
高齢化が進む現代では、医療の現場が病院から「家」へと移り変わりつつある。医療を「受ける側」の制度は年々整備されつつも、当人を支える支援者の負担に対する配慮は、今なお不十分といえる。
自分らしく、後悔のない暮らしを叶えるための在宅医療。今回は、その背景に隠されたケアラーの苦悩に焦点を当て、課題と展望について考察していく。
「支える側」のケアが見逃されている

昨今在宅医療の重要性が高まるなかで、「支える側」の心身のケアが懸念されている。医療的な判断の負担や、仕事や生活との両立など、ケアラーが抱える課題は多い。
突然の事故や障害の発覚、加齢による身体能力の低下。少子高齢化の現代において、予測不能な困難の発生も視野に入れるのであれば、在宅医療や看護の可能性は決して他人事ではない。
実際に体験した人なら既知の通り、通院治療や入院治療よりもあえて在宅医療・看護を選択する理由はさまざまだ。もちろん医療施設の立地や病床の状態によって、否応なしに在宅を選択せざるを得ないケースもある。
しかし実際には、「住み慣れた自宅で過ごしたい」「家族によるケアを受けたい」など「本人の希望によって在宅を選択するケース」も多い。
体と心が弱りゆくなかで、少しでも自分らしい人生を全うしたい――。医療や看護が必要な人たちの切なる願いは、当たり前に尊重されるべきものだ。
コロナ禍を経て、あらためて必要性が見直されつつある在宅医療や看護。しかしその一方で、「家族側=支える側」のケアが見逃されているという問題がある。
24時間体制でのプレッシャー、医療知識や技術への不安、周囲の理解不足や協力不足、プライベートの時間の減少、社会からの孤立感……。
支える側の心身の負担は、無責任な賞賛や責任の押し付けなどにより、時として透明化される。今日もこの国のどこかで、愛情や責任、恩という言葉だけでは昇華できない苦しみに、誰かが苛まれている。
自宅での介護、看護は増えている

在宅での介護・看護の数は、年々増加傾向にある。日系メディカルによると、2024年の在宅者訪問診療数(月1回以上)の算定患者は、前年比の5.7%増の100万1,102人(*1)。2021年の89万8,162人と比べると、2年間で10万人以上のペースで増加していることがわかる。
医療従事者数自体の数も不足している。厚生労働省のデータだけを見ると、2021年には全就業者を占める医療・福祉の従事者は13.3%にまで上がっている(*2)。2002年の7.5%と比べると、大幅に増えたようにも感じられるだろう。
しかし「医療従事者が増えたから介護・看護業界は安泰」とは限らない。昨今では、医師・看護師ともに人手不足が深刻化しており、クリニックでの人員配置基準を満たすことすら困難な状態だ。
たとえば2023年1月時点のデータでは、看護師の有効求人倍率は2.47倍(*3)。各施設で、人材の争奪戦がおこなわれている。
医療の需要が供給を上回る近年、厚生労働省は「在宅医療・介護推進プロジェクトチーム」を結成した(*4)。国民全体に在宅医療・介護を推進しており、地域包括ケア体制の整備を進めている。
医療従事者の不足、少子高齢化、要介護者や要看護者の願い、そして国や自治体による政策的な後押し。これらの条件が揃うなか、本来であれば「在宅医療・介護は前向きに取り組むべきライフスタイル」のように思える。
しかし、実際に在宅医療を担う人の想いはどのようなものだろうか。
「介護疲れ」「看護疲れ」による悲劇が後を絶たない

「在宅医療」と聞くと、自力で動けないほど重度の障害のある人のサポートや、高齢者の介護などを想像するかもしれない。しかし実際の「支える人」の形はさまざまだ。
未成年のヤングケアラー、子育てと介護を担うダブルケア、長年引きこもりの子どもの世話、難病患者のサポート、終末期の在宅ケア、依存症を患う家族の対応。離れて暮らす子が頻繁に実家に通う「通い介護」も、昨今では珍しくない。
ケアラーは決して稀有な役割ではなく、全世代に普遍的に存在している。そして各家庭にはそれぞれ異なるライフスタイルと課題があるものだ。疾患の種類や障害の重さ、当人との関係性、ライフスタイルの形が異なれば、ケアラーの抱える苦悩も千差万別だ。
すべてのケアラーに、理解ある味方や隣人がいるとは限らない。ケアラーのなかには、在宅医療のために仕事を辞め、社会とのつながりがほぼ持てなくなるケースも珍しくない。また、自分以外に頼れる親族を見つけられない場合もある。
家の中で、要看護者や要介護者と2人きり。1日中目が離せず、この生活がいつまで続くのかわからない……。終わりの見えない身体的・精神的負担から、ケアラーが心中や殺人などの悲劇的な選択をしてしまうケースも少なくない。
凄惨な事件が起こると、「どんな理由でも殺人は許されない」「罪を犯す前にできることは無かったのか」など、加害者を責める声も挙がる。
しかし、責められるべきは本当に加害者だけなのだろうか。被害者・加害者を二元化することで、社会が抱える課題から目を背けてはいないだろうか。
なぜ「命を奪う」という極端な選択に至るまでに、ケアラーはSOSを出せなかったのか。そこには、心ある人間だからこその悩みや葛藤が存在している。本質的な問題を解決しない限り、私たちが第二の加害者になる可能性は決して低くはないのだ。
なぜケアラーは助けを求めにくいのか

支える側、ケアラーが助けを求めにくい理由はさまざまだ。
理由の一つに、「家族だから助けて当たり前」という無言の圧力が挙げられる。血のつながった家族が弱ったときに、ケアやフォローをするのは当然の行為に思える。事実、親兄弟が在宅医療・介護が必要になった際は、まず一般的に「親族でどのようにサポートするか」が話し合われるだろう。
当人や周囲はもちろん、自分自身も「家族の世話をするのは当たり前」と思い込んだ結果、苦悩を抱え込んでも弱音を吐きにくくなる。「ケアをできるのは自分しかいない」という責任感が、必要なSOSさえも躊躇する原因になる。
また自分が助けを求めることで、家族を見捨てるような感覚を抱くことも、ケアラーが助けを求めにくい理由といえるだろう。仕事や私生活であれば、苦しいときに周りに相談できる人でも、在宅医療や介護となると話は別だ。自分が楽をしようとすることで、正体不明の罪悪感を抱いてしまうことがある。
周囲に同じような境遇の人がいないことも、相談しにくい理由の一つだ。在宅医療や介護の悩みは、「気軽に相談できない重い話題」と認識しやすい。「相談しても相手を困らせるだけ」「どうせ良い回答は返ってこない」と諦めた結果、1人で苦しみを抱え込んでしまう。
ほかにも「家庭の事情を周りに知られたくない」「かわいそう、大変そうと思われたくない」「疲れ果てて助けを求める気力すら湧かない」など、ケアラーの心理状態によって理由は異なる。
ケアラーが助けを求められない理由は、精神的な理由だけではなく、社会的・文化的な要因も複雑に絡み合っているのだ。
日本でのケアラー支援

もし現在、在宅医療や介護で苦しんでいるのであれば、日本でのケアラー支援を活用したい。ケアラー支援は、自治体が独自で取り組んでいる制度も少なくない。まずは在住地の情報を確認したうえで、条件や必要資料の確認に進むことを推奨する。
多くの自治体では、無料の電話相談やLINE相談などの支援を展開している。当事者だけではなく、ケアラーの家族や友人、近隣の住民からの相談も受け付けているところもある。
日本財団や民間企業なども、ケアラーのメンタルケアに関する相談窓口の情報を発信している。1人で抱え込まず、ケアラーへの理解が深い団体にSOSを出すことから始めてみよう。深刻な相談に限らず、ただ「しんどい」という想いを吐き出すだけで、見える世界が変わってくるかもしれない。
▼ケアラー支援関連サイト例
・日本ケアラー連盟
・ヤングケアラーと家族を支えるプログラム
・アイセイのヤングケアラー支援先ポータル
・ヤングケアラー協会
・ヤングケアラーとその家族の支援(厚生労働省)
・ケアラー支援に関する条例(地方自治研究機関)
▼在宅介護に関連する相談先の例
・ケアマネジャー
・地域包括支援センター
・社会福祉協議会
・医療機関の相談室
・市区町村の窓口
・民生委員
・シルバー110番
心身が疲れ果てているときは、自分に必要な情報を調べるエネルギーも湧かないものだ。周囲で苦しんでいる知人や友人がいる人も、ぜひ上記を参考のうえでサポートの手を差し伸べてほしい。
「支える側を支える」という視点を

私たちは、支え合いながら生きている。仕事でも、恋愛でも、買い物やインフラなどの私生活でも、お互いが支え合うことで社会は回っている。
しかし在宅医療や介護の現場はどうだろう。ケアラーが「支えて当たり前」の存在として認識され、周囲は彼・彼女らを本格的に支えようとしない。
「大変そう。でも家族なんだから仕方ないよね」
「長男(長女)だからしっかりしないとね」
「仕事を辞めてまで介護なんて立派だなぁ」
「もっと大変な人もいるよ。頑張って!」
周りからの一方的な評価を受けるなかで、ケアラーの心は日に日に閉鎖的になっていく。心身が抑圧された結果、取り返しのつかない事件も過去に何度も発生している。
「支える人」は、同時に「支えられる人」でもあるべきだ。人間の心は、何の支えもなしに、何かを支え続けられるようにはできていない。
自分や身近な人が支える側になった場合、どのような支援がほしいかを考えることが大切だ。もしあなたがまだ「支える側」ではない場合も、知らず知らずのうちに、ケアラーの負担になるような言葉を発していないか今一度振り返ってみてほしい。
「支える側」には、各家庭ごとの事情がある。誰もがケアラーになる可能性があるからこそ、「ケアする人のケア」の視点を考える姿勢が、社会や制度をも変えていくだろう。
Edited by s.akiyoshi
注解・参考サイト
(*1)在宅患者が100万人を突破、診療報酬も月1000億円に|日系メディカル
(*2)社会保障を支える人材を取り巻く状況|厚生労働省
(*3)看護師 有効求人倍率|e-Stat
(*4)在宅医療・介護の推進について|在宅医療・介護推進プロジェクトチーム


























METLOZAPP
数多くのジャンルの経験を生かし、分野横断的な執筆を得意とするWebライター。ウェルビーイングやメンタルヘルス領域を中心に、生活に新たな気づきを与えるコンテンツを発信中。マイノリティな感性に悩む人や、孤独や寂しさを抱きながら暮らす人の心に、少しでも寄り添えるような記事執筆を目指して活動する。現在は、女性のキャリア形成や、人間と動物の関わり方などに興味を持ち学習中。
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