インターセクショナリティの定義とは?二重のマイノリティによる差別について、具体例とともに見ていく

インターセクショナリティとは

インターセクショナリティとは、人種や性別、階級、性自認、性的指向など、さまざまなアイデンティティが重なり合うことで発生する差別を理解するための概念だ。アメリカの法学博士であるキンバリー・クレンショーが提唱した概念で、日本語では「交差性」とも言われる。例えば、黒人でLGBTQであるなど、複数のマイノリティ要素が組み合わさることで発生しうる差別を可視化させることに役立つ。

インターセクショナリティの具体例

まずは、インターセクショナリティの提唱者でもあるキンバリー・クレンショーがTED TALKで行った「The urgency of intersectionality」(インターセクショナリティの緊急性)というスピーチから、インターセクショナリティの具体例を見ていこう。

Kimberlé Crenshaw, “The Urgency of Intersectionality,” TED Talk, 2016.

1. 軽視される黒人女性の命【黒人×女性という二重のマイノリティ】

2020年5月、アメリカ人黒人男性ジョージ・フロイドがミネソタ州ミネアポリスで警察に首を膝で押さえつけられ、死亡した。このショッキングな映像が世に出回ったことがきっかけで、黒人差別撤廃を訴えるBLM運動が盛り上がったことは記憶に新しいだろう。

日本でもジョージ・フロイドの名前を知っている人は多い。アメリカでは、このように黒人が不当に警察に危害を加えられたり、死に至らしめられたりするニュースは非常に多く、たびたび話題になっていた。これまで幾度となく行われた警官から黒人への不当な差別の結果が、BLM運動に繋がったのだ。

キンバリー・クレンショーが指摘した問題は、黒人男性が殺されたニュースは大々的に報じられる一方、黒人女性はたとえ寝ていたところを押しいって、殺害された場合でも、大きなニュースにはならず、ジョージ・フロイドのように名前が知れ渡ることもないという点だ。ミシェル・クッソー、タニーシャ・アンダーソン、オーラ・ロッサー、ミーガン・ホッカデイ。彼女たちは皆、警察に不当に殺害されたが、ジョージ・フロイドを含む黒人男性の被害者ほど重要視されず、大きなニュースにもならなかった。

もし、彼女たちが、黒人男性か白人女性だったら、より大きく報道されていただろう。彼女たちは、「黒人」と「女性」という二重のマイノリティの交差点(インターセクション)に立っていたがゆえに、その差別は見えにくくなってしまったのだ。

2. 仕事が得られない黒人女性【黒人×女性という二重のマイノリティ】

黒人であり、女性であるという二重のマイノリティであるがゆえに、就職において不利になった例もある。黒人女性のエマ・デグラフェンリードは、ある会社に就職しようとしたができなかった。エマは自分が黒人女性であるため雇われなかったと訴えたが、裁判官はこれを棄却した。なぜなら、その会社は、黒人も、女性も雇っていたからだ。

しかし実際は、工場や管理部門では黒人を含む男性を雇い、秘書や窓口業務では女性を雇ってはいたものの「黒人女性」は雇っていなかった。それにもかかわらず、この会社は、黒人を雇っているという点で黒人差別はしておらず、女性を雇っている点で女性差別をしていないとみなされたのだ。

ここにインターセクショナリティの視点を持ち込むと、違うものが見えてくる。エマは、黒人であり、女性であるという、差別の交差点に立っていたがゆえに、より複雑な形で差別されていのだ、と。

ここで注目すべきは、黒人女性として受ける差別は、単に黒人に対する差別と女性に対する差別を二重に受けるというわけではなく、「人種差別とも女性差別とも違った形の差別になる可能性がある」という点だ。

インターセクショナリティという言葉は、「マイノリティ性が重なり合うことで、新たな形の抑圧や差別が生まれうる」ことを浮き彫りした点でも、画期的な概念だったのだ。

インターセクショナリティの位置づけ

以上のように、インターセクショナリティという概念を使えば、見えづらい不平等に目を向けることができる。

パトリシア・ヒル・コリンズとスルマ・ビルゲの著書『インターセクショナリティ』では、インターセクショナリティの定義を、「分析ツール」「説明する方法」だと解説している。

「インターセクショナリティの定義とは、交差する権力関係が、様々な社会的関係や個人の日常的経験にどのように影響を及ぼすのかについて検討する概念である。分析ツールとしてのインターセクショナリティは、とりわけ、人種、階級、ジェンダー、セクシャリティ、ネイション、アビリティ、エスニシティ、そして年齢など数々のカテゴリーを、相互に関係し、形成しあっているものとしてとらえる。インターセクショナリティは、世界や人々、そして人間経験における複雑さを理解し、説明する方法である。」(パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ『インターセクショナリティ』)

また他の論者によっては、「議論を進めていくための道具」「物事の概念」「方法論的アプローチ」「観点」だと定義しているケースもある。

インターセクショナリティは新しい概念なのか

インターセクショナリティは新しい概念なのか

インターセクショナリティは近年よく聞かれる概念であり、突然出てきたように思われがちだ。そのため、「一過性のブームでは?」と思う人もいるだろう。

しかし、キンバリー・クレンショーがインターセクショナリティという語を論文中で提示したのは1998年のことであり20年以上も前のことだ。さらには、1960年代にはすでにインターセクショナリティのコンセプトが存在していたことが確認されている。つまり、インターセクショナリティという概念ははるか昔から存在しており、新しいもの、一時的な流行ととらえるのは間違っている、と言えるだろう。

さいごに。インターセクショナリティを活用する

本記事では、アメリカで行われている黒人女性に対する抑圧・差別を紹介したが、あらゆる場面でインターセクショナリティの視点を持ち込むことはできる。

例えば、ゲイであり身体障害者であるという二重のマイノリティ故に差別されたり、ノンバイナリーかつ外国人であるために差別されたり、といった事象もインターセクショナリティという概念を使って分析することが可能だ。

また、さまざまなマイノリティ性の重なりを確認することは、自らのマジョリティ性や特権性に気がつく助けにもなる。

すべての面でマイノリティ、あるいはマジョリティであるという人は少数派であり、ある面ではマイノリティでも、ある面ではマジョリティだ、という人がほとんどだ。

自らの特権に自覚的になることもまた、差別や抑圧を理解する時に必要不可欠なことだろう。

参考書籍
『現代思想 インターセクショナリティ 複雑な<生>の現実をとらえる思想』青土社、2022年
パトリシア・ヒル・コリンズ、スルマ・ビルゲ著『インターセクショナリティ』人文書院、2021年

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