
地下茎を辿って
以前書いたように「雑草なんて草はないんだよ」と教えてくれたのは南房総で70年以上農業を営んできたおばあちゃん。人間は大地とともに生きてきたことを教えてくれた、わたしの恩師だ。
「どの草にも名前があって役割があるだぁよ」
窒素分が多いとか少ないとか、水分が足りてるとか足りてないとかが、生えている草を見ればわかるのだと。土壌分析化学が未成熟な時代から農業をやってきたおばあちゃんにとって、草は大地の状態を教えてくれる友達だったに違いない。
半年に渡る不耕起栽培の末に、里山にある菜園の際に竹を生やしてしまった。正確には笹。七夕飾りなどに使われる茎の細い竹だ。除草剤で駆除されたのか周囲の区画には見当たらない。どこから地下茎を伸ばしてきたのだろう。50センチほど掘り返しても根元は見えない。侵入経路を突き止めようとスコップを放り出して近隣を歩く。菜園から50メートルほど歩いた関根川の河川敷で笹の群生を見つけた。その下流域に広がる渓谷の斜面でノコギリガマを手に作業されていたのが、今回話を伺った三木真理子さんだった。
水の環をつなぐ活動とは

秋谷で水の環つなぎ活動「chotto」を主宰する三木真理子さんは、標高180mの湘南国際村から子安の里を経て相模湾に流れ込む関根川の流域で活動している。
「わたしたちがやっているのは、ひと言で言えば陸域でできる海中環境の再生です」
降り注いだ雨は里山の大地に染み込み、微生物を多く含んだ腐葉土によって浄化されながら地下水として、あるいは川として海に注いでいる。森は海の恋人。山から海に届けられた栄養が海草や海藻を育んでいる。かつて秋谷の海は群生するカジメから採取したヨードの製造が後に「味の素」の起業に繋がったほど豊かな藻場を持つ海だった。その源となっていたのがかつて宝金山と呼ばれた棚田の広がる里山だ。子安の里の炭焼き小屋や関根御滝不動尊に引かれた湧き水はその名残りでもある。

そんな里山を造成やコンクリート護岸、アスファルトで覆い大地への雨水浸透を遮断してしまったことが磯焼けの原因のひとつなのではないか。藻場の消失は気候変動による海水温の上昇だけではないのではないか。その気づきが三木さんが活動を始めたきっかけだったそうだ。
矢野智徳氏「大地の再生」との出会い
「深い森を持つ御蔵島で夏場に自然体験プログラムを提供するネイチャーガイドを22年間やっていたことが自然との原体験でした」
野生のイルカと泳ぐドルフィンスイムを通じて、命が代々繋がれていくのを見守ってきた三木さんは同時に経済優先の暮らしがイルカたちの住処である海の環境を破壊していくのを目の当たりにしてきたという。
「かといって、陸で生きるわたしたちが海の中でできることには限界がある。そこから海のために陸域でできることを探し始めたんです」
オーストラリアに渡ってパーマカルチャーを学んだ。海にやさしい洗剤の選び方なども発信した。時を同じくして三浦半島で暮らし始めた。逗子から秋谷へ。海が生活圏になった。

そんな三木さんが、約10年前に知人の紹介で出会い、通っていた作業講座が、造園家で環境再生医でもある矢野智徳氏が主宰する『大地の再生Ⓡ』だ。空気の流れを作るように草を払い、雨水が海に流れていくように水脈を掘る。根底にあるのは「大地の呼吸」を取り戻すという考え方だ。
「オーストラリアの乾燥した大地と違い、一度手を入れた自然は放っておくと森になる。そんな日本の気候風土に寄り添った方法論も自分の中で腹落ちしました」
大地の再生を学ぶ中で、呼吸を取り戻した陸域から地下水となって海に湧き出た淡水が豊富な栄養を含んでいること。それが海中の環境改善に大きな役割を果たすことを知った。
「同じ海域でも藻場が再生できているところとできていないところがある。温暖化による海水温の上昇だけが原因なら全滅のはずなのに、再生できている箇所は、よく見ると森の栄養を含んだ海底湧水が湧き出していることが多い。陸域の環境が海中の環境に影響しているとしか考えられないと『大地の再生Ⓡ』の顧問をされていた海藻学者の新井章吾氏から教わったんです」

2023年の夏には海藻学者・新井章吾氏を招いて開催したワークショップで関根川から流れ込んだ地下水が相模湾の海底から湧き出していることを確認した。
「地下水は冷たいので水温も下げられるし、酸素と栄養も届けられる。山と海がコンクリートで分断された今も水の通り道が残っていることに希望を感じました」
風にならう草刈り

数日後、関根川の渓谷で、三木さんが主宰する「chotto」の作業に立ち会わせて頂いた。河川敷で空を見上げると鬱蒼と茂る高木の隙間から秋の陽射しが降り注いでいた。ただそこにいるだけで気持ち良いと思える場所だった。
「高木が生い茂っていて真っ暗だった斜面を剪定して風と光の通り道を作ったんです」
日の当たらなかった下草の根が成長することで呼吸できなくなった土壌を柔らかくし、雨水浸透を促進させてくれるのだという。里山から海に向かって風が吹き抜けていくのを感じた。木々も草も風に逆らうことなく心地良さそうに揺れている。そこにいるだけで気持ち良いと思えるのは木々や草が剪定のおかげで風にストレスを受けずに済むようになったからかもしれないと感じた。
土留めは森のろ過装置

程なくして渓谷の静けさの中に杭を打つハンマーの音が響き渡り始めた。
「地表に雨水が浸透してもその先に水はけが悪いところにできるグライ層という壁があると流れが止まってしまうんです。なのでそこを貫通するための点穴を開けているんです」
空いた穴には空気と水が通るように、同時に微生物が活性化しやすくなるように稲藁、枝、落ち葉などの有機物を入れる。そうすることで土が腐葉土に変わり、浸透した雨水が養分を蓄えながら地下水になってくれるのだという。

続いて斜面と平地の境目に掘った溝に枝や落ち葉を入れて、太い枝や細い枝を交差するように組み合わせて柵を作っていく。
「これが”しがら土留め”です」
斜面の土が大量の雨で泥となって川に流れるのを防ぐ為の防護壁だ。泥水が落ち葉とともに浅瀬に堆積してヘドロ化することは川の流れを堰き止めるだけでなく、小さな生き物たちの住処を奪うことにもなる。
「名前は”土留め”ですけど、水や土の流れを”止める”のではなく”空気と水をゆっくり浸透させて循環させる”ための柵なんです」
腐葉土層を増やすことで栄養分を含んだ水だけがゆっくりと流れていく。土留めは泥水を川や海に流し込まない柵であると同時に海に酸素と栄養を運ぶ為のろ過装置でもあるのだ。

「しがらみって人間社会では嫌な言葉ですけど、もともとはこんな風に枝や竹を絡ませて作った柵のことなんですよ」
三木さんが”やれやれ”という顔をしたような気がした。人間社会のしがらみという言葉ももともとは悪しきものだけを堰き止めて良きものだけをゆっくりと染み出させるためのものだったのかもしれない。人間社会のしがらみはいつから息苦しいコンクリート製になってしまったのだろう。

「春には堆積して川幅を狭くしている泥出しもやりたいと思っています。泥を排出して水が綺麗に流れるように石を並べることで川に生き物が帰ってくる。海から川に遡上して育つ魚や、蛍も帰ってくるんじゃないかと思っているんです」
一方ですでにこの環境に適応してしまった水棲昆虫もいる。流れ込んだ土砂の上で自生している若木もある。周囲を「chotto」ずつ観察して、共生できるようなバランスの良い落とし所を「chotto」ずつ考えていきたい、と三木さんは展望を語ってくれた。
「ネイチャーポジティブと言っても、どの時代の自然の姿にまで戻すんだろうと考えるときりがないところもある。造作物や外来種とも共生しながら大地と海が健康を取り戻せる落とし所を見つけています」
chottoの活動はすべてボランティアによるものだ。海の環境教育に携わっている方、漁師の娘さん、漁師を目指している移住者、有機農業や国際環境NGO活動に関わる方々など「海の環境を含めた自然を少しでも再生させるために手や身体を動かしたい」と真剣に想っている人々が参加している。また、作業に使う枝や落ち葉などの資材、軽トラなどは近隣の方が持って来てくれたり貸してくれたり。刈った草も堆肥化したり「ありんくりんの森」でヤギの餌にするなど地域内における資源循環の中で行なっているという。地中で水脈が繋がっていくように地域のネットワークが繋がっていくのを感じた。未来に向かって「chotto」ずつ。

大地の再生は気候変動の緩和策であり適応策でもある
湘南国際村となった里山では山頂を削るほどの開発が頓挫した直後に土砂崩れが発生した。今では山系の至るところの斜面が土砂災害警戒区域に指定されている。
土壌が柔らかくなって雨水浸透がよくなると土砂崩れが起きやすくなるのではないかと思うかもしれないが全くの逆だ。水と空気の通りが良い土壌は地中深くまで無数の根が張っているおかげで崩れ難い。大雨で崩れ易いのはコンクリートで覆った深く根が張れない硬い土の方だという。大地の再生は気候変動の緩和策であると同時に記録的な大雨による土砂災害リスクが増す中での適応策でもあるのだ。
山や森が健全でなければ、海もまた豊かさを失う。実際、西日本のある県では今年の牡蠣がほぼ全滅してしまったという。海水温の上昇だけでなく、その上に広がる森にも目を向けるべき時なのかもしれない。大地が呼吸できているのかどうかを。
地下茎が教えてくれたこと
今回の取材を通じて、わたしはようやく笹の地下茎が伝えようとしていたことを理解していた。地下茎は硬くなった地面に水と空気を通すためにトンネルを掘ってくれていたのだ。息苦しかったのだ。元に戻ろうとする自然の復元力。その逞しさを感じていた。
大地を元に戻そうとする地下茎の声に従って、笹を手入れしていく。根こそぎ掘り返すのではなく、地際から水平に伐る。周囲に溝や点穴を開け、剪定した竹や落ち葉を埋めて水と空気の通り道を作っていく。作業をしながら人間社会の息苦しさも、水脈や点穴を作ることで誰もが呼吸できる柔らかいものになっていくのかもしれないと考えていた。大切なのは「大地の呼吸」だ。里山の大地を再生することが藻場の消えた秋谷の海を再生することだと信じて、元に戻ろうとする自然のサポートを続けていこうと意を新たにした。旅するように暮らすこの町で。
2025年11月26日
種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~
文・写真 青葉薫
夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。
15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで
「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。





































青葉 薫
横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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