第7回 小麦粉をめぐる旅(後編)|江別市・江別製粉株式会社

ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」
身近なところで、小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、なんだかワクワクしてきたのだった。

そこで、いちごのショートケーキができるまでの旅をすることにした。材料の生産者を訪ねてみよう。どんな人が、どうやって生産しているのか。全員の顔を思い浮かべながら、集めた材料で、最後にとびっきりのケーキを焼くつもりでいる。

さあ、一緒に出かけましょう。

生産者をめぐる旅の第4回目は、小麦粉をめぐる旅(後編)だ。前編は、十勝の小麦生産者を訪ねたが、今回は小麦を小麦粉にする製粉会社である江別製粉株式会社にお話をうかがった。

小麦は、畑から食べる人のところに届くまで、たくさんの人が関わる「バトンリレーの作物」である。その中でも、農作物である小麦を、食品に変えてくれる重要な役割を担っているのが製粉会社である。

実は、この連載の企画を立てた時点で、江別製粉にはおうかがいしたいと考えていた。その後、小麦生産者である前田さんに巡りあったのだが、なんと前田さんの小麦は江別製粉で製粉してもらっているのだとお聞きして、奇縁に驚いたのだった。結果として、美しい形で「小麦のバトン」をたどることができたのである。

少量製粉への挑戦。小型製粉プラント“F-ship”の開発

だが、前田さんが江別製粉で製粉してもらっているのは、決して、ただの偶然ではなかった。それには次のような事情がある。

一農家がプライベートブランドとして小麦粉を製品化しようとするとき、乗り越えなければならない課題は、「いかに製粉するか」ということである。

何が難しいのかというと、少量を製粉できる製粉所がほとんどないのである。たとえば江別製粉では、通常ラインで製粉可能な単位は25tである。

小麦は収穫後に比較的長期間保存できる貯蔵穀物である。ただし、製粉し小麦粉になると賞味期限が発生してしまう。

仮に25t製粉したとすると、外皮などを除く約18tもの出来上がった小麦粉の販売先や流通方法も同時に考えなければならない。

江別製粉では「自分の栽培した小麦を食べたことがない。ぜひ食べてみたい」という農家の声を聞いたことをきっかけとして、約1tから製粉が可能な小型製粉プラントを開発・導入した。それがF-ship(エフシップ)である。

普通、企業は利潤を追求するために、大型化、効率化を求めるものだ。それなのにあえて、小麦1t程度から製粉できる製粉設備を開発したのである。白い小麦粉を小ロットで作れる企業は、江別製粉の他に、国内でごくわずかだ。

総務部の本田睦美さんは言った。

「F-shipの製粉依頼は、北海道外からのご要望も多くいただいています。新品種の製粉や、地粉を使った食品を作りたいという方々からご依頼をいただいています。」

心意気で始めた事業は、今や日本中の小麦関係者から望まれるものとなっている。

食と農を結ぶコーディネーター

毎年、6~7月頃になると、本州では暑くなり、パンの販売が伸び悩むのだそうだ。その時期に、パン職人やシェフたちは、北海道の小麦産地を視察に来る。江別製粉は、その産地回りのコーディネートも行っており、消費と生産を結びつける役割を担っている。

経営理念である「“食”と“農”を結び、つくる喜び、食べる喜びを共有する」を、まさに実践しているのだ。さらに江別製粉は、農業そのものにも関わりを広げている。

畑に小麦を続けて植えていると、どうしても連作障害が起こってしまう。そこで、翌年は他の作物を植えて輪作をするわけであるが、その小麦以外の作物も、当然農家にとっては収入源にならなければならない。

農作物を収入に変える場面において、江別製粉が貢献していることがある。本田さんは言う。

「もともとJAさんが手掛けていたのですが、江別製粉で引き継ぐ形で北海道産コーングリッツの製造を始めました」

コーングリッツとは耳慣れない言葉で、「それはなんですか」とたずねると、教えてくれた。

「子実コーンを完熟させてから収穫し、粒を粗く砕いたものです。お菓子やコーンフレークなどに使われていますが、ほぼ輸入品なんです。とうもろこしは地中に深く根が張りやすい作物なので、植えると土地の水はけがよくなるなど、土中環境が改善されます。その後に小麦を植えると、生育が良くなります」

そこで江別製粉の持つ製粉技術を応用して、北海道内にある別の工場でコーングリッツを製造しているのである。このような形で北海道農業を応援しているのだ。

ハルユタカを残した「初冬まき」

出典:江別製粉株式会社

「ハルユタカ」という小麦がある。上品な甘さを持つ、パン作りに適した小麦であり、パン職人や製麺会社、もちろん消費者にもとても人気のある品種だ。

ところがハルユタカには大きな弱点があった。病気や雨に弱いのである。農家にとってはとても作りにくい品種であり、人気が高いのにもかかわらず、作り手はどんどん減っていった。

だが、江別製粉にはハルユタカの小麦粉の注文が寄せられていた。そこでハルユタカを残してほしいと生産者に呼びかけた。

1992年、江別市内の生産者が偶然、秋まき小麦の収穫中に前年の収穫作業の際に畑にこぼしたハルユタカの種が冬を越してひときわ大きく育っていることに気がついた。それがハルユタカの「初冬まき栽培」のきっかけとなった。

本来、ハルユタカはその名の通り、春に種をまく。ところがそれでは、収穫時期に雨の影響を受けやすくなってしまう。穂発芽といって、実った種子から芽が出てしまうと、小麦の品質がグッと落ちてしまうのだ。

そこで、種まきを根雪になる前に行えば、収穫時期が早くなり、雨の多い時期を避けて収穫できる。初冬まき栽培は、農業改良普及員や農業試験場の研究員とともに試行錯誤を繰り返しながら、次第に江別の農家に広まっていった。

「ハルユタカの初冬まき栽培は、雪があまり積もらない地域では難しい栽培方法なのです。江別の地域特性を活かしながら、農家さんの頑張りによって、ハルユタカが現在でも作られています」

ハルユタカが品種登録されてから今年で40周年。生産量は他品種と比べても3,000tと少ない。それでもすでに後継品種であり病気にも強い「春よ恋」などが普及している現在、ハルユタカが作られ続けているのは、実に驚くべきことなのである。そしていまだに根強い人気を誇っているのだ。

江別は小麦の関係性が全て整っている

「江別麦の会」という産学官が連携した組織がある。構成員は、小麦生産者、製粉会社、製麺会社、JA、大学、研究機関、江別市など。

生産、加工、流通、消費におけるそれぞれのバトンを持つ人たちが交流することで、小麦への熱い思いが醸成された。生産者は消費者に求められるものを作ろうと努力し、製麺会社も地元産を意識して、ハルユタカを使用した「江別小麦めん」を開発した。

「江別は小麦の関係性が全て整っている地域なんです。小麦を生産し、製粉し、製麺し、さらに一大消費地である札幌の隣にあります」

江別製粉は長年、事業所を江別にのみ構えてきたが、2年前、東京LABという東京の拠点が設立された。「調理設備を備えた施設で、小麦粉で作ったパンやお菓子などをその場でお客様に味わっていただけるようになりました」

東京LABでは技術講習会なども開催されており、江別製粉は、北海道産小麦の普及に向けて、さらなる一歩を踏み出したところなのだ。

小麦粉が手元に届くまでには、さまざまな人たちの熱い思いが込められている。そんなことを感じる旅であった。

今回の生産者さん

江別製粉株式会社

江別製粉株式会社は、北海道江別市にある製粉会社だ。北海道産小麦の使用は6~7割にのぼり、その大半が北海道産小麦 100%の製品である。「“食”と“農”を結び、つくる喜び、食べる喜びを共有する」を経営理念として、小麦粉(約300種類)・ライ麦粉・ミックス粉・飼料の製造、販売、小麦粉関連商品の販売を手掛けている。会社のURLは、北海道小麦の品種である「ハルユタカ」にちなんでいる。

About the Writer
林心平_横松心平

横松 心平

1972年東京都生まれ。札幌市在住。北海道大学入学後、北海道大学ヒグマ研究グループの一員になる。北海道大学大学院農学研究科修士課程修了。同博士課程中退後、農業団体や福祉施設の職員を経てライターに。農業、環境、子育て、ジェンダー、文学に関心があります。現在6冊目の著書の刊行準備中。
この人が書いた記事の一覧

いちごのショートケーキができるまで
〜生産者をめぐる旅〜

文・写真 横松心平

ケーキを焼いているとき、ふと思ったのだ。
「この材料はたいてい北海道で揃うのでは?」


身近なところで、

小麦粉や卵や乳製品が生産されていることに、
なんだかワクワクしてきたのだった。

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