拡大した場合は、法改正が視野に入るだろう。たとえば「作品の9割に該当する要素をAIが生成した」場合、いわゆる「著作者性」がどこに含まれるのかの判断が難しくなる。
さらには、AIに指示を与えるプロンプトの作成すらも、別のAIの生成物である場合も考えられる。しかし、そもそもその指示は人間がしていることを考慮すると、著作者性の堂々巡りとなってしまう。
クリエイティブの民主化とプロフェッショナルの困窮
AIがもたらすクリエイティブの民主化は、大衆が表現者として社会に参加するための第一歩だ。その一方で、創作を生業とするプロフェッショナルの作品たちが、AI生成物に埋もれてしまうという深刻な問題も発生している。
実際に生成AIの躍進によって、仕事を大きく減らしたクリエイターは少なくない。創作の裾野が広がるほど創作のプロが困窮する、という皮肉な状況が生まれている。
課題解決のためには、技術と倫理のバランスを取るための新しいルールが必要だ。AI生成物と人間の創作物を区別するための「透明性の確保」や、人間の創造性を社会全体が評価する取り組みなどが期待される。
AI時代における「体験を伴う創造」の価値をどう守るか

手紙が電子メールになるように、人力車がEV車になるように、時代とともに技術が進化すれば、自然と淘汰される文化や職業があるものだ。
しかし人間ならではの創造性を発揮するアーティストやクリエイターは、技術進化による淘汰を受けるべきではない。なぜなら新たな技術や文化の創造には、人間のゼロイチの創造力が不可欠だからだ。
アーティストたちは、創造性を象徴する職業の一つ。AI拡大により彼らの仕事が完全に淘汰されることがあれば、いつか人類の発展は頭打ちになるだろう。
私たちは、人間の創造性の本質を探求することで進化してきた。そもそもAIが生成に利用するデータベースは、人間の創造力による営みの結晶だ。
どれほどAIが発展しても、私たちは「体験をともなう創造」を評価し続ける必要がある。人間ならではの感情や経験は、ウェルビーイングや文化的アイデンティティの源泉となるのだ。
Edited by s.akiyoshi
注解・参考サイト
注解
*1 2023年には、有名写真コンテストでAI生成画像が最優秀賞を獲得し、大きな話題となった。BBC NEWS JAPAN「AI作成画像、有名写真コンテストで最優秀賞を獲得 作者は受賞辞退」による。
*2 文化庁によると、2025年現在では「AI開発のための情報解析は、原則として許諾なく可能」と明記されている。文化庁「AIと著作権」による。
参考サイト
人工知能(AI)が生成した作品は著作権で保護されるか?米国で判決(Thaler事件)|関真也法律事務所
アーティストの努力はAIに奪われるのか? 共存の可能性を問う|CNET Japan
AIと知的財産権の共存:アーティストと起業家が求める新たなルール|Forbes


























METLOZAPP
数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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