
日々の暮らしの中で、集中力が続かない、なんとなくモヤモヤする──そんなことはないだろうか。その原因を解決してくれるのは、私たちの暮らしを取り巻く音の風景「サウンドスケープ」の考え方なのかもしれない。本記事では、サウンドスケープの効果や事例、そして今日から実践できる方法を紹介し、音で暮らしを豊かにするヒントを探っていく。
サウンドスケープとは

サウンドスケープという言葉は、「Sound(音)」と「-scape(~の眺め)」を組み合わせた複合語である。視覚的な景観を指すランドスケープ(Landscape)に対して、「音の風景」や「聴覚的景観」といった意味を持つ。
自然音や都市の喧騒、記憶の中の音を、個人や社会がどのように聞き取り、意味づけているのかに重きを置く考え方だ。サウンドスケープは、カナダの作曲家であり音楽教育者、環境思想家でもあったマリー・シェーファーによって、1960年代後半に提唱された。それまで音は環境から切り離され、客観的かつ科学的にのみ扱われる傾向にあった。
また当時は騒音が社会問題になっており、シェーファー自身も騒音に悩まされた経験から、新しい音の捉え方の必要性を感じたという。
当初、学生たちは騒音問題にあまり興味を示さなかったものの、シェーファーは「音楽を聴くのと同じ態度で環境音を聴く」ことを提案した。
身の回りの音に美的価値を見出すことから始めたこの試みは成功し、音を単なる物理現象ではなく、文化的事象として捉え直す新たな視点を生み出すこととなった。
サウンドスケープが心身にもたらす効果

集中力の向上
私たちは、音によってさまざまな影響を受けている。
音によっては騒音と感じることもあるが、その一方でポジティブな影響をもたらす場合もある。そのひとつが、集中力の向上だ。
芝浦工業大学の研究によると、脳が疲れたタイミングで川のせせらぎを聞いた人は、集中力を表す脳波「ガンマ波(γ波)」が上昇することが確認された。(*1)
集中して何かに取り組みたい人にとっては、注目に値する効果といえるだろう。
睡眠の質の向上
サウンドスケープの効果としては、睡眠改善も挙げられる。
電気通信大学の研究では、心拍と呼吸に連動した波の音を聞くことで、眠りにつくまでの時間が短縮され、深い睡眠への到達が早まることが確認された。(*2)
睡眠に悩みを抱えている人は、就寝前にリラックスできる音楽や自然音を取り入れてみるのも良いだろう。
ストレスの軽減
音をうまく活用すれば、ストレス軽減効果も期待できる。近年『JMIR Mental Health』で発表された調査結果(*3)によると、音楽と自然音が心拍変動や血圧、「ストレスホルモン」と呼ばれるコルチゾール値の改善に効果的であることが明らかになった。
音によるストレス軽減効果は、「ストレス社会」といわれる現代を生きる私たちにとって、大きな希望といえそうだ。
気分の改善
脳科学の観点からも、自然音によるリラックス効果が確認されている。
イギリスでは、17人の成人に人工音と自然音を聞かせ、その際の脳活動や心拍数を分析する実験が行われた。(*4)
その結果、人工音を聞いたときは「心配」や「気分の落ち込み」に関連する脳のパターンが見られた一方で、自然音を聞いたときは体をリラックスさせる副交感神経の反応が高まることが示された。
川のせせらぎや鳥のさえずりなど、自然音には私たちの心を穏やかに整える力があるということだ。
サウンドスケープに基づく環境デザインの事例

大分県・瀧廉太郎記念館
「荒城の月」で知られる明治時代の作曲家・瀧廉太郎。
彼が12歳から14歳まで暮らした大分県竹田市の屋敷は、現在、記念館として一般公開されている。
記念館の庭園は、「廉太郎が暮らしていた当時の“音風景”を追体験する」というコンセプトのもと、サウンドスケープ研究家の鳥越けい子氏によってデザインされた。
たとえば来館者用に下駄を置いてあるのがその一例だ。来館者は下駄を履くことで、飛び石の上を歩いたときにカラカラと音が鳴る体験ができる。
また、動物好きだった廉太郎にちなみ、庭園に実のなる木が植えられている。来館者は、当時の廉太郎も耳にしていたであろう小鳥のさえずりを自然に聞くことができる。
このように、瀧廉太郎記念館は聴覚を通して当時の情景を味わえる空間となっている。
メキシコ・Audiorama
メキシコの首都メキシコシティにあるチャプルテペックは、約686ヘクタールもの広大な敷地を誇る自然公園で、湖や木々に囲まれ、国内唯一の城もある同地のランドマーク的存在だ。
その一角にひっそりと佇むのが「Audiorama」である。木々に囲まれたこの空間にはベンチが並び、その周囲にはスピーカーが設置されている。スピーカーから流れるのは、ジャズやクラシック、メキシカンミュージックなど、曜日ごとに変わる多彩な音楽だ。チャプルテペックの周囲には大きな高速道路があるが、Audioramaではこの構造のおかげで車の騒音を気にせず過ごせる。
自然音と人工音を融合させ、大都市の中に安らぎの音響空間を生み出した好例といえるだろう。
イギリス・The Voice Line
「The Voice Line」は、サウンドアーティストのニック・ライアン氏が手がけた音響アートである。イギリスの首都ロンドン中心部、「ストランド」と呼ばれる大通りに設置された。
ライアン氏は39台のスピーカーを製作し、歩行者通路に沿って3.5メートル間隔で配置。そこから奏でられるのは、地域の文化や伝統に敬意を表したサウンドだ。
さらに装置には真鍮製のエンクロージャーが取り付けられており、これが風雨からスピーカーを守りと同時に、洗練された景観を演出している。
残念ながら「The Voice Line」は2023年4月までと2025年9月の期間限定での運営だったが、都市部においてクリエイティブな手法でサウンドスケープを創出した意義は大きい。
今日から実践できるサウンドスケープ

自然音を流す
耳に入る音を整えれば、日常生活はより豊かなものになる。その方法のひとつが、自然音を聴くことだ。前述の通り、自然界の音にはストレスの改善やリラックス効果がある。
実践方法はきわめて簡単である。スマートフォンの自然音アプリを活用し、睡眠前には鳥のさえずりや波の音を30分ほど流してみよう。
作業中は集中力を高める雨音や森の音を選ぶとよい。音量は会話ができる程度に抑え、タイマー機能で時間を調節しておくのがおすすめだ。
また、窓を開けて外の環境音を取り入れるのも有効である。これらの方法によって、誰でも手軽にウェルビーイングを高める音環境を作り出せる。
空間に区切りを設ける
空間を用途に応じて分けるという意味で、「ゾーニング」という言葉がある。
ここに音の視点を加えた、いわば“音のゾーニング”を試してみるのも効果的だ。
たとえば作業するときはイヤホンで自然音を聞きながら「集中エリア」を、リラックスしたいときはスピーカーから柔らかな音楽を流して「くつろぎエリア」を演出する。
カーテンや家具の配置を工夫し、音の反響を調整してみるのもよいだろう。
このように音で空間を分けることで、限られた住環境でも生活空間をより豊かにアップグレードできる。
音とともに瞑想する
心を落ち着かせる方法として、瞑想はよく知られている。この瞑想に、「音」を取り入れることを提言したい。
一般的な瞑想では「自分の呼吸に意識を向ける」とされるが、慣れないうちは難しい。その点、音という外的刺激は意識を向けやすいという利点がある。
やり方は簡単だ。自然音やリラックスできる音楽をかけ、楽な姿勢で座り、音に注意を向ける。もし瞑想中に別の考えが浮かんできたら、静かに意識を耳から聞こえる音へと戻す。これを繰り返すだけでよい。
音を頼りにする瞑想は、誰でも手軽に始められ、心の平穏を取り戻すための優れた方法といえる。
音を使って暮らしをデザインする

私たちは日々、さまざまな音に囲まれて暮らしている。時にはそれがストレスの原因になることもあるだろう。だが、本記事で紹介したサウンドスケープの視点を持つことで、空間をより心地よくデザインすることが可能だ。
今日からできる小さな工夫を生活に取り入れれば、暮らしはより穏やかで豊かなものに変わっていく。音を味方につけて、自分だけの心地よい空間をデザインしてみてはいかがだろうか。
Edited by c.lin
注解・参考文献・参考サイト
注解
*1 芝浦工業大学プレスリリース「学習時、特定の音により聴覚を刺激することで 集中力向上の可能性を発見」(2023年12月21日)による。
*2 電気通信大学・高玉圭樹ほか「快眠を導く音とは」(人工知能学会論文誌 第31巻 第3号, 2016年)による。
*3 Marina Saskovets らによる論文「Effects of Sound Interventions on the Mental Stress Response in Adults: Scoping Review」(『JMIR Mental Health』 Vol. 12 [2025 年 3 月 24 日掲載])を参照。
*4 英国ブライトン・サセックス・メディカル・スクールの研究を紹介する報道(Newsweek日本版 2018年9月6日)による。
参考文献
鳥越けい子『サウンドスケープ: その思想と実践』鹿島出版会、1997年
岩宮眞一郎「解説 サウンドスケープの思想とその展開」(『音楽知覚認知研究』12 (1・2), 49-54、2006年)
髙玉圭樹、村田暁紀、上野史、田島友祐、原田智広「快眠を導く音とは─心拍・呼吸に連動した音の睡眠への影響─」(『人工知能』31巻3号、2016年)
参考サイト
概説(用語と考え方) | 日本サウンドスケープ協会
学習時、特定の音により聴覚を刺激することで 集中力向上の可能性を発見 | 芝浦工業大学プレスリリース
Effects of Sound Interventions on the Mental Stress Response in Adults: Scoping Review | PubMed
Effects of Relaxing Music on Healthy Sleep | Scientific Reports
自然の音を聞くと気分が落ち着く…は、科学的に実証されている | Newsweek
瀧廉太郎記念館 | 観光スポット | たけ旅 take_tabi
音風景研究家・サウンドスケープデザイナー/鳥越けい子|都市を聞く、風景を聴く | traverse
屋外で音楽が楽しめる! メキシコシティの公園は「音」もデザイン – ソトノバ | sotonoba.place
イマーシブ型の『VoiceLine』インスタレーションがロンドンの象徴的な公共空間で、好奇心を刺激し、感覚の体験と高い忠実度を提供 | ベステックオーディオ株式会社
Somerset House marks 25th anniversary with The VoiceLine installation and free celebratory weekend | Gramophone






















早瀬川 シュウ
フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
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