
プラネタリーヘルスとは
プラネタリーヘルス(planetary health)とは、人間の健康が地球環境と密接に結びついているという認識のもと、全ての人の健康と持続可能かつ公正な社会の実現を目指す考え方である。
プラネタリーヘルスの考え方では、単に人間の健康だけではなく、野生動植物はもちろん細菌やウイルス、家畜までも含めた全ての生命と環境の健康を重視する。さらに医学や公衆衛生、社会学、経済学、環境科学など多面的なアプローチにより、人間と地球との最適な関係を築くための研究や教育、実践の枠組みを提供するものである。
この言葉は、世界で最も権威のある医学雑誌の一つである『ランセット(The Lancet)』において、2015年に初めてその概念が提唱された。その後、2016年にロックフェラー財団とランセット委員会がその概念を公表し、ハーバード大学にプラネタリーヘルス ・ アライアンスが設立されている。プラネタリーヘルスの概念は世界的に広がりを見せており、日本では長崎大学が2020年からプラネタリーヘルスへの貢献を目標に掲げ、教育や研究に取り組んでいる。
気候変動や生物多様性の損失などが深刻化している今日、人間の健康と幸福、環境との調和の実現を追求するための新たな視点を提供するのが、プラネタリーヘルスである。
プラネタリーヘルスが求められる背景

近年、気候変動や生物多様性の減少、環境汚染などが深刻化し、これらが人間の健康に悪影響を及ぼすことが明らかになっている。例えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックは、プラネタリーヘルスの重要性を再認識させる大きなきっかけとなった。
新型コロナウイルス感染症などの動物由来感染症は、気候変動、開発による森林破壊、違法な野生生物取引、集約型農畜産業などの影響により発生リスクが高まると考えられている。また、パンデミックにより食料供給、医療体制、経済システムの脆弱性が顕在化し、女性や貧困層などの社会的弱者に皺寄せが生じたのは記憶に新しい。
今後も新たな感染症が発生する可能性があるが、その悪影響を最小限にするには、地球環境と公衆衛生を統合的に考えることが重要である。
プラネタリーヘルスに関するサンパウロ宣言
プラネタリーヘルスに関するサンパウロ宣言は、2021年4月に世界70カ国以上から約350人の参加者による議論を経てプラネタリーヘルス年次総会において策定された。
日本からは、長崎大学が署名者として参画し、東京大学、東京医科歯科大学、京都大学、大阪大学、熊本大学と共同で日本語版を公表している。
この宣言は、地球環境の悪化が人類の健康に深刻な脅威をもたらしている現状を踏まえ、多様な主体に対して具体的な行動を呼びかける内容となっている。全ての人々へのメッセージから始まり、農業分野と食料供給の従事者、アーティスト、企業、都市計画の担当者など、具体的な19の対象に対して望ましい行動を明記したものだ。この宣言では、今すぐに全ての主体が地球での暮らし方を大転換する必要があり、さらに人類社会全体をまたぐ広範な協働が重要であることが強調されている。
プラネタリーヘルスに関するサンパウロ宣言は、世界各地に頻発する大きな課題と人間の健康・社会の問題とを関連づけ、全ての人に行動を促す明解な内容となっている。
プラネタリーヘルスの特徴
プラネタリーヘルスの特徴は、人間と地球の相互作用に着目している点である。人間のみならず人獣共通感染症など、動物の健康との相互関連性を重視するアプローチとしてワンヘルス(One Health)があげられる。
プラネタリーヘルスは、ワンヘルスと重なる部分もあるが、さらに広範な地球システムと人間の健康の関わりを扱うものだ。プラネタリーヘルスの特徴は、以下の3点にまとめることができる。
- 地球システムの変化が人間の健康に与える影響を包括的に捉える
気候変動、生物多様性の損失、土地利用の変化、環境汚染などと人間の健康に与えるリスクとの複雑な関連性・因果関係を解明し、対策を講じることを目指す。 - 持続可能な社会の実現に向けた学際的なアプローチを取る
医学や公衆衛生学だけでなく、環境科学、経済学、社会学など様々な分野の専門家が協力し、持続可能な社会の実現のために統合的な解決策を模索する。 - 地域レベルから地球規模まで、多層的な視点を持つ
地球環境の変化は地域によって異なる影響を及ぼすため、プラネタリーヘルスは地域レベルから地球規模まで、多層的な視点から課題解決を目指す。
プラネタリーヘルスの具体的な取り組み

プラネリーヘルスツーリズム
プラネタリーヘルスツーリズムは、地球全体の健康と人間の健康が密接に関連しているという概念を基盤とした新しい観光形態だ。地域の環境保全を重視するエコツーリズムや、環境再生を目的とするリジェネラティブ・ツーリズムをさらに発展させたものである。
地域の気候風土・歴史文化を踏まえた体験や環境の再生活動を通じて、参加者自身の健康やウェルビーイング、そして地域社会や自然環境の健康を追求することを目指す。
具体的な取り組みとして、鳥取県江府町では豊かな水資源に恵まれた奥大山地域を舞台に、3日間のプログラムが提供されている。
- 1日目
大山の源流域に入り、水の流れに逆行して登るシャワークライミングを体験。微生物や苔が岩から森を形成する過程や地下の水の流れなどを体感する。 - 2日目
自然をより豊かに再生するために、自分にできることを探究する。湧水を復活させたせせらぎ公園で農作業や土木作業を体験。 - 3日目
山での体験を踏まえて海に行き、山の地下を通って海底に湧く海底湧水を汲み上げ塩をつくる。その塩を使ったおむすびを握りながら、ツアーを振り返る。
このプログラムは、自然体験や水源再生プロジェクトへの参加を通じて、自然のシステムを身体で学び、地域の気候風土や歴史文化、古来の知恵や精神性を体感することを目的としている。
プラネタリーヘルスツーリズムにより、参加者は自身の健康と自然環境の健全性がいかに密接に関係しているかを実感し、持続可能な生き方や地域との関わり方を学ぶことができるのだ。
プラネタリーヘルスヘルスダイエット
プラネタリーヘルスダイエット(Planetary Health Diet)は、人間の健康と地球環境の両方を守ることを目的とした食事法である。
フードシステムは、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの主要な排出源の一つであるだけでなく、地球全体の40%の土地を農地に改変し、多くの淡水を消費している。さらに、生物多様性の損失や人獣共通感染症の広がりの原因にもなっている。
つまり、私たちの食事が間接的に地球環境に大きな負荷を与え、環境問題を引き起こし、人間の健康が損なわれているという悪循環になっているのだ
プラネタリーヘルスダイエットは、2019年に前述の『ランセット』において提案された。その内容は、2050年に地球の人口が100億人まで増加した場合に、全ての人に持続可能なフードシステムから健康的な食事を提供する方法を示したものだ。
1日の必要エネルギー量を2,500kcalとして、どの食品グループの食材をどれだけ食べればよいかを科学的根拠に基づきグラム単位で示している。野菜や果物、全粒穀物、植物性たんぱく質、植物性不飽和脂肪酸の摂取が推奨され、動物性たんぱく質は肉類(赤身肉)14g、鶏肉29g、卵13gとなっている。日本の一般的な食事の内容と比べると、穀物や肉類の量はかなり少ない。
そんな中、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)と国立大学法人東京大学はマルハニチロ株式会社と協力し、プラネタリーヘルスダイエットを通し、心豊かなくらしと地球益の実現に取り組むことを発表した。具体的には、地球環境に優しいサステナブル・シーフードの拡大に向けて、魚のブランディングと新たな価値の創出を計画している。また、食を通じて豊かな暮らしに貢献するため、一人ひとりの健康状態に応じてパーソナライズされたスーパーフードを提供する。さらに、TAKANAWA GATEWAY CITYに、プラネタリーヘルスダイエットを体験できる場を創出するとしている。
プラネタリーヘルスダイエットは、個人の健康維持に寄与し、地球規模の環境問題解決に貢献できる持続可能な食事法として注目されている。
まとめ
プラネタリーヘルスは未だ日本に浸透していない概念だが、個人の健康やQOLと地球環境を直接結びつけるものとして注目に値する。
例えばプラネタリーヘルスダイエットは、日々の食事がいかに贅沢なものかを痛感させられるのではないだろうか。ランセットの提案よりも多く食べることが、地球の資源を過剰に使い、他の誰かが空腹で過ごすことにつながると想像できる。
地球環境へのインパクトを自分事として捉え、自分や身近な人の健康につながることが腑に落ちれば、地球環境の健全性を守るための行動を促しやすいだろう。行動を大転換することは容易ではないが、義務感や忍耐ではなく喜びを原動力にして、できるところから取り組みたい。
参考記事
長崎大学が考えるPlanetary health|長崎大学
プラネタリーヘルス(PLH)とは?|プラネタリーヘルスアライアンス日本ハブ
森は感染症を防ぐ防人 しかし世界の森で起きていることは…|WWFジャパン
プラネタリーヘルス ・ アライアンスに加盟 | 公益社団法人日本WHO協会
The São Paulo Declaration on Planetary Health|The Lancet
自然体験型学習「プラネタリーヘルス・ツーリズム」本格始動|tenrai株式会社
地球も私も健康に 食卓から始める「プラネタリーヘルスダイエット」|with Planet
JR東日本とマルハニチロ、東京大学による協創を通した「プラネタリーヘルスダイエット」の取り組みについて|東京大学
プラネタリーヘルスダイエットのサマリーレポート日本語版
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