「死を意識して生きる」とは
人間であれば、誰しも「死」はもっとも恐ろしく、できれば先延ばしにしたいものだ。もし今電車に乗っていたとして、そこに銃を持った男が乗り込んできたとしよう。ほとんどの乗客がパニックを起こし、我先にと逃げようとするだろう。もし明日地球が崩壊するとすれば、仕事や勉強を頑張ってきた人も、その努力を捨てるかもしれない。
しかし、いつか自分に「死」が訪れると自覚することは、自暴自棄な人生を送ることではない。むしろ、より充実した人生を送り、後悔なく生きていくための考え方だ。
約2,000年前から存在してきた「死」への概念
ラテン語には、「死を想え」を意味する「メメント・モリ」という言葉がある。これは、紀元前700年代に建国された古代ローマ帝国で生まれた言葉だ。戦で勝利をおさめた戦士たちに対し、「いつか自分も死ぬのだから謙虚であれ」という意図で掛けられた言葉とされている。そしてこの言葉は、ヨーロッパ圏のアートや哲学を中心に、現代まで受け継がれてきた。
興味深いことに、この死は誰しもに平等に訪れるという概念は、ほかの地域にも存在していた。例えば仏教には「生死(しょうじ)」という言葉がある。仏教の世界では、「生」と「死」を相反するものとして捉えない。生のなかに死があり、死のなかに生があると考える。そして死が避けられないからこそ、「死を迎えるまでは立派な生き方をしなさい」と説いているのだ。
このように、死が避けられないことは古くから認識されてきた。そして、この概念はある特定の地域でのみ共有されてきたものではない。時代や地域に関係なく存在してきたという点でも、死が避けられない現象だということは普遍的な概念なのである。
現代における「死」の存在
メメント・モリや生死の概念は、現代では死を意識することで充実した人生を送るための考え方として認識されている。書店に行けばベストセラー作家や著名人らによる、「死」に関する書籍が並ぶ。自分がいつか死ぬからこそ、今どんな生き方をするのか、将来はどんな死に方をしたいのか。つまり、人は死を意識することで理想の最期や人生の目的、後悔やこれからの選択について思いを巡らす。
多くの人にとって、死は恐ろしいものであり、避けたいものかもしれない。むしろ自分の死期が分かれば、すべてに投げやりになる人もいるだろう。しかし、死を受け入れるとは、死の恐怖に飲み込まれたり、すべてを諦めることではない。人生には限りがあり、周囲の人の存在もいつかは消えてしまう。だからこそ、今ある貴重な一瞬一瞬を大切にして生きるということが、死を受け入れることである。。しかし、死を受け入れるとは、死の恐怖に飲み込まれたり、すべてを諦めることではない。人生には限りがあり、周囲の人の存在もいつかは消えてしまう。だからこそ、今ある貴重な一瞬一瞬を大切にして生きるということが、死を受け入れることである。

死を意識することで、人生を豊かにする方法
死を意識して人生を豊かにするためには、頭や心のなかにある想いを言語化していくことが役立つ。そして、それに応えられているのかを自分に問いて、自分を俯瞰しておくことだ。
ここでは、ウェルネス情報を中心に扱うYahoo!Lifeで紹介された質問を載せている。いつか自分にも大切な人にも死が来ることを思い出しながら、1問ずつ答えをノートに書いていこう。
- 自分の生き方に、不満を感じる点はないですか
- 些細なことでも楽しんでいますか
- どうでもいいことにストレスを感じてはいませんか
- この先10年で叶えたい願いはありますか
- もっと挑戦や旅行をすればよかったと後悔していませんか
- 家族や恋人に報いていますか
回答してみると、今までおざなりにしてしまっていたことや、本当に大切なものに気づいただろう。このワークを定期的に行うか、回答を書いた紙を読みあげるといい。そうすることで、定期的に自分を見返し、言動をより良いものに変えていけるからだ。
死を意識して生きるメリット
実際に死を意識することによって、人生は変わっていく。なぜなら時間の有限さを知り、今ここに焦点を当てることで、今取るべき選択を取れるようになるからだ。
心配や不安が多いときや、後悔に飲み込まれるとき、人は過去のできごとや、起こるのか分かりもしない未来に焦点を当てている傾向にある。そうなると、どうにもできないことに意識を取られ、今できることを考えなくなってしまう。つまり前に進めなくなってしまうのだ。
1.周囲の人々との接し方が変わるようになる
家族や恋人など、親しい人にかぎって、つい相手を雑に扱ってしまうことはないだろうか。怒りにまかせて、思わぬ暴言を吐いてしまった、してくれたことに「ありがとう」を言い忘れてしまった、など。いつも一緒にいる人ほど、相手の心や自分の言動には焦点が当たらなくなってしまうものだ。
しかし、その人が末期がんになってしまったら、自分はどんな言葉を相手に掛けるだろうか。もし、自分が事故に遭って、今まさに意識を失いかけているとしたら、周囲の人たちに対して何を思うだろうか。
いま、頭に浮かんだ言葉や行動を大切にして、日々生きていくことが、死を意識するということである。
2.自分が持っているもにに気づけるようになる
つい自分と他者を比べて、自分には何もないと虚無感やコンプレックスを感じてしまうこともあるだろう。そうすると、「自分には〇〇がないから、これはできない」と、自分の将来に制限をかけてしまう。
そんなときは、死を迎えるときに自分の人生をどのような人生だと思えるようにしたいかを考えてみるといい。そうすることで、それを達成するために、今何をすべきかが見えてくる。今何かできることがあるということは、自分が所有している武器や財産は、それだけ豊富にあるということだ。無力感から脱して自己効力感を得たいときは、死期から人生を逆算してみてほしい。
3.自分の軸を持って生きていけるようになる
他者の目を気にしたり、顔色を伺ったりしていると、心には疲労や孤独が蓄積してしまう。なぜなら、無意識のうちに自分を犠牲にし、自分の本音を抑えることで誰にも胸の内を聞いてもらえなくなるからだ。
もし残りの人生がわずかだったら、今まで気にしていたことを、これからも最優先に考えていくだろうか。本当は、もっと大切にしたいことがあるのではないか。人の心は揺らぎやすい。だからこそ、自分が一番大切にしたいことを明確化しておく。そうすることで、余計なものごとに気を取られても自分の軸に立ち戻ることができるのだ。
4.不安や心配に負ける自分と決別できる
不安や心配が膨らんだ妄想と化しているときや、行動しない言い訳になっているときがある。しかし死を意識すると、残された時間が短いことに気づく。そして今ここで何をするのかを考えるようになる。
そうすると、恐れで真っ暗になっていた視界が徐々に開き、今自分が置かれている状況や、今もしくは今後やっていくべきことを冷静に判断できるようになる。
いつか死が訪れるからこそ、今を大切に
死を意識して生きるということは、死への恐怖を克服することではない。死は避けられないことを受け入れ、いまこの一瞬を大切にするということだ。そして、自らの力で「この人生でよかった」と思える日々に変えられたとき、自然と死への抵抗が和らいでいくのだろう。
- 多忙の中でストレスを溜め込んでいる人
- 大切な人をないがしろにする自分が嫌いな人
- スマートフォンなどで時間を無駄にしてしまう人
- 将来への不安からお金を溜め込み、好きなことを我慢している人
- 挑戦したいことがあるのに、不安に負けてしまう人
上記に当てはまる人は、大切なことではなく、余計なことに気を取られているのかもしれない。一度立ち止まって、自分を俯瞰する時間を取ってみてはいかがだろうか。
参考記事
You Can Live Better by Contemplating Your Death. Here’s Why|yahoo!life
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