
学びは、いつから学校の中だけで行われるものになったのだろうか。
江戸時代から幕末にかけて広がった寺子屋は、庶民の子どもたちが集う「地域の学びの場」だった。そこでは、年齢も習熟度も異なる子どもたちが同じ空間で学び、「一人前の人間」になる過程を重ねていた。寺子屋のあり方から、学校の外で学ぶことが持つ意義を問い直してみたい。
学校以前の学びの場。寺子屋という「地域の教室」

江戸時代には、現在のような全国共通の学校制度はなく、人々の学びのかたちは身分によって大きく異なっていた。武家の子どもたちには、文武の教養を修めるための教育施設として「藩校」が設けられていた。
一方で、庶民が日常生活に必要な読み書きやそろばんを身につける場として生まれたのが、「寺子屋」である。封建社会だった江戸時代、庶民には実生活に役立つ教養が求められ、寺子屋では「いろは」や数字から始める実践的な学びが行われていた。
寺子屋の起源は室町時代後期にまで遡り、江戸時代中期以後に全国へと広がっていく。もともとは「寺院教育」を母体としているため、「寺子」という呼称もここから発生したとされている。
現在の学校が年齢ごとのクラスで「一斉に学ぶ場」であるのに対し、寺子屋では子ども一人ひとりの進度に応じた教育が施されていた。子どもの親の職業や本人の希望に合わせた教科書「往来物(おうらいもの)」などを用いて、それぞれが必要な内容を学ぶ柔軟な教育スタイルが取られていた。
通常は7、8歳ごろで通い始め、平均して6年程度で卒業するなど小学校と共通点はあるものの、寺子屋は義務教育ではない。早ければ5歳ごろから学ぶこともあったようで、同じ教室には年齢や習熟度の異なる子どもたちが集まり、仲間同士で教え合う姿も日常的に見られた。
こうした学びの場が各地に存在していた江戸時代末期、都市部の成人男性の識字率は70%前後とする推計もある。同時代のロンドンやパリと比べても当時としては非常に高い水準にあり、当時の日本は、世界的に見ても識字環境が整っていた社会だったと言われている。
学びとケアが分かれていなかった時代。地域が子どもを引き受けていた

江戸時代、庶民は日々の家業に追われ、家庭の中だけで子どもに勉学を教える余裕は多くなかった。それでも、家を守り、家業の後継ぎを育てることは、どの家庭にとっても切実な課題だった。現在のように子どもたちが自由に職業を選ぶことが難しかった当時、そうした事情も背景となり、庶民のあいだで教育への関心が高まっていたと考えられている。
とはいえ、寺子屋の役割は、けっして読み書きそろばんを教えるだけではなかった。寺子屋は「地域に溶け込んだ学びの場」として、生活やしつけ、日常的な見守りを含んだ、「人を育てる環境」でもあった。たとえば、机に向かう姿勢や言葉遣いを注意されることもあれば、年長の子どもが年下の子に学び方を教えるなど、学びと生活が地続きになった場面もあっただろう。
寺子屋では、礼儀作法や道徳といった「しつけ」が教育の根幹に据えられていた。「人間性あっての勉学」を重んじる師匠たちとの関わりを通じて、子どもたちは「して良いこと・悪いこと」といった社会性を、日々のやりとりの中で自然に身につけていった。親が直接介入しない環境の中で、叱られることも、認められることも、子どもたちは学びの一部として受け止めていたのである。
こうした多様な年齢層が交流する環境の中で、「地域全体で子どもを育てる」という意識が共有されていく。寺子屋は、子どもたちが学ぶ場であると同時に、大人の目が行き届く居場所でもあった。そこには、現代で言う「見守り」にも通じる、共同体としての機能が自然と育まれていたのだ。
教室の外で学ぶという選択肢。寺子屋から考える、現代の学び

改めて学びとは、本来どこで行われるものなのだろうか。
寺子屋は、学びが教室の中に閉じていなかった時代の象徴である。そこでは年齢の違う子どもたちが同じ空間に集い、筆を持つ手やそろばんの珠を弾く音が響く中、それぞれが自分の課題に向き合っていた。年長の子が年下の子に文字の書き順を教え、師匠が礼儀作法を声をかけながら指導する――そんな活気ある日常のもと、学びは生活と密接に結びついていた。
こうした環境の中で、学習は学校の外にも広がり、生活や人との関わりに自然に浸透していった。学内と地域内という「複数の学びの回路」を持つことで、子どもたちは知識だけでなく、親孝行をする・年長者を尊重する・地域のルールを守るといった、日々の生活の中で社会性や他者との距離感を体得していった。そして、道徳を土台とした学びを重ねながら、「一人の人間」へと成長していく姿がそこにはあった。
できる限り平等に、画一的で質の高い教育を提供するという点において、現在の学校システムは効率的だと言える。一方で、いじめや不登校、引きこもりなど、学校が抱える子どもたちの課題は、いまや深刻な社会問題となっている。
地域共同体の希薄化や核家族化が進む現代。多様な子どもたちが参加できるインクルーシブな学びを、学校の中だけで完結させることには限界があるのかもしれない。
家庭でもなく、学校でもない地域の居場所で、年齢や習熟度の異なる仲間とともに学び、人としてのあり方を身につけていく――寺子屋の教育のかたちは、いまの学童保育や地域の子ども食堂に通じる、「教室の外で学ぶこと」の可能性を私たちに教えてくれている。可能な地方都市像へとつながっていくのだ。
Edited by k.fukuda
参考サイト
「寺子屋」ってなに?|東京都立図書館
一 幕末期の教育|文部科学省
識字能力・識字率の歴史的推移――日本の経験|広島大学
共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進(報告) 概要|文部科学省




















ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
( この人が書いた記事の一覧 )