ホリスティック教育とは?個人の時代に改めてつながりを重視する

ホリスティック教育とは

ホリスティック教育とは、学びや人間そのものを断片的ではなく包括的に捉え、調和・バランスを意識した成長を重視する教育アプローチだ。ホリスティックという言葉は、哲学者J.C.スマッツが著書の中でホーリズム(holism)の形容詞として初めて用いた造語といわれている。ホリスティックという考え方は、「つながり」「包括性」「バランス」「調和」などの意味で解釈されており、教育・医療・美容・経営といったさまざまな分野で採用されてきた。

ホリスティック教育は、人の感性・身体・心理・精神などのすべての人格要素を有機的・総体的に理解するところからスタートする。教科学習などを通じた知識の習得だけがゴールではない点が特徴的だ。ホリスティック教育では、感情的・社会的・精神的な発達も重視されており、自分と他者との違いを排除するのではなく、生命の尊厳を大切にしながら多様な個性が調和していくことを目指す。

ESDとの共通点

ホリスティック教育と類似する教育アプローチとして、ユネスコが提唱するESD(Education for Sustainable Development)が挙げられる。ESDとは、日本語で「持続可能な開発のための教育」を意味するものだ。現在、私たちは環境問題や貧困、人権侵害・ジェンダー問題といった地球規模の課題に直面している。ESDは、こうした課題に対して長期的な視点を持ち、「学習や教育で解決していく」ための取り組みだ。

ESDにおいても、ホリスティックなアプローチの必要性が認識されてきた。ホリスティック教育とESDの両者は、以下を重視する点で共通している。

・つながりを尊重する全体論的な視点
・既存の価値観・行動様式を問い直す批判的思考
・過去から学び、将来像を予測して行動する力
・積極的な参加型学習

上記のように、現代のホリスティック教育やESDにおいては「知識詰め込み型の学び」ではなく、人格的要素も含めたより広い意味での成長を大切にしていることが分かる。

ホリスティック教育の必要性

ホリスティック教育が必要とされる背景には、豊かさや快適さ、効率性を追求してきた近代社会への反省がある。近代化の発展プロセスにおいては、集団よりも個人が重視され、あらゆる分野で「分断」や「細分化」が進められてきた。教育においても例外ではなく、「系統的な学びの内容を細分化して伝える」作業が進められた歴史がある。

このような立場の教育は、学習者に正確な知識を伝達するという点で、一定の成果を収めた。しかし、学問分野が細分化・専門化されるほど、個々の学問・研究が学問全体や社会でどのような役割を持つのかという「つながり」を捉えるのは難しくなってしまう。その結果、教育は唯一の正解を求める傾向に陥り、個性・創造性などの伸長が阻害されてきた。ホリスティック教育は、近代社会の限界を乗り越える教育アプローチとして提唱され、子どもたちのアイデンティティ・クライシスを救う教育概念として注目されている。

ホリスティック教育の歴史

ホリスティック教育の歴史

近年広く知られているホリスティック教育の思想は、ホーリズムという全体論に基づき、1970年代後半の北アメリカで提唱されたものだ。アメリカのジョン P・ミラーが1979年に発表した著書において、ホリスティック教育の概念を提唱している。しかし、教育において総体的な人間の成長を目指す試みは、それ以前にも実行されていた。

例えば、シュタイナー教育のルドルフ・シュタイナー、モンテッソーリ教育で有名なマリア・モンテッソーリもホリスティック教育者と見なされる。さらに、ジャン・ジャック・ルソーや、ジョン・デューイなどもホリスティック教育を形成してきた人物として重要な存在である。

1990年には、シカゴにおいて、第1回ホリスティック教育国際会議が開催された。同時期には、ホリスティック教育の国際的なネットワークである「国際ホリスティック教育協会(GATE)」も設立されている。

日本では、1991年に日本ホリスティック教育協会が発足。関連する刊行物の発行や研究会が実施されるようになり、ホリスティック教育の重要性が少しずつ広がっていった。オルタナティブ教育の一環として注目されてきたが、今では学習指導要領の前文においても、ホリスティック教育の考え方が反映されている。

ホリスティック教育をめぐる課題と注意点

ホリスティック教育の考え方は、現代教育において重要視されているものの、現場で実践するには課題も少なくない。子どもたちの主体性を育む探求学習や創造性を育む芸術教育などの中には、ホリスティック教育の理念が見出せる。しかし、そのような学びの中で、子どもたちを適切に評価するのは簡単なことではない。

ホリスティックな性格を持つ能力については、評価自体が序列化につながらないよう注意が必要だ。また、個性や創造性を尊重するホリスティック教育の基本に立ち返ると、特定の能力・行動だけをほめて全体に要請する「水平的画一化」も好ましくない。学力テストのように数値で測れない資質をどのように評価するのかが課題であり、慎重な対応と工夫が求められる。

国内外におけるホリスティック教育の事例

国内外におけるホリスティック教育の事例

国内外におけるホリスティック教育の例として、日本とシンガポールの事例を紹介する。

日本の事例

日本でホリスティック教育を活用している一例として、東京都東久留米市にある学校法人自由学園が挙げられる。自由学園は、日本初の女性ジャーナリストである羽仁もと子、その夫の吉一によって、1921年に創立された。幼稚園・初等部・中等部・高等部に加え、大学に相当する最高学部を有している。

自由学園の教育は、単に「覚えさせる授業」ではなく、手・身体・心を使ったホリスティックなアプローチで成長を目指す点が特徴的だ。地球規模でモノを考えられる子どもたちを育てる教育が求められる中で、ホリスティック教育を、学園の伝統を一歩先へ発展させる重要な概念として位置づけている。

シンガポールの事例

東京23区とほぼ同じ面積の小さな都市国家であるシンガポールでは、人的資源が重要資源と見なされ、教育は国を造る大切なテーマとして扱われていた。その結果シンガポールは、国際学力調査(PISA)においても常に上位を獲得するなど、教育重視の成果を出しつづけてきた。しかし、近年の教育政策には、学力重視から「生徒の総合的な能力」を高めるホリスティック教育を重視する方向へ転換する動きが見られている。

例えば、シンガポールの中等教育システムでは、幅広い能力やニーズに応える目的で、異なる進路や科目の提供などを行ってきた。幼児教育や小学校教育といった教育の早期段階においても、ホリスティックな発達を目指した取り組みが見られる。2023年3月には、シンガポール教育省が「カリキュラム改革」を発表。改革の目的として、成績重視からの転換により、生徒にそれぞれの興味・関心を追求する時間的な余裕を与えることを掲げている。

まとめ

ホリスティック教育は、現代教育に重要な視点を投げかけている一方で、「適切に評価する難しさ」などの課題も見られる。教育にホリスティックな視点を取り入れるには、指導者の育成や、保護者と学校の相互理解といった取り組みを慎重に進めていく必要があるだろう。

ESDやSDGsなどの国際的な動向が象徴するように、現代においては、国・地域を超えた包括的な「つながり」の中で課題を解決する、ホリスティックな考え方が求められている。ホリスティック教育は、私たちが国内外で直面する課題に対してどのように向き合うべきか、解決に向けたヒントを与えてくれるかもしれない。

【参考文献】
持続可能な教育と文化ー深化する環太平洋のESDー(ホリスティック教育ライブラリー・8)|日本ホリスティック教育協会、永田佳之、吉田敦彦【編】|せせらぎ出版

【参考記事】
ホリスティック教育についての一考察ー野外教育との有機的関連の視点からー|小森伸一 東原昌郎|東京学芸大学紀要芸術・スポーツ科学系 58, pp.113-122(2006) 
ホリスティック・アプローチ|日本保健医療行動科学会
本学会について|日本ホリスティック教育/ケア学会
ホリスティック教育論の基本的観点についての一考察|髙橋史朗|明星大学教育学研究紀要 11号, pp.87-97(1996)
「ホリスティック教育」とは?【知っておきたい教育用語】|みんなの教育技術
「持続可能な開発のための教育(ESD)推進の手引」|文部科学省
日本ホリスティック教育協会の歩み|日本ホリスティック教育協会
ジョンP・ミラーの教育観と深い学びー「アクティブ・ラーニング」を再考するー|奥野アオイ|大阪女学院大学紀要 第14号, pp.121-135(2017)
GATEーTIESオンライン教育学修士|TIES
小学校学習指導要領(平成29年度告示)|文部科学省
ホーリズムの視点に立った授業開発ー課題解決のための協同的・表現的・創造的な学びを通してー|下田好行|東洋大学文学部紀要. 教育学科編 39号 , pp.17-26(2013)
教育におけるコンピテンシーとは何かーその本質的特徴と三重モデルー|松下佳代|京都大学高等教育研究第27号 , pp.84-108(2021)
教育大国シンガポールの教育改革 生徒の総合的な能力を高める方向へ|教育新聞
複雑な環境においての教師教育:シンガポールの考え方|国立教育研究所
一貫教育の【自由学園】|学校法人自由学園
詰め込みを拒否する教育を求めて〜ホリスティック教育〜|YAHOO!JAPANニュース

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