[特集]PATCH THE TOWN—自治体が紡ぐまちづくりの現場
少子高齢化対策、多様性やウェルビーイングの推進、経済の活性化、自然環境の保護...
より豊かな社会を築くために現代の私たちが求めることは多岐にわたる。社会には問題が山積みで、ひとつ解決されれば、また新たな問題が浮かび上がってくる。
だから私たちは、忘れてしまう。まちが少し豊かになったことを。
もしかしたら私たちは、小さな前進に目を向ける余裕すらないのかもしれない。
本特集では、「豊かなまちづくり」に向けた自治体の取り組みにフォーカスし、まちの豊かさの裏側を探る。まちを豊かにするために奮闘する自治体の方のはたらきを知ると同時に、少しずつでも私たちが暮らす世界がよくなっていることを実感できる機会となれば幸いだ。
2025年問題が到来—近年多くの自治体が、農家の後継者不足に頭を悩ませている。2020年農林業センサスによると、7割を超える経営体が「農業経営を引き継ぐ後継者を確保していない」と回答しており、経営主が70歳以上の経営体においても「後継者を確保している」経営体は3割にも満たない。部門別でみると、「5年以内に農業を引き継ぐ後継者を確保していない」経営体の割合が最も高いのは果樹農家で、74%にのぼる。
全国的にこうした状況に陥る中、埼玉県北部に位置する神川町では、梨農家の後継者不足に直面している。豊かな土壌を有する神川町は、かねてより梨の名産地として知られており、夏季シーズンに町内の国道や県道沿いに並ぶ直売所の風景は、神川の夏の風物詩にもなっている。明治初期頃に町内の四軒在家で始まった神川町の梨栽培は、平成3年に最盛期を迎え、栽培面積66.3ヘクタール、農家数は120戸にまで増加。だが、後継者不足により年々規模を縮小していき、令和3年度末時点では栽培面積19.3ヘクタール、出荷組合に入っている農家数は40戸で、最盛期の3分の1程度にまで減少した。
そうした中、神川町では役場経済観光課を中心に梨産業を次世代に引き継ぐための施策を打ち出している。まちのアイデンティティでもある梨を若い世代にも共有すると同時に、近年上昇する梨需要に応える体制を整えることも考慮した取り組みでもある。
地域おこし協力隊として、若い世代の呼び込み
その一つが、平成29年度から開始した「地域おこし協力隊制度」だ。この制度では、地域おこし協力隊員が3年間かけて梨の栽培技術を学び、その後梨農家として独立する。梨農家の後継者育成を目的とした「地域おこし協力隊制度」を利用して、これまで3名の方が独立に至った。

現在はご自身で梨農家を営む、元地域おこし協力隊の田口友理さんは、以前は山梨県で理学療法士として病院に勤務されていたという。
田口さん「神川町に来る以前は、山梨県で理学療法士として、患者さんのリハビリをサポートする仕事をしていました。地方ということもあり、安全に家に帰るためのお手伝いをしていたり、山梨県では桃やぶどうなど果樹農家の方が多く、リハビリ後に再び畑仕事がしたいという患者さんの話を聞いたりしていました。そうした中で、「地方の生活」と「農業」の関わりが密接にあることを感じており、福祉と農業を結び付けた農福連携の活動をしてみたいと思ったんです。その際に見つけたのが、神川町の地域おこし協力隊でした。私が調べていた中では、農業に特化した募集は他になかったので、『梨農家になりませんか』というフレーズが印象的でしたね」
神川町では女性がメインで梨農家をやっている例がこれまでなかったということもあり、周囲からは心配をされることも少なからずあったというが、家族が手伝いにきたり、友人たちは田口さんの挑戦を楽しみながら応援してくれているそうだ。
一方で、現役の地域おこし協力隊員として活動する塚越啓太さんは、これまで警察署員や消防署員の仕事をされており、梨農家への就農はこれまでとは大きく異なるフィールドへの挑戦だ。
塚越さん「私は本庄経済新聞で田口さんの記事を見たのがきっかけで応募しました。ちょうど、自分自身が本当にやりたい、続けたいと思えるものを探している時期だったということもありました。農家をやることに対しては結構覚悟はいりますが、やってみたいという気持ちが強かったです。母方が農家だということもあり、特に反対されることもなく、応援してもらえています」

田口さん「神川町の地域おこし協力隊は梨に特化しているので、地域おこし協力隊として活動する期間も梨農家の方と一緒に同じ作業をやるなど、ひたすら梨に携わります。3年間で独り立ちする必要があるのですが、梨の栽培は1年間通さないと仕事が終わらないので、3年間で3回しか経験できません。そのため、独立後も常にアップデートを繰り返しています。冬は寒く、夏は暑い中で作業するのは大変ですが、新しい土地で新しい人間関係を築きながら、新しいことを学べるのはすごく楽しいです」
塚越さん「梨栽培は大変なことも多いです。手をあげながら行う作業が多いので、腰が痛くなりますし、夏の消毒の際は防護服の中がサウナ状態になり、とても暑いと聞いています。ただやはり、おいしい梨を食べさせてもらうときは嬉しいです。こういう梨を自分で作ることができたら、さらに美味しさや愛情を感じるんだろうと思います」
町内の小学校では、梨の植え付けを体験
神川町内の丹荘小学校でも梨に関する取り組みを行っている。梨文化を継承していくことに加えて、地域のアイデンティティでもある梨について学ぶことで、ふるさとへの愛着を深めることも狙いとしてあるそうだ。

丹荘小学校・佐國校長先生「今年の1月に、梨農家や地域おこし協力隊の方々にご協力いただき、総合の授業内で1年生と5年生が梨の苗の植え付けを行いました。昨年までは5年生のみの取り組みでしたが、今年からは1年生も参加させてもらいました。1年生で植えた梨は、ちょうど6年生になったときに自分たちで食べることができます。5年生の児童たちは年間6回ほど梨農園を訪れ、花粉交配、摘果、収穫、そして最後は食べるところまで体験したり、梨農家の方にインタビューをしたりして、まとめを書くことで、梨産業や梨の栽培に関しての理解を深めています」
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佐國先生「夏休みなどには、子どもたちが農家さんのところに自主的に手伝いに行っています。農家さんたちも、子どもたちに梨を好きになってもらいたいという思いが強く、『子どもたちが手伝ってくれて助かってます』というお言葉をいただきます。子どもたちにとって、とてもいい体験になっているはずです。1年間農家さんの苦労もみて、『自分のまちでは、こんなにいいものを作っているんだ』と自慢したくなると思います。自分のふるさとへの愛着が育まれることはとても大切ですよね。給食にも梨を使用した『なっちゃんカレー』が献立にあり大人気ですが、今後は自分たちで育てた梨が給食で使用されると面白いですね」
「梨スクール」で、若手梨農家のコミュニティづくり
令和3年10月から開始した「神川町梨スクール」も、梨農家の後継者不足解消に寄与している。梨スクールには、若手の梨農家の方や後継者候補の方が通っており、月に1回、埼玉県の職員の方から梨の剪定作業や育成方法を習ったり、他の自治体への視察研修を行ったりしている。神川町に限らず、県内の他の自治体から参加する方もいるそうだ。

田口さん「梨スクールは20人のメンバーがいます。先月は群馬県の明和町に視察研修に行き、梨農家が集まり法人化した事例を伺いました」
梨スクールには継続して参加するメンバーも多く、情報共有や若手梨農家のコミュニティとしても機能している。
田口さん「最近は、梨スクールで顔見知りになった若手梨農家のつながりが広がっています。これまでは、ベテラン農家さんのところで指導していただいて、ベテラン農家さんとお話しすることがほとんどでした。なので、若手が増えてきたっていうのがすごく新鮮で、分からないことなどを同じ目線で話せるのがいいです。ベテラン農家さんには親身になって教えていただいていますが、年齢や経験値が離れているよりも、分からない同士で話すことで刺激にもなり、少し安心します。
また、エネルギーのある方が結構集まっていて、『こういうことをして、まちを盛り上げたいよね』『こういうことができたら神川町の梨を残していけるよね』という将来の話もしています。それぞれ、挑戦したいことや将来像をもっていて、それを共有できるのはやっぱり面白いです。このような仲間が集まっていることは、今後若い人を呼ぶにあたって一つの魅力かもしれないですね」

4、5年前までは廃業する人のほうが多かったが、地域おこし協力隊や梨スクールの取り組みをはじめてから、就農する人数が若干上回っているという。今後さらに後継者を増やしていくためには、どのようなアクションが有効なのだろうか。
塚越さん「神川の梨を広く発信していくことは大切だと思います。私は絵を書くのが好きなので、神川町の魅力を絵で残すことで、興味をもつ人が増えたら嬉しいです。梨は神川町の特産品なので、梨農家を減らすことなく、産地として保っていきたいですね」
田口さん「若手が増えてきたとはいえ、年齢的な意味で将来的に辞める方が圧倒的に多い。梨畑をこれ以上減らさないために、新しく梨を作る仲間が増えてほしいです。そのために、小学生に梨作りを教えるなどの取り組みも行う予定です。梨農家になるにあたっては、あまり難しく考えすぎないのがいいと思います。60年以上梨農家を営んでいるベテランの方でも、収穫は60回しか経験できません。なので、毎年積み重ねていくことが大切なのかなと思っています。私も、とにかくチャレンジしていきたいです。興味がある人は、ぜひ気軽に畑の様子を見に来てください」
今後は梨を使用した加工品の製造・販売も視野に入れているそうだ。神川町で育まれている温かく熱い梨のムーブメントにこれからも注目したい。
取材後記
「今年うまくいった方法で、来年もうまくいくとは限らない。」梨栽培は毎年アップデートする必要があるそうだ。正解がないものに取り組むことは勇気がいるが、その過程は尊いものでもある。そして、正解のない挑戦をする者の間には、まちの将来を語りあえるつながりが生まれている。
少子高齢化がますます加速する日本では、農家の後継者不足が社会問題ともなっている。肉体的な負荷がかかる農業は、「きつい」というイメージが連想されることも多いが、自然と対峙する過酷さや体力的な厳しさの裏には、都会では得がたい豊かなひと時も確かに存在するのだろう。
また、子どもたちが地域の産業や文化を深く知ることは、故郷への愛着を深めることにもつながる。そしてそれは、自らのアイデンティティを自覚することにもなる。地域の特産物を守っていく取り組みは、経済的な側面だけでなく、そこに住む人々の心の豊かさにもかかわることなのだ。少子高齢化の影響を強く受け、衰退の危機に瀕する地方産業だが、次世代に引き継がれる過渡期のいま、存在意義を「再定義」する営みが各地で行われていきそうだ。
参考記事
かみかわまちづくり通信|神川町
丹荘小学校
全国各地で農業経営継承の危機が深刻化―7割の経営体が後継者なし―|農林水産政策研究所
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