#7 小さなコンポストに大地の過去と未来が見えてくる

コンポスト生活のはじまり

きっかけは些細なことだった。ベランダの片隅に役目を終えたプランターが土を入れたまま放置されていた。それなりに重さのある土を里山の菜園まで運ぶのは億劫だったし、プランターは資源ゴミに出せても、中の土は回収して貰えない。

半年ほど経ったある朝、ふと思い立って、台所にあった生ごみを土の中に放り込んだ。鮭の皮などは猫が居れば喜んで食べてくれたかもしれないが、あいにく我が家には猫はいない。その上にコーヒーかすも入れた。我が家では毎朝豆を挽くのでこれも結構な量が出るのだ。

とはいえ、ベランダのプランターに生ごみが投入されたビジュアルはなかなかインパクトがあった。小さな罪悪感を隠すように急いで土を被せるとプランターは何もなかったかのような静寂を取り戻した。

そのまま一週間ほど放置したある日の午後。おそるおそる土を掘り返して驚いた。鮭の皮を含めて、放り込んだ生ごみは跡形もなく消失していたのだ。

「なくなってる!」

野菜を育てていたプランターに生ごみを捨てているわたしを不思議そうに見ていた娘も驚いていた。

「食べられちゃったんだ」

近所の猫が掘り起こして食べたわけじゃない。犯人は――いや、功労者は、土の中にいる何百億、何千億という微生物だった。

生ごみを消失させる土壌のメカニズム

思いつきとはいえ、根拠はあった。生ごみのような有機物は一定の温度と湿度がある空気中で何日も放っておけば微生物に分解されていく。部屋の中で同じことをすれば腐臭を放ち、小バエなどの虫を引き寄せるが、水分と一緒に土の中に閉じ込め、乾いた土で蓋をすれば臭いも閉じ込めることができるし、虫を集めることもない。そう、土葬と同じだ。

科学的な裏付けに葉山生まれのコンポスト「キエーロ」(*1)があった。生ごみを土の中に埋めるだけで消えるという装置だが、特別なものは何も使っていない。土の上に雨避けと光を取り入れて地温を上げる為に透明な蓋をしているだけだ。あとは放っておけば微生物が食べてくれる。コンポストというとゴミの削減とか、環境への配慮(日本は世界の焼却炉の半分が日々ごみを燃やしている焼却大国である)といった面ばかりが強調されるが、以前、キエーロの開発者である松本信夫さんにお話しを伺ったときに感銘を受けたのは、目に見えない土壌微生物たちの仕事を「面白がる精神」だった。

娘もまた「目に見えない土壌微生物たちの力」に興味を持ったようだ。防災グッズとして備蓄していたレトルト粥の賞味期限をうっかり切らしてしまったときもそうだった。

「入れてみていい?」

袋から出した賞味期限切れの粥をそのままプランターの土に流し込んだ。消臭効果のあるコーヒーかすで中蓋をし、乾いた土で蓋をした。

「もういいかな? 途中で掘ったら微生物が食べているところが見られるかな?」と毎日そわそわしていた。

「開けてもいいけど、開けない方がいいんじゃないかな?」

臭い物に蓋をした手前、開けるのが怖くもあった。そのまま放置すること一週間。忘れかけた頃に掘り起こしたときには賞味期限の切れたレトルト粥は跡形もなく消えていた。

目には見えない生き物たちが、生ごみを食べているのを娘も改めて実感したようだ。

「キエーロは生ごみの処理装置というより、微生物の飼育箱。土の中で飼っているバクテリアに餌をやる感覚なんです」という松本さんの言葉が思い出された。

土壌微生物の飼育日記

4月14日

食べ残した目玉焼きの白身と揚げ物の衣をお茶殻と一緒に。数日で消えた。
「微生物は油っこくて味の濃いものが好きです」と松本さんも言っていた。

5月7日

生ごみで多いものと言えば玉葱の皮に代表される野菜屑だが、菜園で破裂したミニトマトやカラスについばまれたキュウリなんかを土の中に埋めてもいつまで残っている。

「土の中で育つものは簡単に土壌微生物に食べられないようにできている」と松本さんも言っていた。

野菜くずを細かくして廃油と一緒に捨てたら他の生ごみと同じくらいの早さで食べてくれた。微生物は生野菜は食べないが、野菜炒めなら食べるらしい。

5月21日

一ヶ月以上経っても掘り起こすたびに原型を留めたまま出てくるのは出汁を取った後の鰹節だ。貝殻や鳥の骨もそうだが、微生物は固いものは食べられないようだ。同じ骨でも魚の骨はしっかり食べてくれる。魚の骨を食べると骨粗鬆症の予防に効果的というが、脆い魚の骨自身は骨粗鬆症なのかもしれない。

6月9日

同じカルシウムでも卵の殻は食べられないだろうと一度は諦めていたが、レモン汁を掛けるとCO2を排出して溶けるという情報を得た。早速、娘と一緒に実験。娘が粉々に砕いてくれた卵の殻にレモン汁をかける。気泡が発生して液状化した。そのまま土の中に埋める。

6月18日

「蚕のうんちも入れていい?」

娘が学校の教材として飼育していた蚕の糞をうれしそうに持ってきた。一応調べてみる。桑の葉を食べて育つ蚕の糞は古くから漢方薬として利用され、土壌改良材として活用されることもあるという。へぇー。

「たくさん入れていいよ」

娘と一緒に土の中の目に見えない生き物に対して、こんな風に日々実験と観察を繰り返している。コンポストは子どもにとって「生ごみが土に還る過程」を体験から学べる身近な環境教材でもあるのかもしれない。

小さなプランターコンポストの世界から見えてきたこと

使わなくなったプランターの土に生ごみを投入し始めて3ヶ月。掘り返すたびに土がふかふかになっていくのがわかる。栄養を失って固くなっていた土が生ごみを微生物が分解して有機肥料にしてくれたことで豊かな土壌になっているのが実感できる。

ベランダの小さなプランターコンポストでの営みから見えて来たのは地球における土の誕生という壮大なドラマだった。

土の研究者である藤井一至氏の著書「大地の五億年」(*2)によると、46億年前の誕生したばかりの地球は月や火星と同じ岩石しかない無機物の惑星だった。5億年前頃から、風や波の力で岩石が砕かれ、削られて細かな砂になっていった。砂に動物や植物の死骸という有機物が溜まり微生物によって分解されていくことで土になった。長い年月をかけて土壌が形成されていった。豊富な栄養がそこに緑を育んでいった。地球だけが月や火星と違う緑の惑星になったのは有機質に富んだ土壌を作った微生物のおかげだとも言える。

ところで、コンポストに入れた生ごみが腐熟して土になると聞くといつか溢れるのではないかと思う人もいるかもしれない。だが、3ヶ月経っても高さはかわらない。いや、実際には増えているのだが、微生物やミミズの働きによって1㎝の土壌を生成するのには100年の年月が掛かるのだそうだ。

微生物が作ってくれたせっかくの土を使わないのはもったいないと妻が菜園に自生していた大葉を移植した。役目を終えたと思っていた土が生ごみを入れたおかげで思いがけず再生した。生ごみで作った有機質の土壌で野菜が育ち、その野菜で作った料理を食べる。そこから出た生ごみをまた土に還す。

ベランダの小さなプランターコンポストの世界に、自然の営みに寄り添うだけで「おいしい」は無駄なく循環するのだという気づきがあった。

近代農業はそんな微生物の活動を土壌消毒によって止めてしまっている。自分たちで土を豊かにしてくれる微生物を排除しておいて、今度は土の力がないと化成肥料を使う。短期的にはひとつの作物を大量に生産できるのかもしれないが、土はどんどん固くなってしまう。もったいないとしかいいようがない。

一方、不耕起栽培のわたしの菜園は収量こそ落ちているが、干ばつに強いことがわかってきた。雑草が土の湿度を保ってくれるおかげで土が乾燥し難い。また、刈り取った草も微生物たちが分解して豊かな土壌を形成してくれる。不耕起栽培もまた土の中の微生物たちによって支えられているのだ。

土を手放したわたしたちの文明は進化したのか、退化したのか

スコップで土を掘り返しながら「アスファルトが土になるといいな」と娘が言った。

「そうだね」とわたしも同意した。

「だって転ぶと痛いもん」

行政がごみの収集と焼却を行う近代以前の日本では誰もが生ごみを当たり前のように庭に埋めていた。豊かになった土壌で家庭菜園をしていた。自然の力を利用した好循環がそこにあった。土をアスファルトで覆い尽くした都市の暮らしではコンポストを始めるのにすらコストが掛かる。韓国のようにごみの廃棄に従量課金制が導入されていない日本でコンポストがなかなか普及しないのも理解できる。

5億年という歳月をかけて地球に土壌を形成した微生物やミミズたちは、その大部分を100年足らずでアスファルトで覆ってしまった人間をどう思っているのだろう。

「何してくれてんねん」という怒りだろうか。「やれやれ」という諦めだろうか。いつかコンポストの中の微生物と話ができたら娘と一緒に聞いてみたいと思った。土を手放したことでわたしたちの文明は進化したのか、それとも退化してしまったのかを。

旅するように暮らす、この町で。

2025年7月7日

注解

*1 キエーロによる。
*2 大地の五億年による。

About the Writer

青葉 薫

横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~

文・写真 青葉薫

夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。

15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで

「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。

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