パリオリンピック、初のトランスジェンダー選手が出場。多様性を尊重する一方、「公平性」が崩れるとの批判も

パリオリンピック初のトランスジェンダー選手、女子種目に出場。多様性を尊重する一方、「公平性」が崩れるとの批判も

イタリア代表の陸上選手・バレンティーナ・ペトリロ(50)が、パラリンピックにおける史上初のトランスジェンダ―選手として、自認する性で出場する。

性的マイノリティの人々への理解が少しずつ進んでいるのは言うまでもない。同性婚は2001年にオランダで承認されて以降、各国も制度を見なおし現在は世界37ヵ国で認められている。少しずつ、トランスジェンダーの人々に対する社会構造上の障壁が取りのぞかれてきたように見えるが、スポーツ界における賛否両論は、なかなかおさまらない。

この記事では、スポーツ界におけるトランスジェンダーに関する課題をまとめていく。

ペトリロ選手のこれまで

ペトリロ選手は14歳の頃、網膜の遺伝性疾患であるスターガルト病と診断され、現在は視覚障がい者として陸上種目で活躍している。

自身が女性だと自認したのは、ペトリロ選手が9歳の頃だ。競技では身体的性である男性として出場し、T12陸上競技(視覚障がい者向け走者クラス)においては、2015年からの3年間で11の国内タイトルを獲得してきた。

家族のサポ―トと理解で、2018年に女性としての人生を送りはじめ、2019年にホルモン治療を開始した。つまり、ペトリロ選手は思春期を男性として送っており、ホルモン治療を受けたのは大人になって随分経ってからだ。パラではなく世界陸連の規定であれば、こうした国際大会に出場することはできなかっただろう。

しかし、トランスジェンダーの女性選手が身体的には優位と考えられている一方、ホルモン治療の負担がかかることもある。ペトリロ選手は過去にBBCとのインタビューで、体重の増加や食欲の低下、貧血や情緒の不安定さを訴えていた。

「公平性」と「包括性」のジレンマ

トランスジェンダーとは、本人が自認する性が出生時の身体の性と一致していない人を指す。男性器をもって生まれてきたが、自分では女性でだと思っている場合はトランスジェンダー女性といい、女性器をもって生まれたが、自分では男性だと思っている場合はトランスジェンダー男性という。

スポーツ界では、トランスジェンダ―選手が自認する性で競技出場を求めることがある。しかし、とくにトランスジェンダー女性の女性種目への出場は認められていないケースがある。その背景にあるのは「公平性」と「包括性」の対立だ。

従来、男性は女性よりも運動能力にすぐれていると思われてきた。一般的に男性のほうが筋力がつきやすく、骨格もしっかりとしているためだろう。男性的な身体的特徴をもつ選手が女性選手と共に競技に参加する場合、女性選手は不利益をこうむる可能性があるのだ。また、ラグビーなどの体当たり的なスポーツでは、ケガのリスクが高まるという主張もある。

選手たちがより良いパフォーマンスと結果を求めて努力を積み重ねても、優位的な身体的特徴をもつ人が現れた場合、今まで積みかさねてきたものは崩されてしまう。つまり身体的特徴にかかわらず、本人の意思を尊重する「包括性」を優先した場合、「公平性」が崩れてしまうという考えが存在しているのだ。

出場を制限されることも多い、トランスジェンダー選手

スポーツ界におけるトランスジェンダー選手に関する取り決めは、各スポーツ連盟に委ねられている。なぜなら身体的性によって不公正さが生じるか否かは競技内容によるため、スポーツ界全体で一貫した基準を作成できないからだ。

とくに国際レベルの大きな試合では、トランスジェンダー選手の自認する性での大会出場は制限される傾向にある。たとえば、国際水泳連盟は2022年にトランスジェンダーの女性選手の出場について、新たなルールを設置した。ここでは、12歳未満であること、もしくは思春期の成熟度を5つの段階に分けたとき、2番目の段階に入るまでに性転換をしてることが求められる。また、自認する性での出場でも公平性をくずさないと証明するために、男性ホルモンであるテストステロン値の提出も必要だ。

これによって、2022年にひらかれた全米大会体育協会選手権の女子部門で優勝したリア・トーマス選手は、パリオリンピックへの出場を断念せざるを得なくなった。

国際統括団体ワールドラグビーは、ケガなどのリスクを回避するため、トランスジェンダーの女性選手が女子種目に出場することを完全に禁止している。2023年3月には世界陸連がトランスジェンダーの女性選手のテストステロン値の基準をより厳しくした。この傾向はほかの種目にも見られる。

出場を制限されることも多い、トランスジェンダー選手

本当にトランスジェンダー女性は女性より身体的に優位なのか

自認する性での大会出場にあたって、思春期の成熟度が高まる前の性転換やテストステロン値が求められるのは、女性の身体で生まれた人よりも優位的な身体機能をもっていないと示すためだ。

しかしトランスジェンダーの女性選手の身体が、本当にスポーツにおいて優位なのかどうかは証明されていない。証明されていないがために、広い肩幅やより高い筋力など、男性的な身体的特徴を得ていないことを「公平性」の基準としているのだ。

一方で、パリオリンピック開催の前に、トランスジェンダーの女性選手がもつ「優位性」をくつがえす研究結果が発表された。

2024年、国際オリンピック委員会の出資のもとでイギリスのブライトン大学がトランスジェンダーと、シスジェンダー(生まれたときの身体的性と性自認が一致している人)を対象に研究を実施。参加したのは、いずれも競技スポーツを行っている、もしくは最低週に3回は運動をおこなっている人たちだ。

トランスジェンダーの女性とシスジェンダーの女性を比べた結果は、以下の通りとなった。

  • 握力はトランスジェンダーの女性のほうが強い
  • 肺機能と運動時の最大酸素摂取量はトランスジェンダーの女性のほうが弱い
  • 下半身の強さもトランスジェンダーの女性のほうが弱い

つまり、トランスジェンダーの女性がシスジェンダーの女性よりも優位だとは言い切れないのだ。


パラリンピックにおけるトランスジェンダーに関するの取り決め

競技ごとで異なる、パラリンピックにおける基準

国際パラリンピック委員会は、トランスジェンダーの選手の出場に関する統一の基準は設けていない。そのため、基準は各スポーツ連盟にゆだねられている。

ペトリロ選手が出場する陸上競技は、世界陸連と世界パラ陸上競技選手権大会(WPA)で異なる基準が採用されている。世界陸連は、厳格な基準をトランスジェンダーの女性選手に課している一方、WPAは法的に女性として認められている場合は、自認する性で大会に出場可能としている。そのため、ペトリロ選手は女性としてパラリンピックに出場することができたのだ。

しかし、反対意見も多い。ペトリロ選手の女性としての参加に反対する選手たちの代表者からは「公平性が後回しになっている」「これ以上、私たちができることはない」という声が挙がっている。APスポーツがペトリロ選手の出場をXに掲載したが、コメント欄にも批判が殺到している。

トランスジェンダーの女性選手がシスジェンダーの女性選手の身体的機能よりも、弱い部分があるという研究結果が出ていても、世間には広がりきっていない。また、ひとつの研究結果だけで、公平性を証明するのは難しい。

現在のように公平性の証明と認知が拡大するまでは、どうしてもトランスジェンダーの選手は非難にさらされてしまう。また、女性として生きているのに「男性だ」という言葉を投げられた際、精神的なダメージを受けるのは選手だけではない。そのコメントを見た一般のトランスジェンダーの人々も同様だ。

ペトリロ選手の出場に関して、国際パラリンピック委員会のアンドリュー・パーソンズ会長は、パリは彼女の出場を「歓迎する」だろうと言った一方で、スポーツ界は今後団結していく必要があると述べている。

まとめ

スポーツ界において、トランスジェンダーの人々が自認する性にしたがって競技に参加するのは、「公平性」を崩すと考えらえている。しかし、必ずしも生まれたときの性で優位性が決まるわけではないという研究結果や、ホルモン治療による負担も見逃してはいけない。

アンドリュー・パーソンズ会長は、ペトリロ選手の出場に伴う批判は「覚悟している」と応えている。その一方で、次のようにも述べている。

「(トランスジェンダーのアスリートを)丁重に扱うのは公平なことだと思います。しかし、他の選手との公平性も保つためには、科学の応えが必要です」「将来、スポーツ界全体がこの問題に対して一致団結した立場をもつことを期待します」

参考サイト

Sprinter set to be first transgender Paralympian|BBC Sports
トランスジェンダー女性は必ずしも有利ではない 相次ぐ競技締め出しに研究者が警鐘|朝日新聞GLOBE+

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