
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、なんだかワクワクしてきたのだった。
そこで、いちごのショートケーキができるまでの旅をすることにした。材料の生産者を訪ねてみよう。どんな人が、どうやって生産しているのか。全員の顔を思い浮かべながら、集めた材料で、最後にとびっきりのケーキを焼くつもりでいる。
さあ、一緒に出かけましょう。
生産者をめぐる旅の第5回目は、砂糖をめぐる旅だ。ケーキの材料の中でも、もっとも生産者の顔が見えにくい食材ではないだろうか。砂糖は北海道で作られているビート(甜菜)や、沖縄や鹿児島で作られているサトウキビを、製糖工場で加工することでできる。
そこで今回は、砂糖の原料となるビートの生産現場に向かうことにした。千歳市で畑作を営む、旧知の農家・片桐将雄さんを訪ねた。
ところで、そもそも取材は、こちらの希望を押し通して成り立つものであり、どうしても受け手の時間を割いてもらうことになる。だから、せめて、何らかの宣伝の一助になれば、こちらの心苦しさも薄れるというものだ。ところが、ビート生産者に限っては、取材を受けても、特別のメリットはほぼないと言えるだろう。
ビートは生産して製糖会社に販売する以外の販路がないため、記事が読まれたとしても、売上には何ら貢献しないのである。筆者としてはひたすらお礼を申し上げるばかりである。
輪作体系に欠かせないビート

北海道の畑作農家にとって、ビートは欠かせない作物である。同じ作物を同じ畑で2年以上作り続けることを「連作」という。連作をすると、作物に病気が発生したり、品質が低下したり、収量が落ちたりする。つまり、農家にとっていいことはひとつもないのである。
だからといって、次々と異なる作物を栽培したのでは、経営を安定的に継続させることは難しい。そこで、数種類の作物を周期的に栽培することを「輪作」という。
ビートはこの輪作体系に組み込まれた、重要な作物なのだ。例えば、片桐農園では「秋まき小麦→ビート→豆類→ばれいしょ」の順番で畑に植えている。ビートを植えた畑には、翌年は小豆や大豆を植える。そしてビートは別の畑に植えると言うように、畑を使いまわしていくのである。
「同じ作物を植える間隔は、長ければ長いほどいいんです。もし、ビートがなくなってしまうと、秋まき小麦→豆類→ばれいしょとなってしまい、2年しか空かなくなってしまいます。もちろん、ビートは上手に作れば儲かる作物でもあるんですが、輪作の一環という意味も大きいですね」
また、ビートは北海道に合った寒冷地作物でもある。「気候が暑いと、褐斑病が発生して、糖度が上がらなくなってしまいます」と片桐さんは言う。だから、昨今の暑さはビート栽培にとっては大きな障害なのである。
糖価調整制度と砂糖の自給率の関係

ビートの糖度という耳慣れない言葉が登場したので、少し説明しておこう。例えば米であれば、基本的には生産量が多いほど収入が高くなる。ところがビートの場合には、生産量に加えて、糖度が高いほど収入が多くなるのである。
考えてみると当たり前なのだが、ビートは砂糖になってこそ、商品価値が発生する。当然、ビートの中に含まれる糖分が多いほうがたくさんの砂糖ができるのである。だから、農家が収入を増やすためには、収量と糖度のアップを目指すのだ。
冒頭で述べたように、国内ではビートとサトウキビが栽培されている。そのほかにも海外から、精製度の低い原料糖が輸入されている。これらを原料として製糖会社が砂糖を作っているのだ。
一方で、すでに精製された砂糖は高い関税などが課されるため、ほとんど輸入されていない。砂糖を輸入しても商売にならないように政策を設計し、国産の砂糖作りは守られているのだ。
輸入原料糖にしても、何の制限もなかったらとても安く入ってくる。そうなると競争にならず、国内の甘味資源作物(ビート・サトウキビ)は生産されなくなってしまうと考えられる。
そこで原料糖を輸入する際には、調整金というものが課せられる。この調整金と国費を財源として、生産者と製糖会社に交付金が支払われ、甘味資源作物栽培と製糖業が成り立つという仕組みなのだ。この枠組みが「糖価調整制度」である。
国内産砂糖の安定供給を確保していくために、うまく考えられた仕組みではあるが、原料糖の輸入がなければ財源がまかなえないとも言える。つまり「ある程度の自給率を保つ仕組み」なのであって、「自給率をできるだけ高める仕組み」ではないのだ。
そして、日本の農業、ひいては食料をどうしていくのかを決めるのは、農林水産省ではなく、私たち自身である。全てを輸入に頼ってもかまわないのか、ある程度の国内自給をしたいのか、できるだけ自給率を高くしたいのか。そのことを考えるにあたっては、今、食べているものがどうやって作られているのかを知らなければならない。
直播というチャレンジ

片桐さんに、ビート生産の苦労についてお聞きした。
「ビート生産には、肥料、堆肥、農薬など多くの経費がかかるんです。ビートの価格は比較的安定しているのですが、肥料や農薬が軒並み高くなっているので経営は大変です。最近は、お米のことがよくニュースに取り上げられていますが、農業の問題は、米の問題だけじゃないと言いたいですね」
近隣の農家を見ても、ビートの生産者は減ってきているのだそうだ。ところが、ビートの場合、生産量が少なすぎると、製糖会社の経営が成り立たなくなってしまうという大きな問題がある。地域の製糖会社がなくなってしまったら、ビートは作れなくなるか、あるいは作っても高い運賃を支払って遠くの製糖工場まで輸送しなければならなくなってしまうのだ。
片桐さんは、離農した人の畑も引き受けており、経営規模は拡大し続けている。そこで省力化と経費削減の切り札として、片桐さんは「直播(ちょくはん)」を始めた。これまではハウスで苗を作ってから、畑に移植していたのだが、ビートの種子を直接畑に蒔く直播という栽培方法に変えたのだ。
「直播にはリスクがあります。春先に芽が出た直後に、風と霜にあたると、ダメになってしまうんです。」
霜害があった場合には、もう一度蒔きなおすか、そのまま残ったので続けるかという選択を迫られる。場合によっては、補植することもあるそうだ。だが、いずれにしても、収量は減ってしまう可能性が高い。直播はコストダウンにつながるとはいえ、失敗するリスクもはらんだ諸刃の剣なのである。
「一方で、移植の場合は、植えた後もガッチリ根付きます。ただし、苗の準備が大変です。3月からハウスに種まいて、水をやって、温度管理をしなければならないので。また、移植時にも、人を雇わなければならないので労働力もかかります」
ちなみに今年は、春先の天候が悪く播種が遅くなったので、順調に生育しているとのことだった。
“あんこ”のある畑

ビートを作っていて楽しいことは何ですかとたずねると、弾むような声で答えが返ってきた。
「ビートを収穫して山になっているのを見ると、今年もやったな、と、嬉しい感じがあります。収穫を山積みする作物はビートしかないですからね。春からずっと苦労してきて、やったなと思えると、嬉しくなります」
収穫時期を間近に控えた片桐さんに、タッピング包丁という道具を見せていただいた。収穫のほとんどは機械で行うのだが、畑の端っこは、昔ながらの方法で手で掘るのだそうだ。
12haのビート畑の収穫にかかる時間はトータルで1週間くらい。その後、山積みになったビートを、製糖会社のトラックが回収に来て、砂糖が作られることになる。
片桐さんの畑では、ビートの他に、小豆、納豆用の大豆、春まき小麦「春よ恋」、秋まき小麦「ゆめちから」、種子ばれいしょが生産されている。砂糖と小豆と聞いて、思い浮かぶのはあんこだ。片桐さんの畑には、あんこがある。ケーキを作る時だけではなく、和菓子を食べる時にも、片桐さんのことを思い出すだろう。
今回の生産者さん

片桐農園
片桐農園は、北海道中南部・千歳市にある畑作農家だ。農園主は、農家として3代目の片桐将雄さん。農地面積は約50ha。2代目にあたる、将雄さんのお父さんは、人気の名店「東千歳バーベキュー」を経営している。
いちごのショートケーキができるまで
〜生産者をめぐる旅〜
文・写真 横松心平
ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、
小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、
なんだかワクワクしてきたのだった。



























横松 心平
1972年東京都生まれ。札幌市在住。北海道大学入学後、北海道大学ヒグマ研究グループの一員になる。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、農業団体や福祉施設の職員を経てライターに。農業、環境、子育て、ジェンダー、文学に関心があります。現在6冊目の著書の刊行準備中。
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