#3 里山の菜園を小さな生態系に

農業が生物多様性を損失させている

里山の菜園が春の雑草に占領されてしまった。野菜作りは望まない草や虫との生存競争でもある。野生の草に栄養を奪われると生育不良になるし、虫に食われると病気に罹かることもあるからだ。

雑草対策として即効性があるのは除草剤だ。病害虫の対策には農薬も効果がある。だが、こうした資材は値段が高い。わたしの菜園程度の面積では採算が合わない。

雑草は1本ずつ手で抜いていくしかない。収穫した野菜には虫食いもある。台所で葉物野菜からアブラムシや青虫がにょろにょろ出てくるのもしょっちゅうだ。青虫はともかく、アブラムシは洗っても取り切れない。食べても害はないようなので最後は面倒になって食べてしまっている。

苦労を知っているからこそ、スーパーに並んでいる大量生産の野菜が除草剤や農薬なしでは栽培できないものだと理解している。広大な農場の草むしりを少人数の手作業でできるはずもないし、虫食いのある野菜は太陽の下でならまだしも売り場の照明の下では見栄えだって悪いだろう。台所で野菜を洗っていて青虫が出てきたら苦情だって来るかもしれない。中には生育の悪さも虫食いも辞さないという人もいるかもしれないが、残念なことに市場はそういう商品を求めてはいない。それがミツバチを危機にさらしてもわたしたちが農薬や除草剤を手放せない理由でもある。

400年続く農家がコスト削減のために取り組んでいること

加えて2024年は気候変動の影響でさらなるコストが掛かっていたのは、先日「キャベツが高騰した本当の理由」で書いた通りだ。

「作っても赤字になるなら農業をビジネスとして続けていくことはできなくなる」

令和の百姓一揆が起きるほどの現実に危機感を抱いていた伊藤農園の伊藤克己さんは畑の一角でコスト削減の実験も始めていたという。

「他の草が出ないように麦なんかの種を密集させて蒔くんです。ある程度まで生育したら刈り取って土の中にすき込む。緑肥植物といって土の中に窒素分を増やす肥料になってくれる。雑草対策ができる上に肥料代が少なくて済むんです」

効果はそれだけじゃない。

「きめ細やかな肌の大根を育てるには土を消毒しないといけないんですけど、マリーゴールドを育てて土の中にすき込むとそれが消毒剤の代わりになってくれるんです」

緑肥植物は古来より自然の力による肥料や土壌の改良剤として使われてきた。現代においては化学肥料や農薬の代わりにすることでコストを削減できるだけでなく、環境に対する負荷も低減できるという。

「環境型というとかっこいいですけど、昔、曾祖母たちがやっていたことをもう一度やっているだけなんです」

三浦半島で400年農業を営んでいる伊藤農園にはかけがえのない財産がふたつある。そのひとつが先祖代々の「膨大な知見」。品種や育て方、収量は時代とともに変化しても作って来たのは400年前と同じ作物なのが農業の普遍性だ。それはもうひとつの財産である「大地の力」によるものでもある。

「何百年に渡って同じ作物を、ひとつの畑で年に三回も作れるのは全国でも珍しいんです。温暖な気候。潮風が運んでくる海のミネラル。そして保水力がありながら、水はけの良い黒ボク土。同じみかんの苗を植えても生育のスピードが他の土地とはまるで違うことがそれを証明しています」

受け継がれてきた「大地の力」を次の世代に繋いでいく為に、今何をすべきか。食料システムを支えるひとりである伊藤さんがその責任と環境保全というバランスをどう取るべきなのか試行錯誤されているのを痛いほど感じた。

地平線まで広がるキャベツ畑は一見、美しい自然に思えるが、実は不自然なものだ。ひとつの種が繁栄しているのは他の生命を駆逐したことを意味している。農薬や除草剤を使って生態系から他の命を排除することで農業は収量を増やしてきた。農場は大量生産社会を支える野菜工場となっていった。生物多様性の損失や気候変動は近代の食料システムによる副作用のひとつでもあるのだ。

だが、自然は再生できるうちに搾取するのをやめないと元に戻せなくなる。伊藤さんの話を聞きながらわたしは「この辺りが潮時なのかもしれない」と感じていた。

「雑草なんて草はないんだよ」

わたしはこれまでの営みを転換させる”ある農法”に挑むことにした。決意させてくれたのは、わたしの菜園を占領していたホトケノザ。河川敷などで薄桃色の小さな花を咲かせている春の雑草だ。

「雑草なんて草はないんだよ」

かつて農業歴70年のおばあちゃんからそう教わった。どんな雑草にも名前があり、役割がある。生産者にとってはどんな草が生えているかで土の状態を教えてくれるサインだと。たとえばメヒシバが多いと乾燥していて酸性なのでジャガイモやサツマイモを植えるにはいいが他の野菜は育たない、とか。

「ホトケノザが生えてきたら感謝するんだよ」とおばあちゃんは言っていた。

ホトケノザは良い土壌にしか生えない。有機質に富んだ、野菜を育てるのに理想的な環境が整っている証拠でもあるのだと。

耕すのをやめてみる

わたしが挑むことにしたのは不耕起栽培だ。田畑を耕さやず、作物の残さや雑草をそのまま残して次の作物を栽培する農法である。リジェネラティブ農業。環境を再生する農法としても注目されている。

まずは畑を占領していたホトケノザを刈り取っていく。根はそのまま残す。これまでは廃棄物として処分していたが今回はマルチの代わりに敷いていく。雑草防止と土壌の温度管理のために以前はビニール製のマルチシートを使っていたのだけれど、刈り取った雑草で代用することで経費も原料もエネルギーも使わずに済む。アップサイクルなんていうとかっこいいけれど、かつての里山はそうやって循環していた。捨てるものは何もなかった。

「昔、曾祖母たちがやっていたことをもう一度やっているだけなんです」という伊藤さんの言葉がわたしの背中を押してくれていた。

小さな菜園を野菜工場から、生態系にする

最後は敷いた雑草の間に苗を植えていく。これまでは畑の筋ごとにトマト、茄子、オクラ、と分けていたけれど不耕起栽培では少量多品目を混植する。雑草も含めて多様な作物が共生する場作りをしていく。小さな菜園を野菜工場ではなく、生態系にしていく。野菜を他の草や虫といった多様な生命のひとつと捉え直すのだ。生物多様性を高めることでCO2の吸収量も上がるという。また、耕さないことで土壌に閉じ込められたCO2を空気中に排出することもない。気候変動の要因であるCO2の排出削減だけでなく、作業の手間も省ける。耕運機を持っていないわたしは耕すたびに腰を痛めていた。不耕起栽培は地球だけでなく、腰にもやさしいようだ。

いつもは半日掛かりの夏野菜の準備が数時間で済んだ。これで収穫できるならこんなに楽なことはないけれど、最初は収量が激減するとも聞く。それでも環境再生の一助になるのであれば挑む価値はある。もっともそう言えるのは私には別の収入源があり、伊藤さんのようにこの国の食料システムを支える責任がないからなのだけれど。

それでも不耕起栽培による少量多品目生産は少しずつ世界で広がりを見せている。どのみち気候変動の影響が大きくなれば農作物を大量生産できる時代は終焉を迎える。すなわち大量に消費することもできなくなる。野菜は今以上に値上がりする。そうなれば自分で育てようとする人も増えるかもしれない。耕作放棄地が豊かな生態系になればCO2の吸収量も上がっていく。だったら一日でも早く始める方がいいと思った。

すべては相互に関係し合っている。雑草のひとつ1つに名前と役割があるように、すべての生命が支え合って生きている。他者から搾取することでひとつの種だけが繁栄する世界はもう潮時だと気候変動が告げているような気がしてならない。

長期予報では今年の夏も暑くなりそうだ。うまく行くかどうかもわからない。すでに遅すぎるのかもしれない。それでも、未来を生きる子どものためにやれることが残っているなら、やってみるしかない。旅するように暮らす、この町で。

2025年5月1日

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

#21 環境と政治について-環境保全のために市議会議員になるという選択
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