ワーキングプアとは
ワーキングプアとは、フルタイムもしくはそれに近い時間働いているのにもかかわらず、貧困状態にある人のこと。日本語では「働く貧困層」とも呼ばれる。1990年代のアメリカで生まれた言葉で、低所得者人口の増加によって注目されている。
日本では、バブル崩壊後に賃金水準の低い非正規労働者が急激に増えたことから一部で使われていたが、世間一般には近年浸透した言葉だ。景気が多少回復傾向にある局面においても、ワーキングプアが一定数存在し続けていることが社会問題となっている。非正規労働者が多くを占めるが、正規雇用のケースでも業種によってワーキングプアを生み出しているケースもある。
ワーキングプアとなる収入の目安
ワーキングプアには正式な基準はなく、世界各国でも定義がさまざまになっている。例えば、EUでは週15時間以上の労働者で各国中位所得の60%の所得水準未満がワーキングプア・ボーダーラインだ。またアメリカでは担当する部署で異なり、センサス局では年間1750時間以上の労働で、連邦が定めた貧困ライン以下の者がワーキングプアに該当するとしている。
日本では、厚生労働省が公表した「非正規労働者データ」において、年収192万円未満の者は、ワーキングプアに含まれるとしている。ただし、統計上は年収200万円未満とすることが多い。月収に換算すると、16〜17万円以下(ボーナスなし)の人が該当するとされ、フリーターなどの他、低所得と言われる一部の職種も含まれると考えられる。研究者によっては、これとは異なるワーキングプアのボーダーラインを設定している場合もある。
ワーキングプアの日本の現状
日本におけるワーキングプアの現状について、国税庁が公表している「令和4年分民間給与実態統計調査」から「100万円以下」「100万円超200万円以下」の割合を以下の表にまとめた。
| 100万円以下の割合(a) | 100万円超200万円以下の割合(b) | 200万円以下の割合(a+b) | |
| 2018年 | 8.3% | 13.7% | 22.0% |
| 2019年 | 8.7% | 14.0% | 22.7% |
| 2020年 | 8.7% | 13.6% | 22.3% |
| 2021年 | 8.3% | 13.2% | 21.5% |
| 2022年 | 7.8% | 12.7% | 20.5% |
表を見て分かる通り、全体の20%強が年収200万円以下に属している。人数で言うと、2022年の場合、100万円以下が398.5万人、100万円超200万円以下が643.3万人で、年収200万円以下は1041.8万人だ。ただし、配偶者や家族の扶養内で働いているといった人も含まれているため、統計上のすべての人がワーキングプアに区分されるわけではない。
人数では、年収200万円以下の男性が280万人、女性が761.8万人となっており、女性は男性の2.7倍となっている。単純に女性の方が賃金が低いというのではなく、女性の方が非正規雇用が多い、出産や育児などで労働時間が少ないといったことも背景にあると考えられる。
ワーキングプアの原因
ワーキングプアの代表的な原因として、以下4つについて紹介する。
家族構成の変化
ワーキングプアが増えている要因の一つに、ひとり親の増加など家族構成の変化が挙げられる。核家族化が進み家族の構成人数が減る中で、一人で育児を行わなければならず、フルタイムで働けない、自宅から遠い場所へは通えないなどの制限があることで低所得になることが多い。
また高齢者化社会の中、家族の介護に時間が取られることなどの理由からフルタイムでの仕事ができずに、満足のいく収入が得られないといった例もある。
働き方の多様化
働き方の多様化もワーキングプアが増えている要因の一つだ。かつては正社員で働くのが一般的だったが、フリーターやフリーランス、起業、派遣社員などの働き方を選ぶ人も増えている。
厚生労働省の「令和2年版厚生労働白書」によると、上記のような正社員以外の働き方をする非正規雇用労働者の割合は以下のようになっている。
| 1989年 | 2019年 | |
| 男性 | 8.7% | 22.9% |
| 女性 | 36.0% | 56.0% |
| 総数 | 19.1% | 38.3% |
「令和2年版厚生労働白書」を参照にしたデータ
総数を見てみると、2019年の38.3%は1989年の19.1%のほぼ2倍だ。また女性の労働者は、2019年時点で半数以上が非正規雇用ということもわかる。このように、働き方の多様化が進み、非正規労働者が増えていることで、ワーキングプア率も高くなっていると想定できる。
企業の体制
企業の体制にもワーキングプアを生み出す要因がある。バブル崩壊後からは、コストカットを目的として人件費の削減を積極的に行っている企業もある。リストラを積極的に進めたり、人材採用を抑制したり、非正規雇用を増やすことで人件費を削減し、財務状況を改善しようと試みるのだ。
リモートワークや在宅勤務などを導入する企業も増えているが、高齢者や主婦層、ひとり親といった労働力の受け入れ体制を積極的に整備している企業の数も十分とは言えない。
社会構造
社会的な構造がワーキングプアを生み出していることもある。例えば、保育所や介護施設などの運営費用は国からの補助金や保護者からの保育料、入居者からの入居費用などでまかなわれ、利益が生まれにくい構造になっている。そのため、そこに従事する介護職や保育士などは低所得の代表と言われる。
また、大学や高校の非常勤講師、大学院の非正規研究員、独立開業後に仕事がない弁護士や司法書士、医師などは高学歴ワーキングプアとも呼ばれる。高学歴ゆえに自身や周囲の基準を満たす就職先が少ない、転職先が見つからないといったケースや、大学の研究員のポストが以前よりも減少していることなどが、高学歴ワーキングプアを生み出している原因と考えられる。
ワーキングプアの問題点
ワーキングプアを考える前に、まず貧困には連鎖性があるということを紹介したい。貧困家庭の子どもは教育を受ける機会が相対的に少なく、高収入を望める仕事に就くことが難しくなる。そして、その子どもが大人になって家庭を持つと、彼ら自身の子どもの教育機会も少なくなりやすく、再度低所得者の大人を生み出してしまう。こうして貧困は連鎖することになるのだ。
ワーキングプアが増加するということは、働いても望んだ収入が得られない人たちが増加するということ。つまり貧困の連鎖を生み出すことにつながる。
使えるお金が少ない低所得者は、生活用品や食費、交際費などを抑制し、積極的な消費も控えるのが一般的だ。つまり、低所得者層が増えることで社会全体として消費行動が抑えられ、最終的には経済の縮小、国の税収の減少、国力の低下にまで結びついてしまう可能性もある。
また、将来の貯蓄や子どもの教育費などを蓄えることが難しい低所得者層は、積極的に結婚をしない、結婚したとしても子どもを産まない選択をする可能性もある。つまり、少子化をより一層進めることにもつながる。
ワーキングプアに対する国の支援や制度
ワーキングプアを抜け出すためには、まず所得水準を上げることが必須となる。そのため、政府はさまざまな支援事業を行っている。代表的な支援策についてそれぞれ紹介する。
就労の支援
厚生労働省では、離職者や自営業を廃業した方などの再就職を支援するために「求職者支援制度」を設けている。ハローワークに求職の申し込みをしている者の中で、本人の収入が月8万円以下、世帯全体の収入が30万円以下などの要件に該当する場合、月10万円の給付金を受け取りながら、無料の職業訓練を受講し、ハローワークの就職サポートも受けられる仕組みになっている。
なお、パートタイムなどで働いている方の受講も可能。給付金を受けずに訓練を受講することもでき、その場合は要件が緩和される。
子育て世代への教育支援
こども家庭庁では、子どもの貧困対策として「こどもの生活・学習支援事業」などの事業を行っている。
低所得子育て世帯やひとり親家庭などを対象に、児童館や公民館などで悩み相談を行いつつ、生活習慣の習得支援や学習支援などを行っている。
情報交換の場も積極的に設け、生活環境を整えるための支援も実施。例えば「家計管理・生活支援講習会」では、家計管理や養育費の取得手続きなどに関して個別の相談も受け付けている。
ひとり親世帯向けの公的支援制度
経済的に厳しい状況に陥りやすいシングルマザーをはじめとするひとり親世帯には、専用の支援制度が用意されている。代表的なのは「自立支援教育訓練給付金」と「高等職業訓練促進給付金等事業」の2つだ。
自立支援教育訓練給付金は、20歳に満たない子どもを扶養しているひとり親に対して行っている支援。対象の教育訓練を受講し、修了した場合にその経費の60%が支給される。
もう一つの高等職業訓練促進給付金等事業は、ひとり親の母または父が看護師や介護福祉士などの資格取得のために6カ月以上の就業が必要な場合に給付金を支給する制度だ。支給額は月額70,500円(市町村民税非課税世帯は100,000円)となっており、4年を上限に修業期間の全期間支給される。
国税の猶予制度
所得税などの国税には、税務署に申告することで納税が1年間猶予される制度がある。納税すると生活の維持が困難になったり、事業の継続が難しくなるといった場合、「換価の猶予申請書」または「納税の猶予申請書」の提出によって猶予が認められる場合がある。
猶予が認められると延滞税の一部または全部が免除され、さらに財産の差し押さえや売却も猶予されることになる。
病気療養などで数カ月間の入院が必要で、その間退職したなどの事情があれば、納税を一時的に遅らせ、その間に就業支援などを受けて再就職先を探すといったこともできる。
ワーキングプアに対する企業の対策
ワーキングプアは社会問題となっていることから、企業が担う社会的責任やSDGsの観点からも課題解決に向けた取り組みが求められている。企業として行うべき代表的なワーキングプア対策について解説する。
正規雇用労働者を増やす
企業が非正規雇用の積極採用を進めることがワーキングプアの要因の一つとなっている。企業にとって、「柔軟な雇用形態を維持できる」「人件費を抑えられる」「スポットで優秀な人材を獲得できる」といったメリットのある非正規雇用だが、人材が流出しやすく事業の土台が構築されにくいなど企業側にもデメリットがある。つまり、正規雇用を推進することでワーキングプア対策としてだけではなく、自社の成長・発展を目指す上でも、正規雇用労働者を増やすことは利点になると考えられる。
なお、厚生労働省では非正規労働者の正社員化、処遇改善の取り組みを実施した事業主に対して補助金を助成する「キャリアアップ助成金」を設けている。こうした制度を活用することで、企業の負担を減らすこともできる。
給与水準を上げる
非正規労働者を正社員化するのが難しい場合、非正規労働者の給与水準を上げることでもワーキングプア対策となる。
また、事業の成長性にとって好循環が生まれる契機になるとも考えられる。給与水準が上がると、非正規労働者のモチベーションアップにつながり、生産性の向上、さらには企業への貢献意欲も高められるからだ。
法に則った適切な労働環境を構築する
企業として適切な労働環境を整備することも、ワーキングプア対策の一環になる。例えば、労働基準法で義務付けられている同一労働同一賃金を導入することも有効だ。
また同法では、非正規雇用でも契約期間が6カ月以上になると有給休暇を付与することや、1日8時間・週40時間の法定労働時間を超えると、時間外労働の上限時間を決め、さらに割増賃金も支払うことも義務付けられている。このような基準に則り、適切な労働環境を構築することも、ワーキングプアを生み出さないためには重要だ。
ワーキングプア問題のために私たちができること
ワーキングプアは個人の問題ではなく、社会構造が生み出す社会全体の問題と認識することが重要だ。
保育士や介護職など特定の職種においてワーキングプア層が発生しやすいことからも、この問題が個人的なものではなく、社会的な構造を起因としているということを理解できる。ここ数年「やりがい搾取」という言葉も注目されており、仕事にやりがいがあることを理由に、長時間勤務や低賃金による勤務を強いることが、保育士や介護職などの間で常態化しているという指摘もある。これらの職種は低所得の代表のように言われるが、自己犠牲の上に成り立っているケースもあり、やりがい搾取になりやすい職種の代表でもあるのだ。
貧困や生活苦は個人の努力不足や怠惰だとみなされる傾向にあり、周りから手が差し伸べられないケースが多いが、社会的な歪みが元凶であることを忘れてはいけない。私たちひとり一人が、こうした問題の根源を理解することが、問題の改善に向けた第一歩となるだろう。
また世界に目を向けると、強制労働や児童労働などが蔓延している地域もあり、このような環境で作られた製品は私たちの身の回りにも多い。そのため、労働力の搾取がない正しい社会構造の上で生産・製造・取引されているフェアトレード商品を積極的に購入することも、健全な労働を推進するためには重要だ。
まとめ
ワーキングプアに苦しむ人は、周囲からは気付くことが難しく、顕在化しづらい問題だ。また、本人も収入の低さが社会的な問題だと認識しておらず、自身の問題だと思い込んでしまいやすいことから、公的機関に相談や支援を求めるといったアクションを取らないまま困難を放置してしまうことが多い。
日本においては、保育士や介護士といった福祉サービス業に従事する人たちがワーキングプアに陥りやすい職種とされている。これらの人々は、私たちの生活や仕事を陰で支えてくれる重要な役割を担っているにも関わらず、給与や待遇面で過酷な状況に追いやられてしまっているのだ。これでは、保育士や介護士になりたいという人が減少していくだろう。
すべての働く人たちが安心して暮らせる社会を築くためには、まずはワーキングプアを引き起こしている社会的な歪みに目を向ける必要があるのではないか。
【参考記事】
国税庁が公表している「令和4年分民間給与実態統計調査」
厚生労働省「求職者支援制度」
厚生労働省の「令和2年版厚生労働白書」
子ども家庭庁「母子家庭自立支援給付金及び父子家庭自立支援給付金事業について」
国税庁「国税を納期限までに納付することが困難な方」
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