ジェンダーロールとは
ジェンダーロールとは、性別に基づいた社会的な役割(role)のことだ。例えば、「男は外で働き稼ぐべき」「女は家事・育児をするべき」などの固定観念もジェンダーロールの一例だ。
性別が異なるだけで、同じことをしても全く違う受け取られ方をするケースもある。例えば、「英雄色を好む」の言葉が表すように、男性であれば浮気や不倫をしても仕方ないと思われがちな一方、女性は同じことをしても社会的により大きな非難を浴びる。こういった、ダブルスタンダード(二重の基準)が罷り通っているのは、性別によって期待される役割が異なるからだ。
現代のジェンダーロールが生まれた背景

「狩猟採集時代には、体力的な適性を考慮し男性が狩りをして、女性が子育てや食料の採集を担当するという役割分担が一般的だった。そのため、「男性が外で働き、女性が家庭を守る」というジェンダーロールは、生物学的に自然に出来上がったものなのだ」と考える人もいる。
しかし、現在のジェンダーロールは男性の方が体力があるから、つまり、「生物学的に合理性があるから」というより、恣意的に作られていった側面が大きいという意見もある。
例えば、明治時代以前の日本では、女性が国の要職についたり、女性天皇が何人も存在したりした。しかし明治31年につくられた家制度のもとでは、戸主(男性)は、家族の成員の結婚に許可を与え、妻の就労を禁止し、親権を独占的に行使する権限を持っていた。
また同時期、「家族愛」という言葉が生まれた。明治時代に入るまで、日本には「恋愛」や「家族愛」という言葉は存在しなかったが、西洋からLOVEの訳語として恋愛という言葉が輸入され、女学生たちの間で流行するようになっていった。この頃、女性たちは、恋愛をして、結婚し、子どもを産むことが「女の幸せ」だと考え始めた。これまで、親の都合で決められることが多かった結婚に対して、「恋愛」をして相手を選べることは、「自由への道」へのように思われたのだ。
当時は、経済的な発展を目指して、男性に外で一所懸命働いてもらい、女性に無償で家事・育児、などの再生産労働を行なってもらう必要があった。そのために、男性に対しては立身出世というイデオロギーを、女性に対しては家族愛という名のもとに無償労働を行うことを推進したのだ。
明治以前は、女性も外で働いていたことを考えれば、「男性は外で働き、女性は家事・育児」という現代のジェンダーロールが、この時期に形成されていったことがうかがえる。
ジェンダーロールの問題点
ジェンダーロールにはさまざまなものがある。「男性はリーダーシップを発揮すべき」というジェンダーロールを内面化している男性は、リーダーになろうと頑張って出世できるかもしれない。「女性は料理ができた方がいい」というジェンダーロールを内面化した女性が料理を練習しているうちに料理が趣味になり、楽しい時間を過ごせるかもしれない。
そう考えたら、ジェンダーロールにもいい面がある、と言えそうだが、大きな弊害もある。それは、現代日本のジェンダーロールは、男性がリーダーであることを好ましいと考え、女性をサポーターの役割に閉じ込めるものであり、女性に「でしゃばるな」「わきまえろ」と強制するものだからだ。同時に、男性に対し「男が泣くのは女々しい」と暗に感情の抑圧を強制するものであるため、男性に対しても弊害がある。
ジェンダーロールは、職場や学校、家庭、メディアを通じて無意識のうちに再生産され、個人の選択肢を狭める要因となるだけではなく、他者を攻撃する材料にもなる。
例えば、女性の場合、「子育てや家事を優先すべき」というジェンダーロールがある。その役割に沿わない女性に対し、嫌悪感を抱き、攻撃する人がいる。リーダーシップを発揮していることが女性のジェンダーロールに沿わないと感じ、女性の上司や政治家を嫌悪する人もいる。
ジェンダーロールは、女性と男性と同じことをしていても、ジェンダーロールに沿わないから、つまり「女性らしくないから」という理由で嫌悪の対象としてしまうのだ。ジェンダーロールに沿わないために女性を嫌悪することを女性嫌悪、ミソジニーという。
ジェンダーロールの再生産

次に、ジェンダーロールがどのように続いていくのか、について見ていこう。ジェンダーロールは一度作られたら終わりではない。
テレビ、映画、広告などのマスメディア、SNSなどのネット空間では、ジェンダーロールの再生産が繰り返し行われている。女性は献身的な母親や、「美しさ」の象徴として表現される一方、男性はリーダーや英雄として描かれがちだ。男性は年齢が上がるにつれてマスメディアでの露出が増える一方、女性は20代をピークで、その多くは、司会者などのトップを笑顔で支えるサポート役が多い。
ジェンダーロールが繰り返し再生産される場所は、メディアだけではない。恋愛や結婚においても、ジェンダーロールは強化される。2011年に全国の中学生、高校生、大学生に調査をした「第8回青少年の性行動全国調査」によると、告白、キス、性行為などいずれにおいても、男性がイニシアチブをとる場面が多かった。恋愛や性においては、男性が能動的、女性が受動的であるべきというジェンダーロールがあり、現代の若者もそのジェンダーロールに従っていることがわかる。
これがもし、男女の友達同士であれば、どこに遊びにいくのか、何をするのか、などのイニシアチブを男性が取らなければ、と思う可能性は低いだろう。なぜなら、友達はフラットな関係だからだ。一方、男女の恋愛関係になった途端、ジェンダーロールに従うべきだという圧力は強くなる。異性愛恋愛の場は、ジェンダーロール再生産の場でもあるのだ。
ジェンダーロールは時代や国によって異なる。今後も変化していくだろう。しかし、現状日本においては、男性がリーダー、女性がサポーターというジェンダーロールは、少しずつ形を変えながらも、しぶとく生き続けていると言えるだろう。
ジェンダーロールの弊害をなくすためには
社会からの期待であるジェンダーロールに自分のやりたいことや適性がフィットする場合もある。ジェンダーロールがあるが故に利益を得られている人もいる。
そのため、「ジェンダーロールそれ自体はいいも悪いもない」とも言える。しかし、ジェンダーロールが、嫌悪や個人の能力や選択・可能性の制限になるケースが多いことも、また事実だろう。
ジェンダーロールは、男性に対する抑圧や、女性嫌悪を生み出す可能性がある。そういった弊害を生み出さないためには、ジェンダーロールの成り立ちや弊害を自覚し、「ほんとうに社会から期待される役割を演じる必要があるのか」を立ち止まって考える必要があるだろう。
参考書籍
高橋幸、永田夏来編『恋愛社会学 多様化する親密な関係に接近する』ナカニシヤ出版、2024年
ケイト・マン著、小川芳範訳 『ひれふせ、女たち─ミソジニーの論理』慶應義塾大学出版会、2019年
アンジェラ・サイニー著、道本美穂訳『家父長制の起源 男たちはいかに支配者になったのか』集英社、2024年
田中亜以子著『男たち女たちの恋愛 近代日本の自己とジェンダー』勁草書房、2019年
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