ワンヘルス(One Health)とは?6つの柱で、ヒト・動物・環境の健康を総合的に考える

ワンヘルス(One Health)とは・意味

ワンヘルスとは、ヒト、動物、そしてそれを取り巻く環境(生態系)の健康は一つのものであるとし、各分野の関係者が連携・協力しながら、ヒトと動物、そして自然環境の健康を総合的に保全しようとする考え方である。

例えば、この数年世界を震撼させた新型コロナウイルス(COVID-19)は、コウモリ由来の感染症として知られている。他にも、鳥インフルエンザやHIV(エイズ)、SARS、MERSなど、近年社会問題となっている感染症の多くは「動物由来感染症(人獣共通感染症)」である。この感染症は過去100年間で急激に増加したと言われているが、これは世界人口およびヒトやモノの移動距離数、森林破壊などの増加傾向と一致している。

この結果は、これらの問題が全て密接に繋がっていること、つまりヒトの健康を保全するためには、動物、生態系の健康と切り離さずに取り組むことが重要であることを示しているのだ。

ワンヘルスの6つの柱

ワンヘルスの6つの柱

ワンヘルスにおける取り組みは、主に6つの柱を中心としている。これらは医師、獣医師、研究者や学者などの専門家のみならず、政府、民間、そして私たち一般市民も自分事として考え、取り組むことが肝要である。

1.   ヒトと動物の共通感染症対策

ヒトと動物の共通感染症はヒトの感染症の約60%、近年発見された病原体による「新興感染症」では約75%を占める感染症である。これらの感染症において、感染源(ウイルスや菌を保有するもの)、感染経路(飛沫感染、接触感染)、宿主(寄生虫や菌が共生、寄生するもの)という3つの要因それぞれに対する対策が不可欠である。

まずは普段から手洗い・うがいを徹底し、病原体を排除したり侵入経路を遮断することがとても大切だ。特に動物と触れ合ったあとには必ず手を洗う、草やぶでは長袖・長ズボンを着用し、蚊やダニとの接触を防ぐなどの対策が必要である。また、咳エチケットを意識し、ウイルスや菌を蔓延させないことが求められる。

 2.   薬剤耐性菌対策

薬剤耐性菌とは、抗生剤への耐性を獲得した菌のことである。もしも薬剤耐性菌による感染症が起こった場合、従来の抗生剤では利用が困難になることが問題視されているのだ。このような菌はすでに世界中で確認され、現在増加の一途をたどっている。

この菌が広がった背景には、抗生剤の開発以降、不適切に使用されていたことが挙げられる。私たちができる対策としては、医師から処方された抗生剤の用法・用量をきちんと守ることだ。自己判断で服用をやめてしまうと効果が期待できないだけでなく、薬剤耐性菌を増加させる可能性もある。また、日ごろからペットの健康に目を向け、動物とヒトの間で感染しないよう注意することが大切だ。

3.   環境保護

森林や生態系の破壊は気候変動、特に地球温暖化の大きな原因となっている。地球温暖化は近年多発する様々な自然災害の要因であり、ヒト、動物、環境すべてに関わってくる問題だ。

ヒトと動物のすみ分けがきちんと行える生態系を保ち、豊かな自然環境を守り続けてこそ、ヒト、動物、生態系すべての健康は保全される。そのためには二酸化炭素の排出を抑え、地球温暖化を防止することが重要だ。移動の際は車ではなく、自転車や徒歩、バスや電車など公共交通機関を利用する、環境に配慮された商品を購入するなど、日頃から意識を持つことを心がけたい。

4.   人と動物の共生社会づくり

近年のペットは多様化し、暮らし方も大幅に変化している。室外よりも室内で暮らすペットの方が多くなり、動物たちが人間にとって家族とも言える存在となる一方、遺棄、虐待、悪質ブリーダーなどの問題が多発している。また、過度のふれあいも人獣共通感染症を発生させる要因となる。

ペットと暮らすには、第一にその動物の一生を担う覚悟を持たなければならない。そして動物本来の生態や習性、飼い方を十分に理解した上で迎え入れることが非常に大切である。

予防接種や健康診断を受けたり、迷子にならないためのマイクロチップ装着を検討することも重要だ。また、野生動物にエサを与えたり、エサになるものを放置することは避け、適度な距離を保たなければならない。

5.   健康づくり

人間は自然や動物と触れ合うことで心身ともに健康状態が向上するとされている。適度な運動や食生活の見直しに加え、森林の中で過ごすことにより、ストレスホルモンの減少、血圧の低下、脈拍数の減少、免疫機能の増強などが期待できると科学的に証明されているのだ。

このことからヒトの健康づくりは、動物や環境の健康と切り離せないことが分かる。簡単に実践できるアクションとしてはハイキングや、ドッグランが整備された場所などで、自然や動物とふれあいながら体を動かすことがおすすめだ。また自然観察会などで身の回りの自然について理解することも大切である。

6.   環境と人と動物のよりよき関係づくり

私たちの体は自分が食べたものからできているため、健康的な体づくりには健全な環境で生産された農作物、畜産物、水産物などが欠かせない。健全な環境とは、ミネラルなどの栄養豊富な土壌や水、家畜の快適な飼育環境などのことだ。

健全な環境で生産された旬の食材は、栄養価が高く、その時期や地域特有の心身の不調に効果が期待できるとされる。また、地産地消によって輸送距離が短くなり、エネルギーとCO2排出量の削減にも繋がる。

環境、動物、そしてヒトの相互関係をよりよいものにするためには、自分が口にする食材がどのような環境で、どんな方法で生産されているかを知ることが重要だ。

ワンヘルスの背景にある問題点

ワンヘルスの背景にある問題点

ワンヘルスが注目されるようになった背景には、冒頭の通り、新型コロナウイルスなど動物由来感染症が増大したことが挙げられる。

その原因は、近代の急激な人口増加に伴う大規模な開発により、森や山を切り拓いて都市開発を進めてきたことにある。その結果、これまで人間が立ち入らなかった森の奥まで侵入し、そこで人間や家畜が、感染症の病原体を保有する野生動物と接触することとなってしまった。その後、家畜や農作物の輸出入の増加、また交通網の発達によって人間が簡単に世界中を移動できるようになったことで、感染症が新たな場所で広がり、ウイルスの変異を起こしているのだ。

このことから医学と獣医学、そして環境保全の専門家が緊密に連携し、ワンヘルスを実現することが重要視されるようになったのである。

ワンヘルスに関する具体的な取り組み

国際的な取り組み

ベトナムでは鳥インフルエンザやSARSの影響を受けたことから、2016年に人間、動物、野生生物の健康の保護と改善強化を目的とした「動物由来感染症のためのワンヘルス・パートナーシップ」を設立。

フィリピンでも、野生生物取引を監視するネットワークを構築したり、感染症に関する教育によって国民の意識を向上させるなど、様々な取り組みを行っている。

アメリカでは、1975年に設置された国立野生生物衛生研究所において、米全土の野生生物の疾病に関する情報を収集、研究し、それらの情報を公開。アメリカ国際開発庁では、野生動物の衛生管理について連邦政府と州政府が連携し、各研究機関との協力体制が整備されている。

国際機関においては2020年11月、ワンヘルスの中心機関である世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)の集まりに、環境専門のUNEP(国連環境計画)が参画。また、世界動物園水族館協会(WAZA)も2020年、今後10年間における新たな戦略を打ち出し、生物多様性の保全に取り組む方針を明らかにしている。

日本の取り組み

新型コロナウイルスのパンデミックを受け、国際社会がワンヘルスに取り組む一方、日本では具体的な法整備や関係機関の連携は積極的に行われていない。しかし、2012年には日本獣医師会と日本医師会がワンヘルス実現に向けて連携するための覚書を締結するなど、いくつかの動きは見られている。

2016年に開催された第2回世界獣医師会で採択された「福岡宣言」において、「ワンヘルスの概念の理解と実践を含む医学教育及び獣医学教育の改善・整備を図る活動を支援する」と表明。

この当時はワンヘルスの対象はヒトと動物だけであったが、WWFジャパンは2021年に「人と動物、生態系の健康はひとつ、ワンヘルス共同宣言」を策定。人と動物の医療、公衆衛生、環境保全に携わる12の機関・団体が、ワンヘルスの観点から互いに協力し、新たな感染症への予防対策に取り組むことを表明している。

まとめ

私たちの生活だけではなく、社会のシステムすらも一変させた新型コロナウイルス。近年、同じように動物由来の感染症は増加の一途を辿っており、ヒト、動物、生態系の健康を一つのものとする「ワンヘルス」の考え方は無視できないものとなっている。

残念ながら日本では未だ法整備がされておらず、国が主体となった取り組みも行われていない。一般市民の中でも認知度は低く、生物多様性を保全することに重要さもあまり理解されていないのが現状だ。しかし専門分野の各団体において、ワンヘルスの認知を広げるための取り組みや対応は、少しずつ広がっている。

私たちは、人間ばかりが豊かになることを考え、動植物の生態系を崩すような行為が、自然を壊し、動物の生活環境を奪うだけではなく、結果として私たち自身の健康をも脅かすものであることを改めて認識しなければならない。

【参考記事】
「ワンヘルス(One Health)」~次のパンデミックを防ぐカギ|WWFジャパン
ワンヘルス|日本WHO協会
ワンヘルスの定義と原則|日本WHO協会
ワンヘルス(One Health)とは?

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