
年齢や障がいの有無にかかわらず、誰もが快適に暮らせる社会。その実現には、「ユニバーサルデザイン」が不可欠である。ユニバーサルデザインを推進する事業者は多く、私たちにとって身近な鉄道も例外ではない。本記事では、さまざまな鉄道会社の事例を紹介しつつ、”やさしい社会”づくりの課題に迫る。
ユニバーサルデザインとは?

ユニバーサルデザインとは、すべての人が利用しやすい物や空間を作るためのデザイン、およびその考え方のこと。
しばしば「バリアフリー」と混同されがちだが、両者には明確な違いがある。バリアフリーは高齢者や障がい者など、特定の人々にとっての障壁(バリア)の除去を目指している。一方ユニバーサルデザインは、最初からバリアを発生させない、という考え方だ。年齢・性別・人種・障がいの有無にかかわらず、幅広い人々を対象にしているのも特徴である。
ユニバーサルデザインは、公共交通機関でも重要視されている。さまざまな人が利用する公共交通機関では、高齢者や障がい者だけでなく、ベビーカーを押す人や外国人などに対する、多角的な配慮と施策が求められる。
今回は、国内でも特に多くの利用客を有する首都圏にネットワークをもつJR東日本を中心に、インフラ基盤である鉄道にユニバーサルデザインを採用した事例とこれからの課題について紹介する。
JR東日本が進めるユニバーサルデザインの取り組み事例

電車内における取り組み
JR東日本では、ユニバーサルデザインにもとづいて、さまざまな施策をおこなっている。その一例が、車両内でのフリースペースの確保だ。フリースペースは、車いすやベビーカーを使っていたり、大きな荷物を持っていたりする乗客に配慮して設けられた、座席のない空間である。
JR東日本は、2020年以降に新造される通勤電車の車両において、フリースペースを各車両に1カ所ずつ設置。フリースペースの床の色は薄い赤にして、視覚的なわかりやすさにも配慮している。
また、新幹線においては、2021年から北陸新幹線E7系車両の一部車両にて、車いす用フリースペースを4席設けた。このうち2席は窓側に設けられており、乗客が車いすに乗ったまま車窓からの眺めを楽しめるようになっている。
駅構内における取り組み
続いて、電車の乗り降りで利用する駅へと視点を移してみよう。駅構内のユニバーサルデザインとして挙げられるのが、視覚障がい者や子どもを守るホームドアだ。
JR東日本は、ホームからの転落・接触事故の防止を目的として、積極的にホームドアを整備している。2023年度末時点で、山手線、京浜東北・根岸線を中心に、線区単位では117駅233番線で、ホームドアの整備を完了させている。2031年度末頃までには、東京圏在来線の主要路線、330駅758番線まで拡大させる予定だ。
また、ホームへと続く改札のなかにある、通路の広い改札もユニバーサルデザインの1つだ。通路の広い改札は、車いすや松葉杖を使う人、さらにベビーカーを押す人、大きな荷物を持つビジネスマンや旅行客が快適に通り抜けるのに一役買っている。
インターネットサービスにおける取り組み
ITを活用し、鉄道をより便利に利用してもらおうという取り組みも進んでいる。その好例が、「障害者割引」のデジタル化だ。
従来、障害者割引きっぷは、利用者が窓口を訪れて購入しなければならなかった。しかし、JR東日本のインターネット予約サービス「えきねっと」では、オンラインで障害者割引きっぷを購入できるサービスを2024年から開始。これにより利用者は、窓口に行かずにきっぷを買えるようになった。電話での問い合わせが難しい、あるいはWeb操作に不安を抱える人は、チャットによる問い合わせ対応や、サポートセンターオペレーターによる画面操作補助サービスも受けられる。
さまざまな鉄道会社で広がるユニバーサルデザイン

JR東日本以外の鉄道会社でも、ユニバーサルデザインにもとづく取り組みを見ることができる。
近畿日本鉄道
近畿日本鉄道(通称:近鉄)は、オストメイトの利用者(病気や事故などにより、お腹に排泄のための人工肛門・ 人工膀胱を造設した人)に対応したトイレを整備している。また、改札口付近には、 ビデオ通話サービスができる二次元コードを設置。係員が不在でも、利用者はスマートフォンからビデオ通話やテキストチャットで案内を聞くことができる。
名古屋鉄道
名古屋鉄道(通称:名鉄)は、2018年から案内表示の内容を拡充している。中部国際空港駅には、デジタルサイネージを用いた地図式行先表示器が、改札外の出札窓口上と各ホームに設置された。この表示器は、同駅から発車する列車の種別・行き先のほか、経路、停車駅、主要駅の到着時刻などを表示している。また、各ホームにはイメージカラーを導入。 1番線は青、2番線は緑、3番線は赤と色分けがなされたことで、利用者にとっての視認性が向上した。
都営地下鉄
東京都が運営している都営地下鉄は、外国人利用者の多い上野御徒町駅・新宿西口駅・新橋駅に、「ツーリストインフォメーションセンター(TIC)」を開設している。ここでは、駅周辺施設、交通・観光情報などを、多言語で案内することが可能だ。さらに新宿西口駅と新橋駅には、AIを搭載したロボットコンシェルジュを設置している。日本語・英語・中国語での案内ができるほか、案内内容を二次元コードで表示して、情報を持ち帰りやすくしているのも特徴だ。
インフラのユニバーサルデザインにおける課題点

ユニバーサルデザインの目的は、誰もが快適に過ごせる社会の実現だ。ただ、そこに至るまでには、多くの課題がある。
まず挙げられるのは、ユニバーサルデザインに対する認知度の低さだ。例えば、内閣府が実施している「バリアフリー・ユニバーサルデザインに関する意識調査」(2022年度)によると、「バリアフリー」という言葉を知っている人の割合は94.6%に達している一方、「ユニバーサルデザイン」を知っている人の割合は60.6%にとどまっている。(*1)
それに関連して、東京都町田市では、人々の心の中にある壁を取り払う「心のバリアフリー」という言葉の認知度が、30%台前半という調査結果も出ている。これらの調査結果から、ハード面でのバリアフリーと比べて、ソフト面でのバリアフリーやユニバーサルデザインという概念は、いまひとつ浸透していないと言えるだろう。
また、都市部と地方の格差も課題だ。財政難に苦しむ地方自治体では、公共施設のバリアフリー化・ユニバーサルデザイン化が進みにくい。そのほか、ノウハウがない、市民のニーズを把握できていないといった問題も横たわっている。
これらの課題解決に向け、まず行政側には、整備を進める事業者への重点的な支援や、利用者が運賃として広く費用を負担する「バリアフリー料金制度」の活用といった制度面からの後押しが期待される。
事業者側にも、前述の案内ロボットのようなテクノロジーを取り入れる、スタッフに「サービス介助士」の資格を取得してもらい対応力を高める、といった努力が求められるだろう。
そして、私たち一人ひとりの意識と行動も重要である。
まず意識の面としては、障がいというのは個人の心身機能の障害と社会的障壁の相互作用によって創り出されているものであり、社会的障壁を取り除くのは社会の責務である、という「障害の社会モデル」の考え方を知っておくことが重要だ。
そして行動面として、街中で困っている人に声をかける、点字ブロックの上に物を置かないといった配慮を心がけたい。バリアフリー・ユニバーサルデザインに配慮した施設や製品を積極的に選んで利用することも、事業者の取り組みに対する応援となるだろう。
このように、行政、事業者、そして私たち一人ひとりの意識・行動を相互に作用させることが、誰もが暮らしやすい社会の実現に繋がるのではないだろうか。
”やさしい社会”の実現に必要なこと

今回はインフラ、特に鉄道におけるユニバーサルデザインに注目した。車両におけるフリースペースの確保やホームドアの設置など、鉄道会社ではさまざまな施策が導入されている。
ただ、真に”やさしい社会”を実現するには、鉄道会社のような事業者だけでなく、行政、そして私たち一人ひとりの努力も不可欠だ。誰もが快適に過ごせる社会をどうやって作っていくか、 私たちは考え続ける必要があるだろう。
まずは私たちが日々利用している鉄道から、思いをめぐらせてみてはどうだろうか。
Edited by s.akiyoshi
参考サイト
令和4年度バリアフリー・ユニバーサルデザインに関する意識調査報告書 Q1~Q12 | 内閣府
JR東日本におけるバリアフリーへの 取り組み状況について | JR東日本
新幹線における車いす用フリースペースの導入について | JR東日本
2024 年度のホームドア整備駅の追加について | JR東日本
中部国際空港駅における案内表示の内容を拡充します | 名古屋鉄道
東京都交通局のロボットコンシェルジュ導入経過と今後 | 東京都交通局
2 現状と課題 | 町田市
鉄道バリアフリー施設整備の効果と 費用負担のあり方 | 運輸総合研究所
ユニバーサルデザイン化の推進について | 国土交通省
バリアフリー設備に関する整備を推進します | JR東日本
誰もが暮らしやすい社会を目指して~心のバリアフリーの理念を理解する~ 基本的な考え方 | 首相官邸
身の回りにあるユニバーサルデザインの具体例をご紹介 | TOPPAN BiZ
障害のある方・サポートが必要な方への新たなWebサービスについて~よりインクルーシブな社会を目指して~ | JR東日本のプレスリリース
駅バリアフリー施設ご利用案内 | 近畿日本鉄道























早瀬川 シュウ
フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
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