バイオミミクリーとは
バイオミミクリー(biomimicry)とは、自然界の構造やプロセス、システムを模倣して、人類が直面するデザイン上の課題を解決し、自然との共生社会を生み出そうとするものである。
語源はギリシャ語の「bios(生命)」と「mimesis(模倣)」であり、直訳すると「生命を模倣する」となる。この概念は、自然がすでに38億年もの進化の過程で最適な解決策を見つけているという考え方に基づいている。
具体的には、動物、植物、微生物などが自然環境で生き抜くために進化させてきた仕組みなどを参考にし、それを人間の生活や産業に役立てようとするものだ。
バイオミミクリーの実践においては、次の3つの要素が重要となる。
- 倫理観
バイオミミクリーを実践する際には、38億年にわたる生命の歴史と自然界に対する敬意と責任、感謝の気持ちをもつことが基本となる。
- 人と自然とのつながり
バイオミミクリーの実践は、人と自然は深く絡み合っているという理解を深め、あらゆる分断からつながりを取り戻していくプロセスである。
- 意識的な模倣
自然と生物界の戦略や機能を注意深く観察し、選択してデザインに反映することで、人間社会を地球環境に適応させて持続可能性(サステナビリティ)を高める。
バイオミミクリーは、自然界の優れた特性を模倣して、建築、医療、エネルギー、素材開発などさまざまな分野で応用されている。持続可能な社会の実現にも寄与することから、環境に配慮した技術開発の分野で大きな可能性を秘めている。
バイオミミクリーとバイオミメティクスの違い
バイオミミクリーと似た語句にバイオミメティクス(biomimetics)があるが、どちらも自然界の生物の構造や機能を模倣して技術や製品の開発に活かす概念である。したがって、両者を区別せずに用いている場合も少なくない。
しかし、起源や焦点、目的においてバイオミメティクスとバイオミミクリーには微妙な違いがある。
バイオミメティクスは、1950年代後半にアメリカの神経生理学者オットー・シュミット(Otto Schmitt)氏によって提唱された。生物の構造や機能を模倣して科学技術や工学の分野で応用することに重点を置き、製品開発や技術革新を目指すことを目的としている。
一方バイオミミクリーは、1997年にアメリカのサイエンスライター、ジャニン・ベニュス(Janine Benyus)氏によって提唱された。持続可能なデザインや技術の開発に重点を置き、 自然界のプロセスや生態系全体を模倣することによって、環境問題の解決や生態系の保全など、地球規模の課題解決を目指している。
バイオミミクリーとバイオミメティクスはどちらも自然界の仕組みを模倣して技術開発に活かす点では共通しているが、バイオミミクリーはより包括的な概念である。バイオミミクリーは、製品開発を通して気候変動など地球規模の課題解決を目指す、より広範な視点をもった概念だといえる。
バイオミミクリーの重要性

近年、バイオミミクリーの重要性が高まっている背景には、環境問題の深刻化や技術革新の進展がある。
地球温暖化、生物多様性の低化、資源枯渇などの環境問題が深刻化し、従来の大量生産・大量消費型の社会システムが持続困難であることは明らかだ。そのため、自然の循環型システムを応用した持続可能な技術が求められている。
バイオミミクリーは、自然界の構造やシステムを模倣することで、資源の効率的な利用や省エネ、廃棄物の削減を実現し、環境負荷の低減に寄与する。
また、ナノテクノロジーや材料科学、人工知能(AI)の進歩により、生物の微細構造や生体機能の解明が進んだ。これにより、生物学、工学、材料科学など多様な分野の研究者が協力し、バイオミミクリーを活用した新技術が次々と生まれている。
このような背景から、バイオミミクリーは持続可能な社会の実現に向けたソーシャルグッドなアプローチとして、今後さらに注目されるだろう。
バイオミミクリーの具体例

バイオミミクリーは既に社会のさまざまな場面で利用されている。見慣れた製品でもバイオミミクリーが活用され、生活の不便を解消したり、社会の持続可能性を高めたりする鍵となっている例が少なくない。
身近な製品と生きものとの関係を垣間見ることで、自然界への興味や畏敬の念につながることもあるだろう。ここではバイオミミクリーを活用している具体例をいくつか紹介する。
蓮の葉
蓮の葉の表面には細かい凹凸があり、さらにその突起の表面にも微細な突起がある。このような構造によって、ロータス効果と呼ばれる高い撥水性をもつ。
この性質を模倣して開発されたのが、フライパンの表面加工だ。調理中の食材のこびりつきを防ぎ、少ない油で調理が可能となる。さらに、耐久性の向上により買い替え頻度が減少し、資源の節約と廃棄物の削減に寄与している。
アホウドリ・イヌワシ・アマツバメの翼
エアコン室外機のプロペラファンに鳥の翼の形状を取り入れることで、送風効率が20%向上した例がある。
アホウドリの翼、イヌワシの翼の形状をファンの羽に応用し、ファンの回転によって起きる空気の渦を小さくし、風の抵抗をうまく逃すことが可能となった。
ファンを回すモーターが小型化できた上に、アマツバメの翼の厚みを応用することで、空気を吸い込む力も向上している。
魚類の鱗
魚類の鱗に含まれるグアニン結晶は、光を乱反射し周囲に同化する特性をもつ。これを化粧品に応用し、粒径5マイクロメートル以下のグアニン結晶を配合することで、美容効果を生み出すことが確認された。
具体的には、シミやくすみのカバー効果、肌のトーンアップ効果、ソフトフォーカス効果、保湿性向上などである。グアニン結晶は自然由来の物質であるため、化学物質の使用を減らし持続可能な資源利用の促進につながる。
カタツムリの殻
カタツムリの殻に汚れが付着しにくいのは、殻の表面に数十ナノメートルという極めて微細な溝が縦横に走っているからである。この溝に空気中から集められた水分が常に保水され、汚れの元となる物質は直接殻に付着することなく水と一緒に簡単に流れ落ちる。
こうした殻の構造と汚れを落とす仕組みに着目して作られたのが、降雨によって汚れがきれいに落ちる外壁材である。外壁汚れの代表的な原因は、排気ガス等に含まれる油分に塵や埃が付着した黒ずみだが、洗剤や薬品に頼らず水だけで落とせるため、環境負荷を軽減できる。
サメの肌
サメの肌には小さな鱗状の突起があり、水の抵抗を減らしながら高速で泳ぐことが可能である。サメ肌の形状にヒントを得て考案されたのが、微細な溝構造であるリブレット形状だ。
日本航空株式会社は、世界で初めてボーイング787-9型機(JA868J)の機体胴体の大部分に微細な溝構造であるリブレット形状の塗膜を施した。これにより、航空機が飛行時に受ける空気抵抗を軽減することができる。
シロアリの巣
シロアリの巣は内部の温度と湿度を一定に保つ、複雑な通気システムをもっている。この原理を応用した建築物の設計は、空調負荷を大幅に削減し、エネルギー効率を向上できる。
シロアリのアリ塚の自然換気を模倣したシステムを用いたイーストゲートセンター(ジンバブエ)は、従来のエアコンや暖房に頼らずに快適な温度を保つことが可能だ。
バイオミミクリーは建築の分野でも応用され、エネルギー消費の削減と環境負荷の低減を実現し、持続可能な社会の構築に貢献している。
まとめ
バイオミミクリーは生物学や工学といった専門分野に限られるものではなく、自然の叡智から革新を生み出す一つの手法といえる。行き詰まっている難題や、解決したい課題について、バイオミミクリーを切り口に対処してみると、新しい選択肢が生まれるかもしれない。
自然界にある形状、プロセス、システムから応用した循環型・再生型のデザインがあらゆる分野で生まれれば、その分だけ持続可能な社会に近づくことができるだろう。
気軽にバイオミミクリーについて知るために、子どもから大人までが楽しめる本が多数出版されている。そして何よりも、自然界の不思議や美しさを発見し、感動することができるセンス・オブ・ワンダーの心を保ち続けることが鍵となるだろう。
参考記事
What is biomimicry?|一般社団法人バイオミミクリー・ジャパン|Sustainable Innovation Lab
What is biomimicry| The Biomimicry Institute
植物から発見されたロータス効果!その生物模写技術(biomimetics)の原理と応用例・製品への使用例について詳しく解説|GEOMATEC
ネイチャーテクノロジー|SHARP.
バイオミメティクス(1)から誕生した「グアニン結晶」を化粧品へ応用、特許を取得
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カタツムリと住宅材料|井須紀文|株式会社LIXIL水まわり総合技術研究所
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