行動経済学(ナッジ)とは? 消費行動を後押しする心理的アプローチの光と影

行動経済学(ナッジ)とは

行動経済学(behavioral economics)とは、人間の実際の意思決定行動を重視し、合理性を前提としない経済モデルを構築する学問領域を指す。伝統的経済学は人間は常に合理的に行動すると想定しているが、私たちが実際に行っているさまざまな選択は、感情や習慣、インスピレーションなどの非合理的な要素が影響している。行動経済学はこうした人間の非合理性に着目し、意思決定メカニズムを実証的に解明しようとするものだ。

その中核を成すのが「ナッジ(nudge)理論」である。ナッジとは、英語で「軽くつつく、行動をそっと後押しする」を意味する。行動経済学においては、選択を強制せず、自由な意思決定を尊重しつつ、その結果をより良い方向に導くためにナッジの考え方が活用される。

このように、行動経済学は心理学と経済学が融合した新しい領域と言える。よく似た学問である「行動心理学」とは焦点を当てる対象が異なっており、行動心理学は一般的な人間の行動原理を探求しているのに対し、行動経済学は経済活動における意思決定に特化している。

行動経済学(ナッジ)の活用が期待される理由

行動経済学およびナッジ理論は、企業のマーケティングから公共政策、さらには健康や環境問題への対策に至るまで、幅広い領域で活用されている。より良い選択を促すことで、個人レベルだけでなく社会全体の問題を解決することを期待できるからだ。

たとえば公共政策の立案においては、ナッジの活用により医療機関の受診率を向上させる取り組みが実施されている。これにより、人々の健康寿命を伸ばし、医療費による行政コストを抑えるねらいだ。その他、たばこ対策やワクチン接種の促進などにおいても、ナッジの活用により、個人の健康増進とコスト削減の両立が図れると期待されている。

コンビニなど日常生活から見る行動経済学(ナッジ)

コンビニと行動経済学

行動経済学の考え方は、私たちの日常生活の中に多く存在している。

たとえばコンビニにおいては、店頭やレジ周りにサラダや野菜スティックなどのヘルシー商品を陳列する、お酒の販売時間を一定時間で打ち切ることで節度あるアルコール摂取を促すなど、顧客にとってより健康的な選択を後押しする工夫がある。また、買い物客の動線を意識してレジ横に高利益の加工食品や飲料を置くなど、店側の利益を上げる対策も施されている。

飲食店においても、ナッジを利用した食品ロス削減が取り組まれている。外食産業、いわゆる飲食店から発生する食品ロスのうち、その半分以上は「食べ残し」との調査結果がある。これを受け、横浜市では令和3年に「飲食店の食品ロス削減に向けた実証実験」を市内の飲食店と協力して実施。行動経済学の考え方を活用して「適量注文(頼みすぎない)」「食べきり(食べ残さない)」といった行動を促し、飲食店における食べ残しが削減できるか、実証実験を行った。ライスの食べ残しが多いという現況調査結果がでている店舗においては、ライスのサイズ選択に際し実際の量の写真を掲載したり「おにぎり1.5個分」など大まかな目安がわかるように工夫したりした結果、見事に改善が見られた。また、完食した子どもにはお菓子のつかみどりができるようにインセンティブを与えるという取り組みも効果があったようだ。

このようなナッジの活用事例は、私たちが気付かないうちに日常生活の中に多く潜んでいる。

行動経済学(ナッジ)の長所と短所

行動経済学は社会においてさまざまな場面で活用されているが、ナッジ理論には長所と短所の両面があることも知っておくべきだ。

ナッジ最大の長所は「人々の選択の自由が守られる」点である。ナッジは選択を強制するのではなく、あくまでも「導く」に過ぎない。このため、強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益になるようにと、本人の意志に反して行動に介入・干渉するパターナリズム(家父長主義)に陥らず、個人の自由意思を尊重しつつ望ましい行動を促せる。

対して、ナッジには操作的な側面が存在するという短所もある。人々の認知バイアス(判断のゆがみ)に働きかけることで、本来の意図から外れた選択をさせ、損失を与える恐れがあるのだ。これは、日常の多くの場面ではそれほど重大な問題とならないが、それが高額な商品や、健康を害する恐れがある場合、また中毒性があるものだとすれば、個人の生活や健康に継続的に悪影響を及ぼす危険がある。

企業がナッジをあまりに利己的に活用すれば、消費者の利益が損なわれかねないため、ナッジをいかに適切に活用するかが問われている。

消費者として注意すべき行動経済学(ナッジ)の認知バイアス

日常生活の中で私たちは消費者としてナッジの影響を受ける機会が多い。だからこそナッジの影響を自覚し、自分を守る意思決定をする必要がある。

ナッジは、人間が持つさまざまな認知バイアスを巧みに利用している。たとえば、損失回避の傾向を持つ「損失回避バイアス」を活用し、「通常価格から◯%OFF」と値引き表示をすることで「今買わなきゃ損する」と購買意欲を刺激する。ナッジによって消費者が受けうる不利益には以下の例が挙げられる。

  • 商品の陳列方法や割引表示により、本来は必要ない商品を買ってしまう
  • メニューやサービスの価格設定の仕方で、消費者に高額な選択をさせられてしまう
  • 個人の購買履歴などのデータを収集・分析されてナッジされることで、プライバシーが侵害される
  • ゲームアプリの課金などで、中毒性の高い有料サービスを選択するように誘導される

ナッジは便利な一方で、このように消費者の合理的選択を阻害したり、不当な影響を与えたりするマイナス面もある点も知っておかなければならない。重要なのは、自身がナッジの影響を受けていることを認識し、バイアスに気づくことだ。落ち着いて複数の選択肢を比較検討し、自分の本当の欲求に基づいて賢明な判断を下すことが求められる。

消費者である私たちも行動経済学の知識を身につけ、日常生活で利用されているナッジに気づいて意図を理解し、節約や健康的な商品など、自分にとって利益となる選択を後押しするナッジを活用できることが望ましい。

行動経済学(ナッジ)の展望と課題

行動経済学の活用

今後ナッジを有効に活用するためには、行動データの収集と高度な行動インサイトの獲得にあると考えられている。

「行動インサイト」とは、行動経済学の技法の一つで、行動科学や社会科学などの実証的な研究結果をもとに人がどのような選択を行うかについて洞察することだ。人々の意思決定履歴や行動パターンなどのビッグデータを分析することで、より精緻なナッジの仕組みが生み出せることが期待されている。特に、人工知能(AI)やマシンラーニングの技術を活用することで、膨大なデータから人間の行動原理をより正確に読み解けるようになるだろう。そこから導き出されたアルゴリズムによる高度なナッジの自動実行システムの構築が叶えば、スーパーのレイアウトを自動で最適化し、一人ひとりの購買行動を良い方向に導くといった活用も可能になる。

伝統的な経済モデルとの融合も重要な課題だ。合理的な意思決定を前提とした経済理論と、非合理性に着目するナッジ理論とを上手く組み合わせることで、より現実に即した政策立案や企業活動が実現できると期待されている。

しかし、多くの可能性が秘められている一方で、AI活用に伴うプライバシーの問題や、企業などによる利己的なナッジ活用への対策など、倫理的な課題も生じてくる。ナッジの発展と並行して、それらの課題にも目を向けていく必要があるだろう。

まとめ|適切なナッジの活用とさらなる発展を期待

行動経済学(ナッジ)は、人間の実際の意思決定行動に着目した新しいアプローチであり、すでに私たちの生活の中に幅広く浸透しつつある。マーケティング、公共政策、健康、環境など、さまざまな分野で社会のため有効に活用できる可能性に期待する一方で、選択の自由やプライバシーの侵害の恐れなど倫理的課題にも目を向ける必要がある。

今後は人工知能やビッグデータの活用により、ナッジ理論はさらに発展し、影響力は強まっていくことだろう。個人の自由意思を尊重しつつ、社会にとって望ましい方向へと人々を導いていく適切なナッジの在り方が問われている。

私たちも消費者として行動経済学の知識を身につけることが重要だ。認知バイアスに気づき、意図を知ることで身を守り、能動的なナッジの活用によって、自身にとってより良い選択をしていきたい。

【参考記事】
行動経済学の光と影 期待過剰は信頼失墜もたらす|独立行政法人経済産業研究所
人はなぜ、限定商品や行列に弱い?非合理的な消費行動を「行動経済学」で解き明かす

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