時の流れを耳で感じる──2025大阪万博が挑んだサウンドスケープ実験

2025年、大きなにぎわいを見せた大阪・関西万博。その会場は、音で空間をデザインする「サウンドスケープ」の考え方にもとづいて設計されていた。会場全体が、いわば“巨大な楽器”だったのである。この試みは、どのようなコンセプトや手法から生まれ、私たちに何をもたらしたのか。本記事では、その問いを手がかりに探っていく。

耳で感じる、万博の音の世界

2025年に開催された大阪・関西万博。半年間でおよそ3,000万人に迫る来場者が訪れ(*1)、大いににぎわいを見せた。

その喧騒のなかで、来場者の耳に届いたのは、せせらぎや鳥の声、楽器音や電子音といったサウンドから生まれる数々の楽曲だった。これらの楽曲は現在、公式サイトで無料公開されている。ぜひ一度、耳を傾けてみてほしい。

不思議なことに、これらのサウンドは騒音とは感じられず、むしろ深い呼吸を促すような落ち着きをもたらす。この感覚を生み出したのは、一体どのような仕掛けなのだろうか。

会場がまるごと楽器に。気象と時間で変化する「いのちのリズム」

実は、万博では「EXPO 2025 OSAKA : SOUNDSCAPE」という試みが行われていた。その中核となるコンセプトは「いのちのアンサンブル」。会場全体を巨大なひとつの楽器、さらに言えば「生態系(地球)」に見立てた設計である。
このサウンドスケープでは、江戸時代の「十二時辰(じにしっしん)」に着想を得た時報型の音響が展開された。いわば会場全体が、“音の時計”となっていたのである。

7つのテーマと世界的なクリエイターたちの共演

会場は「命・祭・街・森・水・空・地」という七つのテーマを持つエリアで構成され、各エリアでは世界的な七名のコンポーザーによる楽曲が流れた。すべての楽曲は共通のBPM(テンポ)と基調コードEを基盤として設計されており、来場者は統一感のある、絶妙な聴き心地を体験できた。

ラスト60秒では、エリアを越えて楽器音がシャッフルされ、最終的にすべての音が一斉にEの和音に収束する演出が施された。これは「分断を超えて、それでも世界はひとつになれるか」という問いを、音によって表現したものであった。

気象データと600のスピーカーが紡ぐ「生きた音」

万博会場を包む音は、単なるBGMではない。まるで生き物のように表情を変え、その瞬間の来場者に“一期一会”の出会いをもたらしていた。

その仕組みの一つが、時間帯と天候によってサウンドが変化する設計である。会場全体には気象センサーが設置され、その情報に基づいて音が生成されていた。晴れの日には軽やかな音、雨の日には音数を抑えた穏やかな響きなど、気象条件に応じて音風景が変化していたのだ。

もう一つの要素が、約600台の防災スピーカーを用いた時報型音響作品『Time Tone』である。通常、広大な会場では音の遅延や反響が発生しやすく、しばしば「音響の乱れ」として扱われる。しかしこの作品では、音波が伝わる時間差そのものを意図的に利用し、シンプルな信号音を複雑で有機的な“ひとつの音響体”へと変換した。

結果として、気温や気象、そして鑑賞する位置によって異なる響きが生まれ、まさに“生きた音”として体験できる作品となったのである。

喧騒のなかの「静寂」。来場者が体験した新たな感覚

上記のような仕掛けによって、万博会場にはにぎわいの裏側に「静寂」や「穏やかさ」といった感覚が確かに生まれていた。では、音が“足された”にもかかわらず、なぜそのような感覚が生まれたのだろうか。

人、自然、テクノロジーが溶け合う「いのちのアンサンブル」

その答えは、前述の「いのちのアンサンブル」というコンセプトにあるように思われる。人間、自然、テクノロジーといった異なる存在のサウンドを響かせ合い、全体としての調和を生み出す――。それこそが、この音響設計の目指した姿だったのではないだろうか。

たとえば祭エリアでは、日本の祭囃子と電子音楽をベースに、鳥の声やせせらぎの音が自然に溶け合っていた。

このように、音の多様性を排除せず、複雑な要素を受け入れながら調和させる設計思想こそが、喧騒のなかで「静寂」や「穏やかさ」を体験させたのではないだろうか。

SNSで共有された「目には見えないいのち」への気づき

万博会場で実施されたサウンドスケープに対して、SNSでは次のような声が寄せられた。

「会場でこれを聴くと、万博の世界に一気に入ったような感覚になる」
「アンビエントというか、アート空間によく馴染む」
「万博のBGM、CDで販売して欲しい」
(※X上の一般投稿より編集部が抜粋)

いずれも好意的な感想であり、音が空間の体験価値を高めていたことがうかがえる。

また、「OPEN DESIGN 2025」は、万博全体の参加と共創を促すデザインプラットフォームとして、2025年のグッドデザイン賞ベスト100に選出された。サウンドスケープもこの共創デザインの一環として位置づけられ、音を通じた参加体験の象徴的な試みとなった。

私たちはこの体験を通して、環境や時間の流れ――すなわち「目には見えないいのち」の働きが、自分自身の体験と密接に結びついていることに気づかされたのかもしれない。

大阪万博のサウンドスケープが示したもの

時間や天候と連動して生まれる音響は、私たちに、忘れかけていた豊かさを思い出させてくれた。そこには、自然とテクノロジーが心地よく共生する未来社会の縮図が見えてくる。

では、私たちは万博のサウンドスケープから、日常に何を持ち帰ることができるのだろうか。
それは、喧騒の中に埋もれがちな、けれど確かにそこにある音に耳をすますという豊かさだと思う。
あなたの暮らす街は、今、どんな音を奏でているだろうか。いま一度、耳をすませてみてほしい。

Edited by c.lin

注解・参考サイト

注解
*1 EXPO2025「【更新】来場者数と入場チケット販売数について」を参照。

参考サイト
大阪・関西万博 OPEN DESIGN PROJECT|EXPO2025
OPEN DESIGN 2025:万博における参加と共創を促す生成的デザイン・コモンズ|2025グッドデザイン・ベスト100
EXPO 2025 OSAKA : SOUNDSCAPE:万博会場を包み込むサウンドデザイン|知財図鑑
大阪・関西万博にて時報型音響作品『Time Tone』(evala + Itsuki Doi)を展開|See by Your Ears

About the Writer
早瀬川シュウ

早瀬川 シュウ

フリーライターとして活動中。「日々の生活に『喜び』を」がモットー。特に、「快適さ」や「居心地のよさ」へのこだわりが強い。子どもの頃から海や森林公園を訪れていることもあって、自然環境や景観への興味関心も持っている。せせらぎの音や木漏れ日、お茶をじっくり味わう時間を好んでいる。
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