モデルマイノリティとは
「モデルマイノリティ」は、社会の平均よりも成功しているマイノリティグループを指す言葉である。つまり、人種・民族的に少数派でありながら「マイノリティの規範」として好意的な印象を持たれている集団のことだ。アメリカでは、モデルマイノリティというと主に(東)アジア系アメリカ人やユダヤ系アメリカ人のことを指す。
モデルマイノリティの大きな特徴は、「褒めているつもりが、実は差別を助長している」という点である。
一般的にアジア系アメリカ人といえば「真面目で勤勉」とイメージされ、アフリカ系やヒスパニック系の人々と比較して犯罪率が低く、アメリカ社会における「規範的な存在」として認識されているという。
一方で、当人たちがそのイメージとのギャップに苦しめられ、ひいてはアジア人全体の差別につながっていることが指摘されている。
モデルマイノリティの歴史
モデルマイノリティの概念は、社会学者ウィリアム・ピーターセンが提唱したものだ。1966年、ピーターセンが二ューヨーク・タイムズの紙面上で「日系アメリカ人」を指す言葉として使用したのが始まりとされている。この記事は、敵国として第二次世界大戦中に拘留されながら、その後成功を収めた日本人のコミュニティに関する内容で、「モデルマイノリティは見習うべき存在」として述べられている。
実際、終戦後の在米日本人や日系アメリカ人は真面目に仕事や勉学に励み、様々な形で成功を収めてきたという歴史がある。こうした流れを受け、1970年代頃から日系アメリカ人のことを「モデルマイノリティ」と呼称する風潮が定着していった。
モデルマイノリティの特徴

アメリカやヨーロッパ諸国などの欧米から見た東アジア系の人々に対するモデルマイノリティの特徴には、以下のようなものがある。
- 勤勉で高学歴
- 大人しく、国や上の者に対して従順
- (他の民族と比較して)経済的に裕福
- 真面目で犯罪に手を染めない
- 社会的地位のある仕事に就き、安定した収入を得る
こうした特徴は、映画やドラマ、文学などの創作作品におけるアジア人の描写でもよく見られ、欧米社会に広く浸透していることがわかる。例えば日本人に対するイメージとして、「小柄で分厚い眼鏡をかけ、カメラを首から下げている」というものは、戦後のメディアでよく描かれていたイメージだ。また、今でも「日本人といえばサラリーマン」といわれることも多く、こうしたイメージがモデルマイノリティの特徴に当てはまる。
モデルマイノリティが問題視される理由
先述のとおり、モデルマイノリティは元々アメリカで成功したアジア人を称賛する意味合いが強かったことから、好意的に捉えられることも多い。しかし一方で、特定の民族へのステレオタイプになっており、それがひいては人種差別につながっているなど、さまざまな問題が浮き彫りになっている。
具体的には、以下のような点が指摘されている。
集団に属する人へのプレッシャーになる
例えば「高学歴で地位の高い仕事に就いている」というイメージによって、「自分もこうあらねばならない」というプレッシャーを与えると考えられている。また、ある事柄に対し「アジア系は〇〇が得意」とされている場合、どんな人でもそれが得意だという偏見が生まれることも。個人の得意不得意や好みではなく、集団のイメージが先行し、結果的に自分自身でも「アジア系なのになぜ出来ないのか」という疑問が生まれ、メンタルヘルスに悪影響を与えることも多いとされる。
経済的および教育的な格差を隠す
「高学歴で高収入」というイメージは、プレッシャーを与えるだけでなく、コミュニティにおける実際の格差が隠されやすいという危険性も孕んでいる。現実には経済的、教育的な格差問題があったとしてもそれが無視され、「アジア系は全員が教育機会に恵まれていて、裕福だから」という理由で社会的支援の対象から外されることがあるという。こうしたイメージによって本当に援助を必要としている人に届かず、さらに格差が広がるという悪循環に陥ってしまう。
民族同士の対立を生む
特定の民族をモデルマイノリティに仕立て上げることは、異なる民族を見下すことにもつながる。「あの民族を見習うべきだ」という考えは軋轢を生みやすく、民族同士の対立を深めてしまう。特にアジア系の人々とアフリカ系の人々の間には、労働をめぐって大きな亀裂が生じている。1960年代にアジアからの移民が急増し、それまでアフリカ系の人々が担っていた仕事を、アジア系の人々が取って代わり始めたことが大きな理由だ。これはモデルマイノリティが黒人差別にもつながることを表している。
多様性や個性を否定する
「アジア系はこうである」という画一的なステレオタイプによって、各々の個性が潰され、多様性を妨げることにつながる。例えば、大人しくて自己主張をしないためアジア系の人々には意見を求めない、「理数系、テクノロジーの分野が得意」というイメージから、その分野の道を進める、仕事を与えるなどの事例は、日常でよく見られるという。当然ながら、アジア系の人々が皆そうであるわけではない。結果として個々人の興味や得意なことを尊重できなくなってしまうのだ。
ヘイトクライムに対する抗議:#StopAsianHate

今、アジア系へのゼノフォビアから起こるヘイトクライム(憎悪犯罪)に対し「大人しくて従順」とされていたモデルマイノリティたちが抗議の声を上げ始めているという。
2020年に世界中で新型コロナウイルスが流行した際、アメリカでよく見られた光景として報道されていたアジア人ヘイト。新型コロナが中国・武漢で発生したとされることから、アメリカで多くのアジア系の人々が暴言を吐かれる、暴力を振るわれるなどの被害に遭い、道端で突然見知らぬ人に襲われる事件も多発した。2021年に発表された調査結果によると、2020年に起きたアジア系に対するヘイトクライムは、パンデミック前の2019年と比較して145%増加したという(*1)。
さらに、新型コロナウイルスのパンデミックが各地で発生した2021年3月には、ジョージア州アトランタのマッサージ店で相次いで銃撃事件が発生。計8名が死亡する事態となったが、この被害者の中にはアジア系女性6人が含まれていた。
アメリカ社会でアジアヘイトが急増する中、これまで「アメリカ社会に対してモノを言わず、決して抵抗しない」とされていたモデルマイノリティの人々が “ #StopAsianHate ” という抗議活動を始めた。この活動はSNSで瞬く間に広がり、多くの著名人や企業も参加。これまでの従順なイメージを覆すような行動は、多数派や権力に屈しない姿勢の表れであり、アジア人へのヘイトクライムは大きな社会問題へと発展していった。
人種差別を乗り越えるために

このように、いま世界は大きく変わりつつある。Black Lives MatterやStop Asian Hateなどの動きが活発化し、白人主義的な構造に隠されていた人種差別の実態や大きな闇が顕在化し始めている。多様性や個性を重んじているとされ、日本でも憧れる人が多い「アメリカ」という国で、これほど根深い差別問題が起きていることは、これまであまり報道されていなかった。
ミレニアル世代やZ世代の若者たちは、モデルマイノリティとしての自分のルーツを知り、誇りを持って生きることを望んでいるという。このことを、Z世代ライター・研究者の竹田ダニエル氏は著書『世界と私のA to Z』の中で「自分たちが文化的に共鳴を感じられるもの、そして失われた故郷を感じられるものを探している」と表現している。こうした動きが加速したのは、SNSが発展し、さまざまな情報が手に入るようになったこと、自分の意見を発信しやすくなったことで、人々がこれまでの社会に疑問を持つようになったことが大きな要因であろう。
人種差別をはじめとした差別問題は、世界中の国と地域で数多く存在しているが、現代はそのどれもが解決すべき問題として取り沙汰されている時代である。日本で暮らしていると、人種差別はあまり身近ではないように感じやすいが、この世界で実際に起こっている問題として関心を持ち、声を上げる人が増えることで、潜在的であった差別問題が明るみになり、解決策に対する議論が盛んになっていくと考えられる。
参考文献
『世界と私のA to Z』|竹田ダニエル|講談社文庫
参考サイト
Success Story, Japanese-American Style; Success Story, Japanese-American Style|The New York Times
Asian Americans and ‘model minority’ stereotype | Pew Research Center
How white supremacy, racist myths fuel anti-Asian violence | UW News
How does the model minority myth feed into racism? |Center for Public Integrity
米アトランタなど3カ所のマッサージ店で発砲 アジア系女性ら8人死亡|BBCニュース
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