ベーシックインカムとは
ベーシックインカムとは、すべての国民が生活に最低限必要な額の給付を無条件で受けられる制度のことである。
18世紀末にイギリスの社会思想家トマス・ペインが提唱したのがベーシックインカムの始まりとされている。それ以前は救貧法に基づく「恩恵としての給付」が主流であったが、アメリカ独立革命やフランス革命を通して、「権利としての給付」というベーシックインカムの特徴となる考えが誕生した。つまり、政府による恩寵ではなく、受け取る側の権利として国民に支払われるという考えが基盤になっていることが重要だ。
ベーシックインカムと生活保護の違い
ベーシックインカムは一見、生活保護のような社会保障制度と同一のものと考えられてしまうが、制度の目的や給付対象者に明確な違いがある。
生活保護は、健康面や家庭の事情から働くことができず生活に困窮している人を救済するための制度であり、給付対象となる条件として、収入が厚生労働省の定める最低生活費を下回ることが定められている。
一方ベーシックインカムは、年齢・性別・収入・家庭環境等に関係なくすべての国民を給付対象としている。
日本の現行の社会保障制度の課題

国民の生活レベルが最低限のラインを下回らないように、日本では生活保護といった社会保障制度が採用されているが、この制度で全ての困窮する人々をサポートできているわけではない。また、一定水準以上の収入がある場合でも、生活が困窮している人も少なくない。ここでは、日本の現行制度の課題を2つ挙げる。
生活保護の低い捕捉率
生活保護の支給を受け取る権利を持つ受給資格者であるにもかかわらず、そのうちの約8割が給付を受け取れていないという事実がある。こうした背景には世間一般にはびこる生活保護受給者に対するマイナスのイメージが影響し、「生活保護の受給に抵抗を感じる」「恥ずかしい」といった感情が障壁の一つになっている。また、複雑な申請手順も受給資格者が生活保護を受け取ることを諦める大きな要因だ。
ワーキングプア層の保障の不足
収入は最低生活費を上回っているため生活保護の対象とならないが、家庭や仕事の事情で生活が困窮している人も多い。具体的にはワーキングプア層やシングル家庭などが挙げられ、これらの人に対する保障制度が不十分となっている。特にシングルマザーの相対的貧困率は50.8%と高く、金銭的なサポートが充分に施されていないことがうかがえる。
ベーシックインカムを日本で導入するメリット
ベーシックインカムを導入することによって、国民にどのようなメリットがあるか4つ紹介する。
貧困問題の対策になる
常に困窮している状態だと、貧困生活を改善する機会に対して冷静な判断をすることが難しく、現状を変える気力を生み出し維持することも困難となる。生活するために最低限の給付があることで、心に余裕ができ、現状を脱するために能動的に行動する原動力にもなり得る。
自由な働き方を選択できる人が増える
「生活のために長時間働かなくてはいけない」「本当にやりたい仕事では稼げないから諦めた」など、収入面の不安から自由に働き方や職種を選べない人も多い。ベーシックインカムの導入によって、希望した働き方で生きていけるようになれば、自己実現に向けて前向きな思考を持ちやすく、人生をより豊かにすることにもつながるかもしれない。また、自身の技術面の不足や収入の多さから過酷な労働環境を選ばざるを得なかった人も、収入面の安定によりリスクのある選択を取らずに済む可能性が高まる。
少子化問題の解消に繋がる
厚生労働省の発表によると、2023年の出生数(速報値)が前年比5.1%減の75万8,631人であるとし、8年連続の減少、過去最少の出生数となった。少子化が加速する大きな原因として、インフレによって生活資金や子どもの教育資金の捻出が困難になり、子どもをつくることを諦めたり、第2子以降の検討に踏み出せない夫婦が多くなることが考えられる。
ベーシックインカムの導入により、子育て資金形成のハードルは下がり、夫婦の望むライフプランが実現しやすくなる。また、生まれてくる子ども達にも安定的な収入があることも、一つの安心感につながる可能性もある。
緊急性のある有事に速やかに対応できる
2019年から世界的に流行したコロナ禍や、2024年の能登半島地震などの有事の際には、支援のスピードが求められる。そのような緊急事態の際に、支給金額の調整や支給方法の検討に時間がかかり、必要なときに必要な人にお金が行き渡らないという最悪の事態がしばしば発生する。ベーシックインカムの導入によって、常に一律の金額をすべての国民に支給すると決めている場合、支給を受けるための手続きを追加で行う必要がなくスムーズに対応できる。
ベーシックインカムを日本で導入するデメリットや問題点
ベーシックインカムの導入に多くのメリットがある反面、実現に向けての問題点と考えられるデメリットを4つ紹介する。
労働に対する意欲の低下
最低限の収入が確保されることによって、人によっては労働の必要性がなくなる。また、努力をしなくても生きていける安心感から競争心や向上心が生まれにくく、仕事の成果への関心が薄まり、最終的には経済成長の鈍化を招くことが懸念される。
財源確保のための増税
生活保護とは異なり、給付対象がすべての国民となるため、膨大な金額の財源確保が必要となる。仮に国民一人当たりの支給額を年金支給額と同等の月7万円に設定すると、概算で100兆円もの財源を確保しなくてはならない。この金額は日本全体の国家予算額に近い額であり、ベーシックインカム制度のためだけに用意するのは決して容易ではないだろう。財源を確保するためには他の予算から流用するか、さらなる増税の可能性が高まる。
支給額の設定が困難
あらゆる社会情勢を加味して支給額の決定をする必要があるが、急速なインフレ・物価高により国民の生活に関わる支出が変動的で、支給額の算出が困難を極めている。また、全国民が受給者となるため、最低限の生活を送るための支給額をどのように定義づけるのか算出方法から検討しなければならない。
自己責任の範囲が広がる
メリットに挙げた自由の可能性が広がることと表裏一体になるが、自由である反面、自己責任の範囲が広がり、人によってはかえって苦しく感じる可能性もある。政府が給付したあとは国民の責任とするのではなく、給付が十分に行き渡り、国民が給付を有効に使って困窮しない生活を送れているかサポートする役割も必要になるだろう。
世界のベーシックインカムの導入事例

世界全体を見ても、ベーシックインカムを本格的に導入できている国はない。しかし期間と対象者を限定し、社会実験としてベーシックインカムの導入・実走を行っている国はいくつかある。ここでは、その導入内容を紹介する。
フィンランド
フィンランドでは、2017年から2年間にわたって抽選で選んだ失業者2,000人に無条件で560ユーロ(約7万円)を支給し、その後の労働状況を調査するという実験を行った。
給付を受けた失業者は給付を与えなかったグループと比較すると労働日数が長くなったという結果が得られた。しかし調査期間内に他の労働支援政策が実施されたこともあって、労働状況が改善されたのが、ベーシックインカム給付によるものなのか労働支援政策によるものなのか不明瞭になってしまい、ベーシックインカムを正しく評価できる結果とはならなかった。
アメリカ
米カリフォルニア州北部のストックトン市では、市民125名を対象に毎月500ドル(約5万4,000円)を2年間支給する米国初の社会実験が実施された。この実験では、「18歳以上の市在住者で、世帯収入が中央値の4万6,033ドル(約497万円)以下」という条件を満たす市民から受給者を無作為に選出。
受給者のフルタイム就業率は大幅に改善され、また受給者の平均的な精神状態にも良い傾向が見られ、「軽度のメンタルヘルス障害」をもつ者が、1年後には「精神的に健康」な状態へと改善したという結果も得られた。
まとめ
すべての国民に対し無条件で給付されるベーシックインカムは、あらゆる理由で困窮状態を抜け出せない人々にメリットがある制度である。しかし、実行に移す場合には膨大な予算の捻出や既存の制度の変更などが大きな障壁となり、実現にはまだまだ議論と時間を要するだろう。
ベーシックインカムの基盤となる「権利としての給付」という考えは現行の社会保障制度でも考慮してもらいたい点ではあるが、どの程度の金額を受け取ることが国民の権利となるのか。これは、社会情勢や国ごと、家族構成などによって異なるため、定めることが非常に難しい。
ベーシックインカムの本格的な導入には、更なる検証が必要となるかもしれないが、過程にある議論を通じて、政府や自治体、私たち個人が生活を俯瞰して振り返り、最低限の生活とはなにか、そのために必要なお金はどれほどなのか、改めて考えることも有意義な機会となるのではないか。
【参考記事】
人類史におけるベーシック・インカムの意義|J-STAGE
ベーシックインカムの理念に基づく所得保障制度の漸進的改革の可能性 |内閣府
8割が利用できていない、不正受給率はごくわずか。生活保護について正しい理解を|日本財団ジャーナル
フィンランドにおける「ベーシックインカム」実験:概要と展望|山森亮
米国初のベーシックインカム実験に関する結果報告書が発表、その成果は…|PRESIDENT Online
関連記事
まだ表示できる投稿がありません。
新着記事









