リジェネラティブ・ツーリズムとは
リジェネラティブ・ツーリズム(regenerative tourism)は再生型観光と訳され、観光事業を通して目的地をより良い状態にすることを目指すものである。
リジェネラティブ(regenerative)とは再生を意味し、地域の環境・文化・社会経済に関する本来の力を引き出し、回復を最優先に図ることを指す。また、ツーリズム(tourism)とは、単なる観光旅行にとどまらず、観光事業や旅行に関連する教育や学習、産業振興などの側面を含む広い意味をもった言葉だ。
似た意味の言葉に、サステナブルツーリズム(sustainable tourism:持続可能な観光)がある。こちらもまた、地域社会に配慮した観光スタイルを意味し、国内では既に普及しつつある。
リジェネラティブ・ツーリズムとの違いとして、サステナブルツーリズムは旅行先への負の影響を少なくすることを意味し、改善することまで考慮しないと説明される場合もある。しかし実際は、サステナブルツーリズムが観光地の改善を考慮しないわけではない。むしろ、リジェネラティブ・ツーリズムは、サステナブルツーリズムを実践した延長上にあると考えるのが自然だろう。
さらにリジェネラティブ・ツーリズムは、地域の自然環境・文化の保全、地域課題の解決、コミュニティの発展などに旅行者を積極的に巻き込んでいく点が特徴的である。
リジェネラティブ・ツーリズムが生まれた背景

リジェネラティブ・ツーリズムが生まれた背景の一つに、国内外で問題となっているオーバーツーリズムがある。
2024年6月の訪日外国人旅行者数は、単月として過去最高となる約314万人を記録し、2023年10月から連続でコロナ前の単月での水準を回復した。観光需要の急速な回復は、多くの観光地に活気と経済効果をもたらす一方で、オーバーツーリズムの弊害も顕在化している。
オーバーツーリズムとは、訪問客の著しい増加によって、観光地の市民生活や自然環境・ 景観などに対する負の影響が許容できない程度にもたらされる状況である。具体例としては、以下が挙げられる。
【環境への影響】
ごみ問題、し尿処理問題、植生破壊、水質・空気の汚染、景観の悪化、深刻な騒音など
【経済への影響】
観光業への過度な経済依存、インフレ発生など
【社会への影響】
交通渋滞の発生、公共交通の過剰な混雑、居住地区の観光施設・宿泊施設化、文化的価値や伝統の弱体化、私有地への無断侵入の発生など
観光客と地域住民双方に利益をもたらす持続可能な観光を実現するため、地域資源の本来の価値を観光の力で引き出し、回復させるリジェネラティブ・ツーリズムが求められている。
日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)
国内では、国際基準に準拠した「日本版持続可能な観光ガイドライン(Japan Sustainable Tourism Standard for Destinations)」が観光庁により開発された。
このガイドラインは、グローバル・サステナブル・ツーリズム協議会が開発した国際基準である観光指標(GSTC-D)を基にしている。GSTC-Dは、国連世界観光機関のもとで開発された世界で唯一の指標であり、持続可能な観光の国際基準である。
GSTC-Dは、4つの分野ごとに合計38の大項目と174の小項目が設定されている。4分野とは次のとおりである。
【持続可能なマネジメント】
- 現行のデスティネーション戦略・取組を公表している
- リスクや危機管理について、地域内で情報を共有し、訓練を実施している
【社会経済のサステナビリティ】
- 経済データの収集についての取組を行っている
- 地域の観光事業者による農産物等の地域特産物の購入やサービスの利用を推奨する取組がある
【文化的サステナビリティ】
- 文化資産の修復や保全の取組がある
- 文化的な場所やその周辺で、観光による負荷に関する取組がある
【環境のサステナビリティ】
- 自然的な場所における来訪者管理について、ツアーオペレーターやガイドに向けた行動基準等がある
- エネルギー消費量の目標を公表し、促進している など
日本版持続可能な観光ガイドラインは、持続可能な観光地域づくりを目指した観光計画策定などにおいて、地域の実情に合わせて活用できる内容となっている。
リジェネラティブ・ツーリズムの国内事例

国内でリジェネラティブ・ツーリズムを掲げている事例は未だ少なく、実際にはサステナブルツーリズムのもとで再生型観光を盛り込んだ事業が各地に存在すると考えられる。
観光客数や消費額も重要だが、オーバーツーリズムの弊害や地域文化の衰退、気候変動や環境問題などを解決する新しい観光スタイルが求められている。
そのような状況で、持続可能な観光の力を利用して、コミュニティの可能性を最大限に引き出し、よりよい社会を作ろうとする動きが全国で始まっている。ここでは、リジェネラティブ・ツーリズムを意識した国内事例をいくつかご紹介する。
長野県生坂村「旅するいきもの大学校!」
長野県生坂村では、いくさか創造の森において、「ネイチャーポジティブと何度も訪れたくなるふるさとづくり」をテーマとしたリジェネラティブ・ツーリズムが始まった。
人口約1,600人の生坂村は長野県中央部に位置し、犀川の清流や渓谷美が織りなす山清路、雄大な大城・京ヶ倉など、水辺と里山が調和する風光明媚な景観を有する。豊かな自然を維持・再生するためにリジェネラティブ・ツーリズムを掲げ、地域内外の参加者が積極的な活動を通じて交流を深めるプログラムが提供されている。
約半年間で実施する全6回のプログラムは幅広い年齢層を対象とし、調査・アクションプランの検討と実践・報告という一連の流れとなっている。生坂村をホームタウンとするJリーグチームからもガイド候補生が参加予定である。プログラムの参加者は、生坂村観光コンシェルジュにより宿泊先や現地体験の紹介も受けられ、プログラム終了後に「生坂村公式自然研究員」に認定される。
リジェネラティブ・ツーリズムを通じて、豊かな自然と里山文化などの地域資源に価値を見出し、地域活性化や生物多様性の保護などにつなげる試みとなっている。
富山県散居村「楽土庵(らくどあん)」
富山県西部となみ平野の散居村に、リジェネラティブをテーマに宿泊施設「楽土庵 (らくどあん)」が開業した。
自然と共生しながら受け継がれてきた散居村の景観や伝統的な手仕事、文化などの資源は、ライフスタイルや経済システムの変化に伴い、保全・継承が困難な状況に直面している。地域の貴重な資源である屋敷林や古民家、水田などを観光に活用し、リジェネラティブ・ツーリズムを通して散居村に受け継がれてきた暮らしを再生することを目指す。
古民家を宿泊施設に改造した楽土庵では、宿泊代の2%を散居村の保全に還元している。食事には地域の豊かな素材を活用し地産地消を進め、食器類は地元工芸作家のオリジナル作品を使用し、特産品・工芸品の販売も行っている。
また、散居村 の美しい景観を楽しむウォークツアー、地域の伝統文化や精神風土を体感する和太鼓体験やしめ縄づくり、農業体験などのコンテンツが開発された。観光客の要望に応じて、パラグライダー飛行や石仏巡りツアー、伝統産業・工芸作家の工房訪問、寺院での仏教講座なども提供されている。
さらにナショナルトラスト運動も視野に、世界中から地域再生に参加できる仕組みの構築を目指し、DXを活用した散居村保存コミュニティを立ち上げている。
沖縄県やんばる「AKISAMIYO(アキサミヨ)」
世界自然遺産「やんばる国立公園」における、希少種保護のため自然環境モニタリング調査が観光コンテンツとして提供されている。「アキサミヨー」は驚いた時に思わず口に出る沖縄の方言で、ツアーを通してやんばるの魅力や課題を驚きとともに体験して欲しいという願いがこめられている。
やんばる国立公園は、世界屈指の生物多様性を有し多くの希少種・固有種が生息するとともに、自然と共存する暮らしや文化の価値が認められ2021年に世界自然遺産に登録された。
しかし、少子高齢化による伝統行事や農林漁業等の担い手不足が課題となるなか、保全活動としての林道パトロールを持続可能な形で自走させていく体制づくりが必要とされていた。
AKISAMIYOのツアーでは、夜間にやんばるの森を専属ガイドの案内で散策し、専用GPS機器を使ってモニタリング調査を行う。調査対象は、希少野生動植物のほか、外来生物・野犬・野猫・違法トラップ・ゴミの不法投棄・希少種のロードキルなどである。
調査によって記録されたGPSデータなどは蓄積され、保全活動にて活用される。また参加者の環境保全協力金は、外来種対策や密猟対策といったやんばるの森を保全するための活動資金として活用される。
まとめ
リジェネラティブ・ツーリズムはサステナブル・ツーリズムに比べ、国内では未だ浸透していない概念である。
今後、旅行客の力を地域社会の課題解決に活用しようとする動きが広がれば、サステナブルよりもさらに踏み込んだリジェネラティブを掲げる取り組みが増加していくと考えられる。
少子高齢化や消費低迷により経済が停滞する日本にとって、観光事業は必要不可欠であり、政府も観光立国推進基本計画を策定するなどして強く後押ししている。リジェネラティブ・ツーリズムが、ビジネスチャンスにつながる可能性もあるだろう。
リジェネラティブ・ツーリズムを通じて国内の自然環境や文化を保全し、地域の発展と持続可能性を支えることで、旅行客とコミュニティ双方が利益を享受できる形が理想的である。今後の動向に注目していきたい。
参考記事
日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)|国土交通省観光庁
Criteria, Standards, Certifications|Global Sustainable Tourism Council (GSTC)
観光の現状について|国土交通省
旅するいきもの大学校!
サステナブルな観光コンテンツの 実践に向けた事例集|国土交通省観光庁
楽土庵
保全体験型ナイトツアー AKISAMIYO
Related Posts
まだ表示できる投稿がありません。















