
ウーマンリブとは
ウーマンリブとは、1960年代〜70年代前半にかけてアメリカで始まり世界的に広がった女性による女性の解放運動である。
この運動の特徴は、性差別や性暴力、労働の男女平等など具体的な問題に対して社会の急激な変革を求めたことだ。たとえば、女性であるがゆえに課せられてきた母や妻としての役割や「女性らしい」ふるまいに対する社会的な意識を変えようとした。
ウーマンリブでは、各地でのリブグループの結成、集会の開催、ミニコミと呼ばれる自主制作のメディアや出版物の創出などの運動が行われた。この時代以前には、自分の感情や思想を表現する機会も意欲も奪われがちであった女性たちが、自分の言葉で心情や意見を表現し始めたのだ。ウーマンリブが勃興したこの時期は、女性が社会に進出し始めた時代であった。
女性も男性と同じように社会で活動できるようになると期待した一方で、小さい時から刷り込まれた「女性らしさ」のステレオタイプに苦しむ人も多かった。そのため、ウーマンリブは女性という枠組みに縛られ、生き方に不安を抱えていた女性たちに大きな影響を与えた運動であった。
ウーマンリブとフェミニズムの違い

ウーマンリブは、フェミニズムと呼ばれる女性の権利獲得運動の一環として捉えることができる。フェミニズムとは19世紀から続く運動で、性別に基づく不平等を批判し、平等な権利を求める思想や運動の総称を指している。フェミニズムは時代によって大きく4つのフェーズを経て変化してきた。
第1波(19世紀末から20世紀初頭)
主に女性の参政権、財産権、相続権を求める運動。女性が政治や社会に参加する権利を獲得することを目指した。
第2波(1960年代から1970年代)
ウーマンリブ運動として知られ、家庭内での役割分担や性差別に対する意識を高めた。性的自己決定権や中絶の権利なども扱われ、社会全体での男女平等を求めた。
第3波(1980年代から1990年代)
個人の自由を尊重し、外見や行動において「こうあるべき」という固定観念やジェンダーバイアスから解放されることが求められた。
第4波(2010年代以降)
SNSを利用したオンライン上での活動が特徴。セクハラや性的暴力といった問題が広く認識され、より多くの人々がフェミニズムに関与するようになった。
ウーマンリブは「フェミニズムの第2波」として女性が男性と同等の権利を求め、性別による役割分担からの解放や自己実現を目指した。つまり、ウーマンリブは一定の期間と地域において女性の解放を強調した運動であり、より広い範囲で存在し続けるフェミニズムのひとつの動きといえる。
ウーマンリブの活動内容
ウーマンリブの発端は、1960年代後半のアメリカで行われた公民権運動やベトナム反戦運動において、女性の運動家が仲間であった男性から性差別を受けたことで衝突し、それまでのグループでの運動を放棄して独自の組織をつくり始めたことにある。
女性運動が広まった理由としては、第2次大戦後の安定した時期に、家庭に戻った女性が生活に満足できなかったことや、高等教育を受ける女性が増大したにもかかわらず、学んだ知識を生かす機会が与えられなかったことなどがあげられる。そして、当初はアメリカのみで行われていた運動がほかの国々にも広まり、女性解放を目標に掲げた組織やネットワークが次々と誕生した。
ウーマンリブでは、女性だけの共同生活を行ったり、個人の体験を少人数グループで共有し意識を高め合う活動を行うなど、さまざまな運動方法が模索されながら行われた。そしてこの活動を通し、活動以前は重要視されてこなかった「中絶の自己決定権」「性暴力の根絶」「レズビアンへの差別撤廃」といった要求も生まれ、社会に広く訴えた。
ウーマンリブは、第1波フェミニズム運動で求められた女性の権利要求に加え、女性の意識や個人的な人間関係にまで立ち入り、目に見えにくい形で女性を抑圧してきた権力構造を分析していった。つまり、教育や職業選択、経済的自立など、幅広い側面で性別による役割分担からの解放を訴えた活動であったのだ。
アメリカと日本でのウーマンリブの事例

ここでは、アメリカと日本それぞれのウーマンリブ運動の内容を紹介する。
アメリカ
世界のウーマンリブの先駆者となったアメリカでは、1963年にジャーナリストでありフェミニストのベティ・フリーダンによって出版された『新しい女性の創造』が運動の大きなきっかけとなった。
この本の中でベティは、郊外の中流家庭で暮らす専業主婦の女性のなかには「幸せであるにもかかわらず、漠然とした悩みを抱えている人が多い」という事実を指摘し「夫と子どものためだけに生きるのではなく、自分に意義のあることを探せ」というメッセージを伝えた。このベティーの主張が多くのアメリカ人女性の心に火をつけ、これを機に、各地でさまざまな運動が行われるようになった。そして、本は世界で260万部以上のベストセラーとなり、ベティー・フリーダンは1966年に全米女性機構を創設し初代会長に就いた。
そして、本の発売から7年後の1970年8月に女性参政権50周年を記念し、女性たちが平等を求めて全米各地で大規模なデモやストライキを行った。ニューヨーク市では1万人以上が5番街をデモ行進し、メディアでも広く報道されるほど社会に大きな影響を与えた。
一連のデモの影響は大きく、数年間で複数の女性の権利法案が議会で承認されることになるなど、デモ以前はフェミニストを無視する傾向にあった政治家たちも、デモ直後から女性に目を向けるようになった。たとえば、1972年の教育改正法では政府支援の教育プログラムでの性差別を禁止、1973年には中絶の合法化といった動きが見られた。
日本
日本では、1970年代からウーマンリブ運動が起こり始めた。1960年代末に全国でさかんになった学生運動「全共闘運動」において、街頭デモなどに参加するのは男子に限られ、女子は大学で「おむすびづくり」に従事させられる屈辱的な出来事が引き金となり、日本の女性を抑圧から解放すべくウーマンリブ運動の機運が高まったのだ。
1970年11月、日本で初めてのウーマンリブ大会が東京の渋谷で開催され、性差別や性暴力の撤廃を訴えた。デモ隊が掲げた旗に書かれた「ぐるーぷ・闘う女」の文字が翌日の新聞で大きく報道されたことにより、世間から大きな注目をあびたこともあり、このデモが日本のウーマンリブの始まりとして認識されている。
1972年5月には東京で第1回リブ大会が行われ、同年9月にはリブ新宿センターが開設された。その後も女性たちの勢いは止まることなく日本各地にリブのグループが誕生し、リブの波は全国に広がっていった。
現代の女性の平等に対する動き

ウーマンリブは、特定の時代と地域において女性の解放を強調した運動を指すため、現代ではウーマンリブと呼ばれる動きはない。一方、フェミニズムとしては第4波のさなかにある。現代はSNSの普及で誰でも気軽に発信しやすくなっているため、理不尽に思ったことや疑問に感じたことをSNSで発信するのが現在の動きの特徴である。
例として、2017年にアメリカから世界に広まった「#MeToo」運動がある。これは、セクハラや性的暴行などの性犯罪の経験を告白する際にSNSで使用されるハッシュタグであり、ハッシュタグをつけることで「私も被害者だ」と共有し、社会に性犯罪の撲滅を訴えている。このように、スピーディに多くの人々との連携が実現することで、気軽にさまざまな性差別を告発、共有できる時代へと変化している。
まとめ
ウーマンリブは、一定期間・地域にフォーカスした運動ではあったが、その影響は現在も続いており現代のフェミニズムの基盤となっている。1960年代〜70年代に女性たちが表へ繰り出し女性の権利獲得や意識変革へ動いていなければ、現代では当たり前のようにある参政権や社会への進出などの権利さえ女性には未だになかったかもしれない。
現代では、SNSを使った運動が中心となっており、個人の経験をもとに社会へ問題提起する手法が多くなっている。女性の権利に限らず、今後も時代や地域ごとさまざまな方法で平等が追求されていくだろう。その際にウーマンリブは実績のある過去の運動として学べることも多いのではないか。
Edited by k.fukuda
参考サイト
溝口明代、佐伯洋子、三木草子 編『資料 日本ウーマン・リブ史 Ⅰ』|松香堂書店
「リブ神話」を超えて|東京大学
日本のメディアと女性運動の展開|富山大学
フェミニズムの4つの波|VOGUE JAPAN
Women March Down Fifth in Equality Drive|The NewYork TImes
Title Ix Of The Education Amendments Of 1972|U.S. Department of Justice
U.S.Supreme Court






















エリ
大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。( この人が書いた記事の一覧 )