
日本酒製造で副産物として生まれる酒粕の多くは廃棄されてきたが、新潟県津南町の酒蔵「津南醸造」は、それを最先端技術の原料として再生するプロジェクトを始動。半導体素材、ナノ粒子、培養肉原料の3領域で、地方発のサーキュラーエコノミーの可能性を切り拓く。
酒粕をめぐる現実と可能性

新潟県の最南端、長野県境に位置する津南町は、河岸段丘上に水田や畑が広がる中山間地域である。この世界有数の豪雪地で1996年に創業した津南醸造は、「雪を活かした酒造り」を行っている。標高2,000メートルの山々から湧く天然水と地元産の酒米「五百万石」によって造られる酒は、新潟・津南を代表する銘酒だ。
「Brew For Future ~共生する未来を醸成する~」をブランドコンセプトに掲げる同社は、酒粕を活用した先進的な資源循環の取り組みとして、2025年7月より「日本酒アップサイクルプロジェクト」をスタートさせた。「環境ありきの酒造り」を念頭に、100年後も地域の環境と酒造りが共生し、地方創生にも繋がる未来を目指している。
日本酒造りに欠かせない副産物である酒粕は、国内で年間約36,000トンが生産されている。これまではその多くが廃棄されてきたが、その背景には、再利用の担い手不足といった地域課題、廃棄コスト、環境負荷という3つの問題がある。
まず、生の酒粕は水分を多く含み、カビが発生しやすいため長期保存が難しく、もろみを搾る際に混入する不純物の除去にも手間がかかる。酒粕を肥料や飼料として再利用するには専門業者との連携が不可欠であり、酒蔵単独では管理が難しいのが現状だ。酒粕の再利用先となる畜産業や肥料製造のインフラが乏しい場合、地域内での循環が成立しにくいという課題もある。加えて、リサイクルにも費用が発生するため、廃棄コストを考えると二の足を踏む酒蔵も多い。廃棄された酒粕は、焼却によってCO₂排出の一因になり、埋め立てれば土壌や水質汚染のリスクも伴う。
また、奈良漬けや粕汁といった家庭料理に使われる機会も減っており、従来のように食品や飼料などに活用するには限界があるとの指摘もされてきた。そんな中、地元の豊かな自然資源と長年の発酵技術を活かし、津南醸造は地域発のサーキュラーエコノミー(循環経済)に向けた新しい提案を行う。「酒づくり」の枠を超え、アップサイクルによって新たな可能性を切り拓く取り組みを進めている。
最先端技術と融合する酒粕。3つのアップサイクルプロジェクト

津南醸造と株式会社MEMORY LABが共同で推進する本プロジェクトでは、生成AIを活用し、日本酒製造工程に関する技術領域を俯瞰的に調査。その結果として、次の3つの重点開発テーマが設定された。
第1のテーマ:半導体向け素材への転用
酒粕に含まれる有機成分を炭素材料へ変換し、導電性素材や環境配慮型半導体への応用を目指している。近年、クリーンなカーボン素材への関心が高まっており、再生可能資源としての酒粕の新たな可能性を切り拓くものといえる。現在は、大学との共同研究も視野に入れた取り組みが進められている。
第2のテーマ:日本酒由来ナノ粒子「SAKESOME」の応用研究
日本酒の醸造過程で生成される麹菌由来のコウジ酸やアミノ酸は、古くから美容や健康に効果があるとされてきた。これらの微細な有用成分をナノ粒子レベルで分離・抽出し、化粧品や健康食品、農業資材などへの応用を探る。また、酒粕成分にはエイジング抑制や脳機能の活性化への効果も示唆されており、今後は健康食品や医薬品分野での展開も有望視されている。
第3のテーマ:培養肉用原料としての実用研究
「大豆ミート」や「フェイクミート」などの代替肉が注目される中、持続可能なタンパク源の確保は、食料危機や環境問題への対応として急務となっている。本プロジェクトでは、酒粕を細胞培養工程に活用し、培養肉産業への応用可能性を探る。環境負荷の軽減や動物福祉への配慮といった観点からも、本研究は、健康と地球環境にやさしい新たな「食の循環モデル」として期待されている。
地域から始まる循環経済

酒粕を起点に「発酵文化と先端技術の融合」を目指す本プロジェクトは、地方発のサーキュラーエコノミーを体現する先進的な実践である。小規模醸造所ならではのフットワークの軽さと実行力を活かし、他分野との共同開発を通じて、新たな社会的価値を創出している。
近年、地方産業は、少子高齢化による後継者不足や労働力の減少、さらには市場構造の変化などの課題に直面している。こうした中、津南醸造が進める酒粕活用の取り組みは、地域資源を起点としたイノベーションの好例であり、米・大豆・味噌といった他の発酵素材への応用や、他地域・他産業への展開も期待できるだろう。
効率性だけを追求する工業的なものづくりではなく、地域の風土や暮らしに根ざした持続可能な産業を目指すことが、津南醸造の目指す在り方だ。サステナブルな社会を実現するためには、企業だけでなく、消費者や自治体も含めた広い視点での連携が不可欠だ。津南醸造では、地元の自然環境を大切にしながら、人・水・土を守る酒造りを通して、循環型社会の実現を目指している。今後も、研究機関や企業、自治体との連携をさらに深め、資源の高付加価値化を軸とした価値創出の進展に注目したい。
Edited by k.fukuda
参考サイト
津南醸造|津南醸造株式会社
津南町ってこんなとこ|津南町ホームページ
清酒の製造状況等について 令和5酒造年度分 |国税庁
津南醸造、日本酒アップサイクルプロジェクトを始動|PR TIMES
食品廃棄物等の発生抑制目標値の 策定に対する酒類製造業の意見等|環境省
令和5年度 食品産業リサイクル状況等調査委託事業 (食品関連事業者における食品廃棄物等の 可食部・不可食部の量の把握等調査) 報告書|農林水産省
酒粕の再利用状況を探る – 廃棄率/再利用率の統計や取り組み事例など、最新情報レポート|酒ストリート株式会社
循環経済ビジョン2020(概要)|経済産業省























ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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