[特集]PATCH THE TOWN—自治体が紡ぐまちづくりの現場
少子高齢化対策、多様性やウェルビーイングの推進、経済の活性化、自然環境の保護...
より豊かな社会を築くために現代の私たちが求めることは多岐にわたる。社会には問題が山積みで、ひとつ解決されれば、また新たな問題が浮かび上がってくる。
だから私たちは、忘れてしまう。まちが少し豊かになったことを。
もしかしたら私たちは、小さな前進に目を向ける余裕すらないのかもしれない。
本特集では、「豊かなまちづくり」に向けた自治体の取り組みにフォーカスし、まちの豊かさの裏側を探る。まちを豊かにするために奮闘する自治体の方のはたらきを知ると同時に、少しずつでも私たちが暮らす世界がよくなっていることを実感できる機会となれば幸いだ。
世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度より十分低く保ち、1.5度以内に抑える努力をする—世界各地で気候危機に見舞われるなか、パリ協定を契機に各国が足並みを揃えてカーボンニュートラルに向けて動き出している。日本政府も、2020年10月26日に当時の菅総理大臣が「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」ことを宣言し、同年12月に「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表した。その中で、規制改革、税制面の優遇、金融市場におけるルール変更による民間の資金誘導などを打ち出し、カーボンニュートラル実現に向けて、官民の連携を強化することに努めている。
一方で、国と地方自治体との連携、あるいは個人のライフスタイルに関連する施策として、2021年から「ゼロカーボンパーク」の取り組みも開始した。
ゼロカーボンパークとは、地域住民と観光客が一体となって、国立公園をサステナブルに保とうとする取り組みのことで、環境省が認定した国立公園をカーボンニュートラルのショーケースとして、来訪者に脱炭素化型の持続可能なライフスタイルを体験してもらう場づくりを目指している。2021年3月に第一号として登録された長野県の乗鞍高原を皮切りに、2024年12月時点で全国17の国立公園が登録されている。
2022年4月、尾瀬国立公園の群馬側・尾瀬かたしなエリアが、全国第7号、村としては第1号となるゼロカーボンパークとして登録された。以降、尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会が中心となって、尾瀬国立公園と周辺地域の脱炭素化に向けた取り組みを推進している。今回は、実行委員会のメンバーである片品村むらづくり観光課の狩野さん、金子さん、農林建設課の青木さんに尾瀬の自然とツーリズムの関係、また委員会の取り組みについてお話を伺った。
広大な尾瀬の麓にある、小さな片品村
「日本の自然保護活動の原点」といわれる自然の宝庫・尾瀬。春には純白のミズバショウ、夏は黄色いニッコウキスゲ、そして秋の紅葉では湿原や木々がオレンジに染まり、冬にはあたり一面が雪で覆われる、季節ごとに豊かに表情を変える美しい場所だ。世界的に貴重な湿原としてラムサール条約にも登録されている。

そんな広大な尾瀬の麓にあるのが、人口わずか3,927人の片品村だ。(※)関東で唯一の特別豪雪地帯に指定され、冬の最低気温は氷点下10度以下になるなど、厳しい寒さに包まれる地域だが、恵まれた自然環境を活かした観光と農業を産業の柱として、村民と行政が協働で「小さくても輝く村」を目指している。その根底には、話し合いを大切にする村の文化があるという。
むらづくり観光課・狩野さん「片品村には、とりあえず話し合いましょう、という山間地の小さな村ならではの文化が残っています。片品村は大きく3地区に分かれていますが、昔から地区単位で話し合ったり活動していました。農業の水路整備や道路の清掃活動、共有している林の整備など、地区単位で生活を助け合っていて、何かあると住民同士で話をするという文化があり、いまでも都市部と比較すると近隣の住民同士の交流はさかんだと思います」

また、地域の住民同士の関わりもさることながら、住民と土地や自然とのつながりも強い。
むらづくり観光課・金子さん「実は、群馬県と福島県を結ぶ国道401号線は尾瀬を境に車道の未開通区間があります。かつて地域住民の方が「尾瀬の貴重な自然がなくなってしまう」と国にはたらきかけて、国道の工事が途中で止まったことによるもので、とても珍しい事例です」
片品村は、地域住民と行政が力を合わせながら、豊かな尾瀬の自然を懸命に守っていこうする姿勢を小さくも勇敢に貫いているのだ。
(※)2024年12月1日時点での人口
多様な関係者が結集する、尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会の結成
これまで先人たちの懸命な保護活動によって今につないできた貴重な尾瀬の自然を、次の世代にもつないでいくために、片品村役場を起点として多様な関係者が結集した取り組みが現在進められている。
2022年4月、尾瀬国立公園は全国で7番目、村としては日本初となるゼロカーボンパークとして登録されたことをうけ、この取り組みを推進するために、片品村、片品村観光協会、戸倉区、東京電力ホールディングス株式会社が中心となり、その他16の関係事業者・団体で構成される、尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会を結成した。

狩野さん「尾瀬かたしなゼロカーボンパーク登録の背景には、カーボンニュートラルを目指す国の取り組みがあり、片品村も2022年にゼロカーボンシティ宣言を表明しました。その後、戸倉区長など周辺の人々や企業に協力していただき尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会を立ち上げ、公園内だけでなく、その周辺地域と一緒に取り組みを始めています」
どうしても各自治体単位での取り組みになりがちだが、尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会では、組織の枠を超えて、多様なステークホルダーの力を集結させている。それぞれの利害関係を飛び越え、多様な視点が入ることで尾瀬の自然を守っていこうとしているのが特徴的だ。
以降、ゼロカーボンシティ宣言の際に片品村が表明した「片品村5つのゼロ宣言2050」—「自然災害による死者ゼロ」「温室効果ガス排出量ゼロ」「災害時の停電ゼロ」「プラスチックごみゼロ」「食品ロスゼロ」と並行して、少しずつ取り組みを積み上げている。
「環境」「観光」「地域」— 3つの分科会による活動
金子さん「実行委員会の活動を進めるにあたって、具体的な行動指針に落とし込むためにアクションプランと重点実施事項を定め、それぞれの推進に向けて3つの分科会「環境エネルギー/交通整備分科会」「フィールド整備分科会」「地域づくり分科会」を設置しています」
1つ目の「環境エネルギー/交通整備分科会」では、再エネやEV車両の導入を促進している。

農林建設課・青木さん「環境分野では、私たち農林建設課が中心となって動いています。例えば、太陽光パネル設置のサポートや公共施設への急速充電器の設置などが実績としてあります。エネルギーの地産地消においては、片品村の豊富な水資源を活用した小水力発電や太陽光発電を村内で使用する電力と結び付けていくことで有効活用することを構想しています。一方で、再エネの推進において課題もあります。片品村は降雪量が多いため、太陽光パネルの重さに加えて雪の重さも加味しなくてはいけないので、公共施設の老朽化によって太陽光パネルの重さに耐えられない、と設置を見送ったこともあります」
2つ目の「フィールド整備分科会」では、観光分野での脱炭素化を進めている。
金子さん「観光分野の施策は、むらづくり観光課が担っています。脱炭素を進めながら、村の主軸産業でもある観光業を盛り上げていくために、例えば、E-bikeを活用したサステナブルツーリズムを開催しています。また、尾瀬の入山口の一つである鳩待峠では、啓発活動の一環として、ゴミ袋を配りながら「ゴミ持ち帰り運動」(※)の協力の呼びかけなどを行っています」

そして3つ目の「地域づくり分科会」では、生活レベルの脱炭素化を目指している。
金子さん「この分科会では、住民の方の日常生活における脱炭素化を目指して、村民を対象にした取り組みを行っています。イベントの開催や広報活動などを通じて、ゼロカーボンに関する周知活動を地道に進めているところです。ただ、周知活動に関してもまだまだ課題はあります」
※ 昭和47年から、尾瀬では「ゴミ持ち帰り運動」が実施されている。近年は登山やキャンプでゴミを持ち帰ることはあたりまえになりつつあるが、この文化の発祥は尾瀬であると言われている。
小さなアクションや気付きの機会をつくることで、住民参加型の取り組みを推進
代々、自然と共に暮らしてきた片品村の人々だが、いま行政が主体となって進めるゼロカーボンの取り組みについてはまだ周知や理解が足りていないという。
金子さん「現段階では住民の方の理解を獲得する取り組みを進めている最中です。今年に入ってからは、駆除した外来植物での草木染めや尾瀬の清掃ボランティア、自然を題材にした映画鑑賞会など、村民参加型のイベントを開催しました。住民の方の理解と協力は必要不可欠だと感じているので、今後は村民向けの勉強会の開催も考えています」
今年6月に、片品村の山岳ガイドの方からの提案で、外来生物オオキンケイギク(※)を使用した草木染め体験を実施した際には、幅広い年代の人が集まったという。

金子さん「参加者には、家族連れも多く、保育園に通っている子どもたちもいました。参加していただいた22名の方とともに、環境省の方の指導のもとオオキンケイギクの駆除作業をし、それを使った草木染めまでの体験を一貫して行いました。楽しみながら、自然とのかかわり方を学ぶよい機会になったのではないでしょうか」

小さな村で財源も限られている中で、住民の小さなアクションを後押しするイベントを継続的に積み上げている。そこには、サステナブルな活動に関心をもつきっかけをつくるという狙いもあるそうだ。
金子さん「サステナブルや脱炭素に関心がなくても、単純に「楽しそう!」と思って参加してもらえたらいいと思っています。特に、子どもたちは「脱炭素」「サステナブル」という言葉をまだ知らないことが多いですが、体験を通じてそのようなトピックを知るきっかけになることを狙いとしてもっています」
(※)北米原産の多年草で、強靭でよく生育することから、かつては緑化に使用されていた。しかし、その強さゆえ、いったん定着してしまうと在来の野草の生育環境を奪ってしまうため、2006年に環境省が特定外来生物に指定した。
尾瀬の雄大な自然と片品のサステナブルツーリズム
尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会の施策は、実は環境保全の観点にとどまらない。地域産業の保護という意味でも重要視されている。「観光の発展」と「脱炭素」はときにジレンマを生み出すこともあるが、観光産業や農業がさかんな片品村においては、自然保護と産業の維持・発展はぴったり重なるという。
金子さん「観光業が成り立たないと村が衰退してしまうので、多くの人に片品村を訪れてもらいたいです。訪れる人たちには、まずこのような自然が豊富な場所があるということ、そして、そういった自然を守っていこうとしている人たちがいる、ということを知ってもらう機会になるのではないでしょうか。また、片品村の豊富な観光資源—例えば最近では年々雪が少なくなっていますが、そういった観光資源となる自然を自分たちで守っていけるようにしたいです」

狩野さん「日本の四季がなくなりつつあるが、尾瀬は季節の移り変わりをよく感じることができる場所です。冬には4〜5メートルになる雪は、草花を覆い冬の厳しい寒さから守っています。そして、春には雪解け水になって植物の成長を助ける。そういった四季ごとの自然の変化を感じながら、自然の厳しさやありがたみを感じることで、「自然を守っていかなくてはならない」という気持ちが芽生えるのではないでしょうか。そして、そういった思いや豊かな自然を次世代にも継承していきたい」
尾瀬のようなありのままの大自然のなかで、自然の刹那的な美しさに触れ合えることは旅行者にとっても貴重な機会だ。特に都心部では、緑を垣間見ることができても、自然に包みこまれるような壮大な経験は滅多にできないだろう。

金子さん「今後は、「保護」の視点に留まらず、「利用」することも重要になってきます。自然を守りながらも、ツーリズムとしていかに活用していくか、ということも考えていきたいです。また、尾瀬を訪れることでお金を落としてもらい、それが尾瀬の自然を守る取り組みに使えるような仕組みができたらいいなとも思っています。最終目標は、脱炭素化の取り組みを進めることで産業の保護にもつながり、住民の方の暮らしが豊かになって、片品村が暮らしやすいエリアとなることですね」
自然を守っていくことで、村の産業や地域社会の活気を保ち、豊かな片品村の暮らしをつくる。自然、地域、住民の三方よしを目指す片品村の歩みが、これからも続いていく。
取材後記
これまで広大な尾瀬を代々守ってきた片品村だからこそ、村民ひとりひとりの小さな限られた資源を結集させる意義を理解しているのだろう。そしてそこには、オオキンケイギクをただ駆除するのではなく、いろどりとして地域に取り入れるという朗らかな感性が芽生えている。自然を守るなかでも、外的なものを排除はしない余裕がそこにはあるのだ。
片品村で守られてきた尾瀬の偉大な自然を訪れることで、旅行者にとっても自然とふれあい、その恩恵を五感で感じる貴重な原体験となるだろう。「SDGs」「サステナブル」というキーワードに触れる機会がますます増えてきているが、文字をなぞるだけでは理解できない本質を、フィールドでは存分に感じることができるはずだ。その地で、開放感や心地よさ、時として畏怖の念を抱くことは、「自然を大切にしたい」という内なるモチベーションにきっとつながる。そして、尾瀬での体験がきっかけとなり、私たちひとりひとりもオオキンケイギクのように、地域にいろどりを差す存在になるかもしれない。
自然と共に四季を過ごす片品村の人々の呼吸に耳を傾け、自然と共生するとは一体どういうことなのか、ぜひ現地で感じてみてはいかがだろうか。
参考サイト
尾瀬かたしなゼロカーボンパーク実行委員会の概要|片品村
ゼロカーボンパークの推進|環境省
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