環境レイシズムとは
環境レイシズムは、ある特定の人種やマイノリティの人々が、環境汚染などのリスクを不当に押し付けられている状況を指す。この用語は、1970年代に米国において、有色人種の人々に対する不平等な扱いに異議を唱える環境正義運動が始まった頃に生まれた。
レイシズムとは人種差別のことで、黒人差別や先住民差別がその例である。そういったマイノリティの人々は貧困層に属する場合が多く、住居地域の近くに化学工場や廃棄物処理場などの有害物質を排出する施設が置かれる傾向がある。
汚染源の近くで生活する人々は、がんや喘息など深刻な健康被害の発生率が平均よりもはるかに高い。環境レイシズムは、汚染物質などによる環境問題を、社会的に弱い立場の人々に不当に背負わせる差別のことである。
環境レイシズムの事例

人種差別などにより社会的・経済的に弱い立場にある人々が、環境問題のしわ寄せを被る環境レイシズムは、一つの国の中のみならず国家間でも存在している。
人種とは歴史的に作り出された社会的区分であり、人種の間には優劣の差があるという考え方に科学的根拠はない。生物学的にはヒトは同一の種で、DNAレベルでの人種分類には意味がないとするのが、遺伝科学では一般的な認識だ。
しかし、どこの地域でも差別意識を背景とした社会の仕組みや偏見によって、人権や文化を蔑ろにされる立場の人々が存在してきた。世界には多くの環境レイシズムの事例があるが、ここでは象徴的なものを紹介する。
汚染施設の建設
米国において、がんのリスクが最も高いとされる地域10カ所のうち、7カ所は黒人が圧倒的多数を占めるコミュニティの地域である。米国ルイジアナ州のデンカ株式会社の化学工場周辺もその一つだ。ルイジアナ州ニューオリンズからバトンルージュまでの140kmほどの地帯には、150以上の化学工場や製油所が点在し、がん回廊と呼ばれている。がんをはじめとする病気が通常ではありえないほど発生しているからである。
デンカの化学工場は、1969年以来有毒化学物質であるクロロプレンを大量に排出し続けてきた。米国環境保護庁の大気有害物質評価によると、工場周辺の大気汚染によるがん発症リスクは、同様の発がん性物質排出による全米平均の50倍近くに当たるとしている。米国環境保護庁は、工場からのクロロプレン排出量を削減し大気中の濃度を1㎥あたり0.2µg未満に抑えるよう奨励しているが、デンカはその毒性の調査結果に異議を唱えている。
このように、汚染産業の工場などは、その建設を阻止する政治的影響力を持たない貧困層や黒人の住む町の近くに建設されることが多い。
資源の採掘
米国の先住民は土地を奪われ保留地に押し込められたうえに、不利益を押し付けられてきた。その例は19世紀半ばに始まった米国のゴールドラッシュにさかのぼる。金を採掘するために先住民族は土地を奪われ、金の分離に使う水銀が川や湖を汚染したため、自然とともに生きてきた先住民の生活基盤は破壊された。
また、ウラン採掘による健康被害も深刻だ。米国のウラン鉱脈の8割が先住民保留地の周辺に集中しており、米国南西部のニューメキシコ、コロラド、アリゾナ、ユタの四つの州にまたがるフォーコーナーズ地域もウランの産地の一つだ。大企業によって行われる採掘に、先住民の人々はリスクを知らされずに従事し、さまざまな健康被害が発生した。放射能を含む残さや表土は、今も放置されたままとされている。
1979年には、ウラン精錬所から出た鉱さいを貯めていたダムが決壊し、コロラド川の支流に流れ込んだことにより、この川を水源としているナバホ族や家畜が被ばくした。汚染の除去は十分ではなく、放射線量が高い状態は続いている。鉱物資源の採掘による環境汚染は、周辺住民の健康被害を生むだけでなく、生活基盤や文化を奪ってしまう可能性もある。
この数カ月前に発生したスリーマイル島原発事故をメディアは連日報じたが、ダムの事故については何も報じられなかった。
廃棄物の輸出
本来、廃棄物は発生した場所で処分されるべきだが、実際には大量の廃棄物がアフリカ大陸に輸出されている。1980年代後半、特にアフリカにむけて有害な化学物質を含む廃棄物が輸出される問題が取り上げられた。環境に関する法規制が欧米で厳しくなり廃棄コストが上昇した結果、廃棄物を取り扱う事業者は貧困国に目を向け、収入源として提供したのである。
近年では、2018年に中国がプラスチックごみの受け入れを禁止してから、アフリカへの輸出量は4倍に膨れ上がった。多くのアフリカの国々が、プラスチックの規制に乗り出しているが、先進国からのプラスチック流入は止められていない。
また、衣料品の廃棄物も問題となっている。ガーナは、欧米・アジアから毎週約1500万点の古着が圧縮梱包の形で到着する世界最大の古着市場である。しかし、輸入された衣類のほぼ半分は、再利用されずに廃棄されるとのことだ。
大量の衣料品が廃棄される背景にあるのは、服を短いサイクルで大量生産し安い価格で提供するファストファッションである。アパレル産業により年間1,000〜1,500億点のアイテムが生産され、廃棄物量は年間千万トンにのぼり今後も増加するとされている。
ゴミ集積所にたまった廃棄衣類は、大雨や洪水により水路を通って海岸へと流出してしまう。アフリカ諸国は、経済成長とインフラ不足によって自国のごみ処理も追いつかない状況で、処理不足のごみの量は、2025年までに2010年比で2倍になるという予測もある。
国連環境計画の報告によると、プラスチック汚染により環境が悪化しているケースは、有色人種の人々が住んでいる傾向が高いことが明らかになっている。
日本の環境レイシズム

日本も環境レイシズムと無縁ではない。
北海道の先住民族であるアイヌ民族は、自然の恵みを享有し独自の文化を育んでいた。ところが、明治時代以降、和人(アイヌ以外の日本人)が大量に北海道へ入植し、生活基盤となる河川や森林などが改変され、アイヌ民族の生活や文化は大きな打撃を被った。さらに、アイヌ民族の聖地とされていた平取町二風谷地区において、国はダム建設を計画した。住民が反対訴訟を提起した裁判では、アイヌ民族の先住性が認められ、ダムは違憲であるとの判決を得たにも関わらずダムは施工されてしまった。
また、国内の米軍基地の約7割が集中する沖縄県では、軍用機などによる騒音問題、水質・土壌汚染問題、射爆撃演習による自然環境への影響が懸念されている。米軍基地からの河川や海域への油の流出など、突発的な事故がこれまで多発しているが、基地内への立入り制限のため事故調査は行えない状況にある。国際的に製造・使用が原則禁止とされているPFASが、河川や地下水から高濃度でたびたび検出されており、地域住民の健康や自然環境への悪影響が心配される。
国内においても、社会全体で公平に負担すべき不利益を、特定の地域や民族が負わされている事実があるのだ。
環境レイシズムの解決にむけて
環境レイシズムの解決には、すべての人が安心して暮らせる環境が保障されることが必要である。そのためには、環境から得られる利益と維持するためのコストが公正に分配されなくてはならない。
さらに、すべての人が必要な情報を得ることができ、意志決定の過程に平等に参加できることが重要だ。誰も排除されない社会を作るには、国内外を問わず文化の多様性や相手の立場を理解し承認し合うことも不可欠である。
具体的な方策の一つとして、法律や条約による規制や支援があげられる。バーゼル条約は、有害廃棄物によってもたらされる危険から、人の健康及び環境を保護することを目的として締結された。同条約には、輸入国・通過国への事前通告、同意取得の義務付け、非締約国との有害廃棄物の輸出入の禁止などが盛り込まれている。
また、カナダでは2024年に環境レイシズムと環境正義に関する国家戦略法が成立し、環境レイシズムの評価や防止、対処に向けた取組を推進する国家戦略が2年以内に策定される。法令の制定などによる社会システムの整備は、環境レイシズムの渦中にある人々の負担を軽減し、意志決定や発言の機会を後押しする力となるだろう。
まとめ
社会的弱者の立場にならない限り気が付かない不平等や不公平が存在し、私たちは誰でも無意識のうちに差別してしまっている可能性がある。
福島第一原子力発電所の事故は記憶に新しいが、甚大な放射能汚染の被害を受けたのは電力を使う首都圏の住民ではなく、電力を使わない発電所周辺の人々であった。基幹産業がなく経済的に苦しい地方の市町村が、米軍基地や放射性廃棄物の処分場、原子力発電所などを受け入れるのも環境レイシズムと無関係ではないだろう。
環境レイシズムへの社会的な認識を高め、多様性を受け入れる文化を醸成するためには、メディアや教育の役割も重要である。環境レイシズムの存在や多様な文化について知ることにより、一部の地域が負担を強いられてしまう現状が改善することを願う。
参考記事
日本と世界の気候正義を知ろう|The Climate Reality Project Japan
Waiting to Die: Toxic Emissions and Disease Near the Louisiana Denka/DuPont Plant|University Network for Human Rights
放置された放射能被害 アメリカのウラン鉱山開発に日本企業が出資|全日本民医連
“ごみの植民地主義” 廃プラスチック輸出、次の標的はアフリカ諸国|国際環境NGOグリーンピース
ファスト・ファッション業界の生み出す毎週1500万点の廃棄物がグローバルサウスを苦しめる|News Week 日本版
アイヌ民族の権利の保障を求める決議|日本弁護士連合会
基地環境問題の現状と課題|沖縄県
カナダ、環境レイシズムと環境正義に関する国家戦略法が成立|EICネット
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