
体験格差とは
体験格差とは、子どもが体験することにおいて生じる格差のこと。具体的な定義は定められていないが、学校の外で子どもが行う遊びや習い事、旅行などの体験活動に差が生じることを指すのが一般的だ。
なお、文部科学省の「体験活動事例集体験のススメ」では、体験活動について以下のように説明している。
体験活動
体験活動とは、文字どおり、自分の身体を通して実地に経験する活動のことであり、子どもたちがいわば身体全体で対象に働きかけ、かかわっていく活動のことである。この中には、対象となる実物に実際に関わっていく「直接体験」のほか、インターネットやテレビ等を介して感覚的に学びとる「間接体験」、シミュレーションや模型等を通じて模擬的に学ぶ「擬似体験」があると考えられる。
体験格差の具体例
体験格差の具体例として以下のようなことが考えられる。
- 都心に住んでいる甥っ子は、美術館やアート体験を頻繁にしているが、地方在住のため我が子にはなかなか同じような経験をさせてあげられない
- 子どもの友達は、キャンプ、海水浴、スキーなど、季節ごとのアウトドアアクティビティを楽しんでいるが、我が家は、夫婦ともにアウトドアが苦手なため、子どもにそのような体験をさせたことがない
- SNSを見た小学生の子どもが、バレエを習いたいと言ってきたが、家計の余裕がないため諦めてもらった
このように、体験に恵まれない、あるいはできない・しない子どもたちと、体験機会に恵まれている子どもの間に生じていくのが体験格差と考えられる。近年は、SNSからの情報収集もさかんになっているため、子ども自身が体験格差を実感する機会も増加している。
体験格差が生じる主な理由
子どもが積み重ねる体験活動に格差が生じる理由はいくつかあるが、「経済的な理由」「親の認識・意識」「地域的な理由」の代表的な3つについて紹介する。
経済的な理由
体験活動に格差が生じる大きな理由は、各家庭によって体験活動に使えるお金に格差があること。つまり経済的な理由がある。生活資金が足りない状況で、子どもに旅行や習い事などをさせることは困難で、子ども(のいる家庭)の貧困が体験格差を生み出しているとも言える。
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンが行った「子どもの体験格差実態調査」(2023年)によると、直近1年のうち学校外での体験をしていない子どもの割合は、世帯年収300万円未満の世帯が29.9%と最も多かった。なお、300万円〜599万円の世帯では20.2%、600万円以上の世帯では11.3%となっている。
貧困家庭の子どもの中には誕生日やクリスマスなどのイベントを経験したことがないなど、一般的な子どもが体験するとされることを体験していない例もある。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によると、貧困状態にある17歳以下の子どもの割合(子どもの貧困率)は11.5%(2021年)で、10人に1人が貧困状態にあるとされている。この子どもの貧困率の問題が体験格差にもつながっていると考えられる。
親の認識・意識の問題
子どもの体験活動に格差が生まれる理由には、親の認識や意識の問題もある。親自身の体験活動に関する経験が少ないことで、子どもに十分な体験をさせない、あるいは体験活動は必要ないと思ってしまうのだ。このような現象を「体験格差の連鎖」と呼ぶこともある。
子どもの体験活動が少ない家庭では、親が経済的な理由などで子どもの頃の体験活動が乏しかった例のほかに、体験が子どもの成長にとって重要だという認識が欠落している例もある。そのため、経済的な余裕があっても子どもの体験活動に格差が生まれることも少なくない。
前述の調査では、年収600万円以上の世帯でも体験活動をしていない子どもの割合は11.3%となっている。年収600万円以上の世帯の子ども100人あたり11.3人は学校外での体験活動をしていないと考えられ、経済的な観点を考慮しない場合でも体験格差が生じているのだ。
地域的な理由
体験格差が生まれる理由には、地域的な事情もある。例えば、海に行きたくても海が近くないエリアで暮らしている、美術館に行きたくても近くにはない、コンサート会場が近くにない、などが要因となって体験の機会に恵まれないこともあるのだ。
しかし、こうした地域的な理由から生じる体験の格差には、お金によってカバーできる側面もある。例えば、山で暮らしていても海のある場所に旅行に出かけることができる。美術館に行きたい場合も、お金と時間があれば行けないわけではない。
そのため地域的な理由で生じる体験格差には、経済的な理由や親の意識の問題が隠されているケースも含まれると推測できる。
体験活動の重要性

体験格差が問題なのは、体験活動を経験できる子どもと、体験活動に恵まれていない子どもがいるからだ。では、体験活動がなぜ重要なのかを見ていこう。
体験活動の教育的意義
文部科学省では、体験活動を経験することで自ら積極的に学んだり、考えたりといった生きる上で必要な力を養い、豊かな人間性を築いていくことができるとしている。
具体的には、次の8つの点において効果があるとされる。
- 現実の世界や生活などへの興味関心、意欲の向上
- 問題発見や問題解決能力の育成
- 思考や理解の基盤づくり
- 教科等の「知」の総合化と実践化
- 自己との出会いと成就感や自尊感情の獲得
- 社会性や共に生きる力の育成
- 豊かな人間性や価値観の形成
- 基礎的な体力や心身の健康の保持増進
引用:体験活動事例集体験のススメ-[平成17、18年度 豊かな体験活動推進事業より]
体験活動は、思考や実践の出発点あるいは基礎となるものを養っていくために、子どもたちにとって大きな役割をしていると考えられているのだ。
家庭の経済状況に関わらず成長に良い影響がある
「令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告 ~21世紀出生児縦断調査を活用した体験活動の効果等分析結果について~」によると、小学校の頃の体験活動のほか、読書やお手伝いをすることによって、次の項目の得点が高くなったと報告している。
●自尊感情…自分に対して肯定的な感情を持つこと。自分に満足していること。
●外交性…自分のことを外交的、活発だと思うこと。
●精神的な回復力…新しいことに興味を持ったり、自分の感情を調整したりすること。
また、体験活動をよくしている子どもは、家庭の経済状況に関わらず、その後の成長に良い影響が見られるとも報告している。
非認知能力を伸ばす
子どもの頃に行った体験活動は、非認知能力を伸ばすとされている。非認知能力とは、学習意欲、労働意欲、努力や忍耐といったものを指し、IQなどの認知能力に相対した概念のこと。進学や賃金水準の決定に寄与したり、認知能力を伸ばすのにも重要な役割をすることが研究で明らかになっている。
例えば、音楽やダンス、スポーツなどの習い事をする子どもの方が、勉強に対して自主性や意欲を見せることが多い。こうしたこともこの非認知能力が関わっているとされる。いわゆる文武両道を実践することで、「体験」によって非認知能力が刺激され、認知能力に対してポジティブな影響を与えていると考えられる。
体験格差の影響
これまで見てきたように、学校外で行う体験は子どもが健全に成長することに対してポジティブな影響を与えている。その反対に、体験活動が少ないと健やかな成長を阻害しているとも考えられる。
特に、創意工夫を持って物事に取り組んだり、物事に興味を抱く感情自体が欠落する可能性もある。また、幅広い年齢層の人たちと交流する機会がないことで、集団生活にうまく適応できないだけではなく、自分を表現するのが苦手になったり、協調性を適切に養うことができなくなってしまうことも考えられる。
こうして子どもたちの間で体験に格差が生まれることによって子どもたちの関係性がゆがみ、孤立や負い目などを感じてしまう可能性もある。生きづらさを感じたままの多くの子どもたちがそのまま大人になってしまうと、社会の閉塞感が広がることも考えられる。
体験格差解消のために、私たちができること

体験活動が子どものポジティブな成長に寄与するため、余裕がある家庭は、自分の子どもに対して積極的に体験活動の機会をもうけることが推奨される。
加えて、社会全体の体験格差をさらに解消するためには、自身の子どもだけではなく、地域の子どもも一緒になって参加できるイベントや遊びの会などを企画するといったことも有効だ。例えば、同じマンションや近隣の子どもにも声を掛けることで、地域の子どもたちが同じ体験活動に恵まれるようになる。
また、子どもの体験活動に貢献するイベントを企画したり、体験活動の提案などを行っている支援団体がある。そうした団体に寄付をしたり、ボランティアとして企画に参加することでも子どもたちの体験格差の解消に寄与することができる。
まとめ
子どもにとって多くの体験をすることは、さまざまな考え方を学び、自分の行動に活かせる一つのきっかけとなる。そのため体験活動を重ねることは、健全な成長にとって欠かせないものだ。
しかし、経済的な理由に加え、親の認識・意識の低さなどが影響し、子どもが本来するべき体験活動をしないまま成長して青年期を迎えたり、大人になるケースも多い。こうして生まれる体験格差は子どもたちに社会的な閉塞感を感じさせる可能性もある。
隣家のプライベートに立ち入ることにもつながるため繊細な問題ではあるが、周りの子どもと遊ぶ機会を設けるなど、ちょっとした声がけで地域の子どもの間に体験格差を生じさせないようにすることもできる。それが子どもの健全な成長、さらには自ら考えることができる成人の増加、そして日本の健全な将来にもつながっていくはずだ。
Edited by k.fukuda
参考サイト
「令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告」
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン「体験格差解消の重要性」
令和2年度青少年の体験活動に関する調査研究結果報告
令和2年度「体験活動等を通じた青少年自立支援プロジェクト」青少年の体験活動の推進に関する調査研究報告書






















倉岡 広之明
雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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