修理する権利(Right to repair)とは?先行する欧州やアメリカの対応と合わせて、日本の動きも紹介

修理する権利とは

修理する権利(Right to repair)とは、ユーザーや消費者があらゆる製品を自身で修理することができる権利のことを指す。パソコンやスマホなどの電子機器、自動車、技術機器など高度な製品であっても、メーカ―の枠にとらわれずにユーザー自身で修理するということに焦点を当てる。

そのため、企業は修理が容易にできるような構造・設計を製品にデザインし、ユーザーと修理業者などが、製品の部品を市場で簡単に入手できるようにすることが重要とされる。これは物理的な構造だけでなく、プログラミングなどによって修理を妨げるような製品設計を避けることも含まれる。

修理する権利の大きな目的は、買い替えではなく「修理」し続けることによって、電子廃棄物の削減を目指すことにある。電子廃棄物に含まれるレアメタルなどの資源の多くは、活用されずに埋め立て地で生涯を終えてしまっている。また、電子機器を焼却する際に発生する極めて有害な物質が、環境汚染や人間を始めとした生物達への脅威となっているのである。

注目される背景

従来の消費スタイルでは、「Take-Make-Use-Waste(取る‐作る‐使う‐捨てる)」という流れの中で、資源が直線的に消費されており、膨大な量の電子廃棄物を生み出していた。「The Global E-waste Monitor」の発表によると、2019年に世界では5360万トンの電子廃棄物を記録。このうち、リサイクル可能な資源金属の量は570億米ドル(日本円で約8兆円)であった。

この結果、電子廃棄物による環境、人体、そして社会への影響が深刻化している。焼却に発生するダイオキシンを原因とする大気汚染や金属資源から流出する水銀・鉛・カドミウムなどの重金属類が土壌汚染を引き起こすだけでなく、先進国で排出される大量の電子廃棄物を途上国へ脱法的に輸出する例も後を絶たない。

そこで電子ゴミ対策として、「修理すること」が注目されるようになった。これまでは、製品が壊れた際に消費者自身で修理をすることが難しく、製品寿命が残っていたとしても買い替えを余儀なくされていた。電子機器の修理が容易ではない原因として、電子機器の構造の複雑化や製品の修理に関する透明性の欠如などがあげられる。これは、新しい製品を購入してもらいたいという企業側の思惑や、自社の技術保護を優先することなどが背景にある。

このような状況に対して、欧米の市民や消費者団体を中心に「修理する権利」を求める動きが活発になった。電子機器の修理をすることで、製品寿命を延ばし、電子ゴミの発生量を抑えようという目論見だ。

「修理する権利」の欧米での広がり

修理する権利が、欧米諸国でどのような広がりを見せているのか紹介する。

ヨーロッパの動き

サーキュラーエコノミーの推進に力を入れている欧州では、「修理する権利」に関する法整備も積極的に行っている。

2020年3月に採択された「循環型経済行動計画」には、消費者の「修理する権利」を強化することを盛り込んだ。製品の耐久性や修理する際に必要となる情報の開示を行うことで、「修理する権利」の普及を推し進め、製品の長寿化を目指している。

上記計画の発表を受けて、加盟各国も個別の政策への落とし込みを始めた。例えば、フランスでは、2021年1月から洗濯機やテレビなどの家電製品に「修理可能指数」を表示することを義務化し、製品を長期的に使用できる体制を整えている。また、オランダ発祥のリペアカフェも欧州内で広がりを見せており、電子デバイスをはじめとするあらゆる製品の修理が身近な存在になりつつある。

アメリカの動き

2013年にDigital Right to Repair Coalition(DRRC)が始動し、「電子機器を修理する権利」を普及させるために活動を開始した。DRRCは後にRepair Association(TRA)という団体名に変更し、消費者や修理業者が電子機器を修理することをサポートするための働きかけを継続的に行っている。

2021年7月には、バイデン大統領の指令を受けたアメリカ連邦取引委員会(FTC)が、「メーカーが修理する権利を制限した場合の法的措置を強める」ということを明言した。さらに、2022年6月にニューヨーク州議会が、幅広い範囲の電子機器を対象に修理する権利を認める法案を可決した。

こうした一連の流れを受けて、当初は修理する権利に対して否定的であったAppleやMicrosoftなどの電子機器メーカー各社も、修理方法の開示や交換部品の提供を始めるなど、修理する権利を牽引する動きを見せている。

「修理する権利」に関する日本の動き

repair Japan map

欧米諸国と比較して、日本における修理する権利の認知度は未だ低い状況だ。2021年にテックマークジャパンが国内在住者400人を対象に行ったアンケートによると、「修理の権利」を知っている人はわずか1割未満という結果になった。

一方で、修理する権利に対しての期待値は概ね高く、意識調査では6割以上の人が「期待している」と回答した。その反面、素人が専門的な技術を実行する危険性から「メーカーに任せるほうが安心」という声も多く、4割が否定的な意見を示している。

日本国内では、個人で電子機器を分解し、改造を行うと法に触れる恐れもあり、既存の法規制とのジレンマを抱えている状態でもある。消費者から一定の賛同を得ることは期待できそうだが、市場の体制や法整備などは現状あまり進んでいない。

企業の対応

repair factory

修理する権利に関する法案が可決された当初は、企業から反対意見が続出していた。しかし、政府の動向と市民からの要望によって、以下の事例のように、多くの企業で取り組みが開始されている。

Samsung(サムスン)

サムスンでは、自社のテレビと携帯電話を含む、多くの電子機器に対する交換部品と修理ガイドの表示の強化を開始した。修理する難易度も緩和しており、同社によると一般的なドライバーなどがあれば修理が可能な電子機器も登場しているとのことだ。
サムスンは、一般のユーザーでも交換・修理が可能なデザインにも力を入れており、DIYers(自己修理ユーザー)に対して、機器のディスプレイ、画像、Wi-Fi、電源、サウンドに関連した部品の提供も行っている。

Apple(アップル)

アップルでは、自社のウェブサイト上に独自の修理マニュアルを追加し、ユーザーが自身で修理できる環境を整備している。加えて、バッテリー、カメラ、液晶画面など故障が発生しやすい箇所の部品を、ユーザーが簡単に入手できるようにすると同時に、ユーザーが修理しやすいように、従来のアップル製品のデザインを変更するという声明も発表。デザイン変更により、ユーザー離れが危惧されているが、アップルは修理する権利の普及に向けた動きを続けている。

「修理する権利」の課題

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消費者の要望や政府による法整備に応えるように、グローバル企業が先導している「修理する権利」の普及。これにはいくつかの課題も残されている。

複雑化した部品

インターネットの普及に伴い、高度な電子機器を扱う複雑なハードウェアが一般化。肉眼で辛うじて見えるほどのパーツも存在するなど、製品の構造は日に日に緻密さを増している。加えて、超小型のパーツを扱ったり、モジュールを解放するための工具などは、一般の市場では流通していないものが多い。そのため、ユーザーが自分で修理する場合、企業はそれらの特殊な工具も共有しなければならない。

そして、ハイテク企業では技術競争が激しく、パーツやモジュールの説明は企業の秘密を晒しているようなものという意見もある。内部構造を一般に公開した際に、特定のユーザーが悪用する危険性もはらんでいるのである。

ユーザーへの安全性

一般の消費者が自ら修理を行うことで、致命的な事故が起きる可能性も指摘されている。電子機器のハードウェアには時に鋭利な金属部品が使われていることや、バッテリーが特定の条件下において爆発するというケースも存在するなど、特別な知識を持たないユーザーが修理するにあたっては危険性もある。また、このような事故に対しての責任を誰が負うべきなのかも明らかになっていない。

今後の展望

世界中で深刻化する電子ゴミ問題に対して、電子機器の「修理する権利」に解決の糸口を見出そうという動きが出ている。サーキュラーエコノミーを推進するための重要な要素として、欧州やアメリカでは政府が積極的に法整備などを実施しており、企業も、製品の修理に関する情報を消費者や修理業者に開示する姿勢を取り始めた。

今後も欧米を中心に、「修理する権利」に関する動きは加速していくことが予想でき、日本においても認知の拡大や体制の整備が進んでいくことが考えられる。

【参考記事】
【1分解説】修理する権利(Right to Repair)とは? | 田村 洸樹 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)
米国で法案可決の「修理する権利」、日本での発展に全国の20-60代の約6割が期待 家電の修理に関する意識調査 | テックマークジャパン株式会社のプレスリリース (prtimes.jp)
ght-to-repair movement: An easy way to reduce climate change | CNN Business

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k.fukuda
大学で国際コミュニケーション学を専攻。これまで世界60か国をバックパッカーとして旅してきた。多様な価値観や考え方に触れ、固定概念を持たないように心がけている。関心のあるテーマは、ウェルビーイング、地方創生、多様性、食。趣味は、旅、サッカー観戦、読書、ウクレレ。