ちがいを力に──ダイバーシティという視点から社会を見つめる

性別、年齢、国籍、文化、障害、価値観など、人がそれぞれに持つ違いを壁ではなく力に変えていくにはどうすればよいかを考える。ジェンダー、LGBTQ、インクルーシブ教育、ユニバーサルデザイン、異文化理解など、多様性の尊重が社会の豊かさにつながると捉え、共に生きる社会の可能性を探る。

“嘘” は絶対に許されないのか?コミュニケーションにおける「誠実さ」と「配慮」の境界線

“嘘” は絶対に許されないのか?コミュニケーションにおける「誠実さ」と「配慮」の境界線

「嘘をついてはいけない」という規範は、誰もが子どもの頃から教わってきた。しかし現実には、真実をそのまま伝えることが相手を傷つける場面も少なくない。誠実さと配慮は、どこで折り合いをつければよいのか。カントとアリストテレスの視点を手がかりに、対話における「正直さ」の本質を考える。

社会的動物としての人間は、なぜサードプレイスを求めるのか

社会的動物としての人間は、なぜサードプレイスを求めるのか

人間は、他者との関わりなしには生存できない社会的動物だ。しかし、皮肉なことに、その社会性こそが現代人の心を圧迫する最大の要因にもなっている。私たちは、家庭でも職場でもない「サードプレイス」を本能的に求める。その背景には、単なるリフレッシュを超えた、人間の心理的バランスをめぐる深い必然性が隠されている。

沈黙も議論も許される空間。イギリスのパブが果たしてきた役割

沈黙も議論も許される空間。イギリスのパブが果たしてきた役割

イギリスの文化を象徴する「パブ」は、長い年月を経て、今もなお人々の憩いの場として親しまれている。そんなイギリスのパブ文化が体現する「公共の家」としての価値は何なのか。なぜそこでは、語り合うことも、あえて沈黙することも受け入れられてきたのか。本記事では、パブの歴史をたどりながら、その独自の社会的な価値を探っていく。

「何者でもない時間」を許す空間。オーストラリアの事例に学ぶ多文化社会の居場所

「何者でもない時間」を許す空間。オーストラリアの事例に学ぶ多文化社会の居場所

多文化社会では、人と人をつなぐこと自体が負担になることがある。交流や参加を前提とした場が、人を遠ざけることも少なくない。つながりを求めない居場所は成り立つのか。オーストラリアのNeighbourhood Housesは、支援を目的化せず「何者でもない時間」を許してきた。本記事では、その実践から居場所の条件を読み解く。

世代を分けないという選択。オランダの高齢者施設がつくる居場所

世代を分けないという選択。オランダの高齢者施設がつくる居場所

安全のために「同世代の集まり」で作られた高齢者施設は、気づけば社会との接点が失われた場所になっていた。そんな中、オランダでは高齢者と学生が共同生活を送る施設がある。本記事では、オランダの世代を超えた共生の取り組みを通して、高齢者の居場所に本当に必要なものは何かを考えていく。

なぜ男性は孤独を語れないのか。Men’s Shedsが問い直す「居場所」の設計

なぜ男性は孤独を語れないのか。Men’s Shedsが問い直す「居場所」の設計

現代の日本社会では、定年退職や単身世帯の増加により、社会的なつながりを失う男性が急増している。しかし、伝統的な「男らしさ」やプライドが壁となり、自らの弱さを吐露できず既存の相談型支援にも馴染みにくい。本記事では男性の孤立の背景を整理し、注目される「Men’s Sheds」という新たな居場所の設計思想について考える。

動きやすさを、都市がつくる。 富山市に見る「まちなかの移動」のデザイン

動きやすさを、都市がつくる。 富山市に見る「まちなかの移動」のデザイン

人口減少が進む地方都市では、労働力不足や公共サービスの維持が大きな課題となっている。そんな中、富山市は長年にわたり「移動しやすい街づくり」に取り組んできた。公共交通を都市の軸として再構築することで、市民の暮らしはどのように変化したのか。富山市の「まちなかの移動」のデザインを手がかりに、都市構造の変化を読み解いていく。

人の流動性が都市を強くする。移動する人びとから考えるレジリエンス

人の流動性が都市を強くする。移動する人びとから考えるレジリエンス

人は定住するもの──その前提のもとで都市は設計されてきた。しかし近年、気候変動や災害、感染症などの危機が重なり、その前提は揺らいでいる。いま都市に求められるのは、守りきる強さではなく、壊れても続くしなやかさだ。制度の主語になりにくかった移動する人々に注目し、人の流動性から都市のレジリエンスを考える。