グラフェンとは何か? 炭素1層が“素材の常識”を変えた理由

グラフェンは、〝夢の新素材〟として世界各国で研究されている二次元物質。原子1個分の薄さながら、強固でしなやか、電気が通りやすいなどの特性を合わせ持っており、これまでの常識を覆すような製品開発が期待されている。放熱シートや衣料などでの実装が進むグラフェンの現在地について紹介する。

グラフェンとは?炭素原子1層から生まれた新素材

グラフェン(graphene)とは、炭素原子1層からなる極薄のシート状材料(二次元物質)のことだ。炭素原子が蜂の巣状(六角格子)に並んだ「ハニカム構造」が特徴で、その厚さは炭素原子1個分、約0.34ナノメートルしかなく、人類が作り出せる「世界で最も薄い物質」と呼ばれる。この構造が、常識はずれとも言われる特性の源だ。

例えば、強固な六角形構造は、1つのs軌道と2つのp軌道が混ざることで作られた「sp2混成軌道」によって、120°方向に3本の結合を持つためだ。この結合エネルギーが極めて高いため、引っ張り強度がダイヤモンドを超える強度を持つと言われる。

また、炭素原子のp軌道は本来3つあるが、sp2混成軌道ではそのうちの2つを仕様し、残る1つのp軌道は隣接する炭素原子と「π(パイ)結合」を形成する。このπ結合に関与する電子が面全体に自由に動ける状態で広がることで、高い電気伝導性が生じる。

身近なグラフェンの構造体は、鉛筆の芯(黒鉛)だ。名称の由来も、黒鉛を意味する「グラファイト」からきている。近年は、スマートフォンや高性能バッテリー、防寒衣類、抗菌素材などにも使われ始めている。

ノーベル賞受賞から次世代の素材へ

グラフェンの存在は、1947年に理論モデルとして登場した。理論物理学者がグラファイト(黒鉛)の電子構造を説明する中で、「1層の炭素シート」として使用したのが最初だ。

当時の科学では「原子1層の結晶は安定しない」という常識があり、グラフェンの単離は不可能だと言われ続けた。しかし2004年、マンチェスター大学(イギリス)の研究チームが、セロハンテープで黒鉛を繰り返し剥がすという簡単な方法(スコッチテープ法)でグラフェンを取り出すことに成功した。

発見からわずか6年後の2010年には、アンドレ・ガイム博士とコンスタンチン・ノボセロフ博士が「二次元物質グラフェンに関する画期的実験」でノーベル物理学賞を受賞。その後、「次の産業革命を起こす素材」としての期待が高まり、全世界で開発が加速している。

現在は高速トランジスタやディスプレイ、太陽電池などへの実用化が進んでいるが、省資源やサーキュラーエコノミーなど社会課題の解決にも活用できるとして、さまざまな分野で研究が続いている。

常識を覆すグラフェンの優位性

グラフェンは原子1個分の薄さでありながら、引っ張り強度では鋼鉄を大きく上回り、極めて高い弾性を持っている。そのため、原子レベルでは曲面にもフィットできる柔軟性を備えているのが強みだ。

物質としての主な特性は以下の通り。

・電子移動度:シリコンの100倍以上
・熱伝導性:銅の数倍以上
・引っ張り強度:鋼鉄の約200倍
・透明性:可視光の約97%を透過
※いずれも単層・高品質グラフェンの研究報告に基づく

電子移動度が非常に高いため、シリコンよりも高速な動作に注目が集まっている。また熱伝導率が高く、放熱材料としての応用期待も高い。さらに分子レベルで透過性を制御できる薄膜材料として、水処理や分離技術への応用に向けた研究も進んでいる。

これらの特性から、従来の材料では困難だった世界を変えるような革新的な製品が開発されると期待されている。

なお、グラフェンには炭素1層の「単層」だけでなく、数層から数十層重なった「多層グラフェン」も存在する。単層は理論上の最高性能を発揮するが、製造コストが高い。一方、多層グラフェンは量産性に優れ、既存の材料に混ぜて強度や導電性を高める「添加剤」として、現在、先行して社会実装が進んでいる。

「夢の新素材」と呼ばれる理由

グラフェンの大きな特徴は、「強い」「軽い」「薄い」「電気をよく通す」「熱をよく通す」「曲がる」「透明性が高い」などの特性を同時に持っていることにある。

具体的に、どのように活用できるのか現状から見てみよう。

エレクトロニクス分野

シリコンの微細化が物理的限界に近づく中、グラフェンは次世代のデバイス基盤として期待されている。優れた電気伝導性と電子移動度により、高速かつ低消費電力のトランジスタが実現する可能性がある。

また、「強靭」で「透明」、そして「曲げられる」特性により、折りたたみスマートフォンなど次世代電子機器への導入も進んでいる。ウェアラブル端末のタッチパネルや、液晶ディスプレイへの試験導入もその一つだ。

特に実用化が先行しているのが「グラフェン放熱シート」だ。スマートフォンやノートPC内部の熱を素早く逃がすことで、デバイスの薄型化と長寿命化に貢献している。

エネルギー分野

高い電気伝導性や光透過性を活かし、太陽電池の電極材料としての研究が進んでいる。柔軟な透明電極として利用できることから、「曲げられる太陽電池」の実現に期待が寄せられている。

また、大きな表面積を活かした蓄電池の性能向上も注目の領域だ。リチウムイオン電池では、電極材料にグラフェンを添加することで充放電特性や耐久性が向上したという報告もある。燃料電池分野では、酸化グラフェンを触媒担体として用いることで、貴金属の使用量を抑えつつ高効率化を図る研究が国内大学を中心に進んでいる。

航空宇宙・自動車分野

優れた強度と軽量性を併せ持つことから、航空宇宙・自動車分野においても注目度は高い。機体材料に複合材として応用することで、強度を維持しながら大幅な軽量化を実現できるからだ。これにより燃料効率の向上や航続距離の延長が見込める。

自動車分野でも同様に、車体の軽量化による燃費向上が期待できるほか、電気自動車(EV)のバッテリー関連部材に応用することで、導電性や耐久性の向上、内部抵抗の低減に寄与する可能性が報告されている。

医療分野

特に進んでいるのは診断ツールへの応用だ。表面積が大きく、微量な生体分子を検出できるため、超高感度バイオセンサーの研究が進んでいる。ウイルスや細菌を高速・高精度に検出できるほか、心拍や体温をリアルタイムに監視するウェアラブルヘルスケアの発展にも貢献するだろう。

また、優れた生物適合性(細胞との相性)を活かし、特定の細胞への成長を促す「足場材料(スキャフォールド)」としても注目されている。高い導電性が神経細胞の再生を助ける可能性や、タンパク質を吸着しやすい特性により骨再生のスピードを高めたという報告もされている。

さらに、物理的な膜破壊によって細菌を殺傷する能力を持っており、新たな抗菌材料としても期待が高い。インプラントやカテーテル、手術器具の表面にコーティングすることで、感染症予防につなげる研究が進んでいる。

注目が集まるグラフェン市場

調査会社「フォーチュン・ビジネス・インサイト」によると、2025年における世界のグラフェン市場規模は9億4000万ドルと評価されている。2026年の12億8000万ドルから2034年までに155億7000万ドルに到達すると予測され、その年平均成長率(CAGR)は36.60%と極めて高い。

製品別で「グラフェンナノプレートレット(GNP)」が大きなシェアを占めているのは、この多層構造を持つ粉末状のグラフェンが、樹脂やゴム、コンクリートなどへの混合が容易だからだ。これにより、スポーツ用品やタイヤ、防寒着といった一般消費者向けの製品化が加速している。

地域別では、中国、日本、韓国を含むアジア太平洋地域が2025年時点で29%のシェアを占める。この地域では、エレクトロニクスや自動車、航空宇宙分野における研究・実装が特に盛んだ。

日本国内に目を向けると、「Spherical Insights」の予測では2032年にかけて17.7%のCAGRで成長するとされている。半導体需要の増加に加え、従来の炭素繊維材料にグラフェンを添加するハイブリッド化の動きも市場拡大を牽引している。

まとめ|なぜ今、グラフェンが注目されているのか

グラフェンは、炭素原子1層からなる極薄構造でありながら、強度・導電性・熱伝導性・柔軟性・透明性といった特性を高次元で併せ持つ次世代材料だ。既存材料の限界を突破する存在として、今後の技術革新の核になると期待されている。

現在は、エレクトロニクスから医療、宇宙開発まで幅広い分野で社会実装が始まっている。大量生産のコストや品質の安定化といった課題はあるものの、これらを克服することで、省資源化や環境負荷低減を実現する社会課題解決の切り札となるはずだ。

Edited by c.lin

参考サイト

グラフェンとは?分かりやすく解説!特性や用途を紹介|ものづくりドットコム
グラフェン、フォトニクス材料としての実用化が進む|Optipedia
グラフェン|imidas
グラフェンとは?構造・グラファイトとの違いやメーカーごとの製品を紹介|PEAKS MEDIA
注目の素材「グラフェン」とは?特徴やメリット、関連する温熱素材も解説|JERNANOジャパン株式会社
グラフェンと私たちの技術|株式会社マテリアルイノベーションつくば
宇宙で最も薄く、最も強靭、最も導電性に優れる材料グラフェン|知財図鑑
バルクケミカル/グラフェン市場|フォーチュン・ビジネス・インサイト
日本のグラフェン市場|Spherical Insights

About the Writer
倉岡

倉岡 広之明

雑誌記者として活動した後、フリーライターとして独立。さまざまなジャンルの記事を執筆しているが、北海道で生まれ育ったこともあり、自然環境や気候変動、SDGs、エネルギー問題への関心が深い。現在は、住宅やまちづくり、社会問題、教育、近代史など、多岐にわたるテーマを手がけている。
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