#12 わずか3%の淡水に生かされている、わたしたちの未来は
太陽を遮るものなど何ひとつない棚田を大きな黒い影が覆った。見上げると夏雲が気持ちよさそうに流れていた。雲がくれた日陰の涼しさで汗を拭う。鈴虫が鳴いている。吹き抜けていく風はもう秋だったけれど、灼けつくような陽射しには気候変動を象徴するような熱波が色濃く残っていた。

太陽を遮るものなど何ひとつない棚田を大きな黒い影が覆った。見上げると夏雲が気持ちよさそうに流れていた。雲がくれた日陰の涼しさで汗を拭う。鈴虫が鳴いている。吹き抜けていく風はもう秋だったけれど、灼けつくような陽射しには気候変動を象徴するような熱波が色濃く残っていた。

2025年の夏も過去最高の暑さを記録したと報道されているが、三浦半島は去年よりも過ごしやすかった。東京よりも3℃から5℃涼しい。35℃を越えた日はなかったのではないだろうか。山の緑と冷たい親潮が流れ込むようになった海からの涼風に感謝しかない。

60年前に母が秋谷海岸を訪れていたと訊いたのは数年前のことだ。会社の同僚と保養所があった秋谷に泊まりがけで海水浴に来ていたという。当時まだ結婚もしていなかった母は60年後に同じ海岸を子や孫と散歩するなんて想像もしていなかったに違いない。

毎日どこかで40℃を越えている。7月の平均気温は3年連続で過去最高を記録している。スペインで46℃を記録するなど、猛暑が続くヨーロッパでは各地で熱中症による死者が出ている。

土作りに悩まされた15年 里山の麓にある海辺の町で野菜作りに取り組み始めて15年。毎年のように悩まされたのが「土作り」だ。 鍬を振り上げ、土を耕す。天地返し――シャベルで土を深く掘り起こし、土の表層と深層を入れ替える。

コンポスト生活のはじまり きっかけは些細なことだった。ベランダの片隅に役目を終えたプランターが土を入れたまま放置されていた。それなりに重さのある土を里山の菜園まで運ぶのは億劫だったし、プランターは資源ゴミに出せても、中の...

わたしが毎日食べているコメを育てている人たちのこと 三浦半島からフェリーで房総半島に渡るたびに近いなと感じる。乗船時間40分。体感的には東京よりも近い。 千葉県南房総市。一時期は毎週のように通って畑で汗を流していた。草む...

相模湾を漂うしらすたち いつも目の前に広がっている海――三浦半島の城ヶ島から伊豆半島にかけて広がる相模湾ではしらす漁が盛んだ。しらすとは生後20日から50日を経過した体長2~3センチほどのカタクチイワシの稚魚のこと。名前...

毎日のようにビーサンで浜辺を歩く。海は大切なことを教えてくれる。大切なことに気づかせてくれる。わたしたちが海から生まれてきた生命であることも、その海が育む生態系をわたしたちが破壊していることも。 海辺暮らしの副作用は、人...