情報難民とは
情報難民とは、必要な情報を得る手段やリテラシーが不足している人たちを指す言葉だ。
近年、インターネットは生活に欠かせないツールになっている。さまざまな情報取得や予約などに関して、ネットがなければできないことも多い。また、膨大な情報がネット上に上がっているため、情報リテラシーが低ければ、誤った情報に惑わされ、不利益を被ることになる。
ネットが欠かせず、情報過多な時代だからこそ、ネットリテラシーが高い人とそうでない人の情報格差が広がっているのだ。
情報難民に陥りやすい人々
情報難民は、ネットにアクセスすることに慣れていない高齢者が多い、とイメージしている人は少なくないだろう。実際、情報難民とされる人の多くは高齢者だ。しかし、高齢者でなくとも情報にアクセスしづらい人は存在する。
1 ネットに疎い高齢者
オンライン予約などに慣れていない高齢者は、ワクチン接種の予約など、必要な手続きをスムーズに行えず、不利益を被るケースがある。行政サービスのオンライン化が進む中、ネットに慣れていない高齢者は、適切なサービスから阻害されてしまう可能性もあるのだ。
2 言語の壁がある外国の人
日本で働く外国人労働者や観光客の中には、日本語の情報にアクセスすることが難しい人もいるため、災害時や緊急時に危険にさらされることがある。近年、インバウンド需要に応えるため、国をあげて英語や韓国語、中国語などでの情報を充実させようという動きはある。しかし、まだ十分とは言えないだろう。
3 経済的に情報にアクセスしづらい子供
相対的貧困に陥り、経済的に厳しい状況にある子どもたちが、オンラインの学習に参加できなかったり、リモートで開催される集まりに参加できなかったりした結果、周囲の子供達と格差が生まれる場合もある。情報にアクセスしづらくなった結果、受けられるはずの学習機会が奪われ、のちに、収入格差につながることも考えられる。
4 ネットリテラシー不足からの社会的に孤立してしまう人
十分なネットリテラシーを得られていない人は、ネット上に漂う無数の情報から、正しい情報と間違った情報を取捨選択することが難しくなる。これにより、特定の人種や民族に対してヘイト感情を煽るような投稿に影響を受けたり、非科学的な陰謀論を信じ込んだりするケースもある。間違った情報を信じ込んだ結果、周囲からの理解が得られず、社会的に孤立してしまう場合もあるのだ。
5 情報を得るのに障害がある人
視覚障害者など、情報を得るために身体的な障害がある人もいる。目が読めない、または本のページを捲ることができない人のために、音声メディアやオーディブルなどが発達してきてはいるが、目が見える人と見えない人では、まだまだアクセスできる情報に格差があることは否めない。
情報難民を減らすための対策
次に、情報難民を減らすためにできることを確認していこう。
1 情報リテラシー教育を普及する
情報難民が発生する原因の一つとして、ネットリテラシーを含む情報リテラシーを十分に得られていない人が多いことが挙げられる。
情報リテラシーとは、適切な情報を取捨選択し、効果的に活用する能力のことだ。ネットやSNSなどの情報は誰もが発信できるものであり、虚実が入り混じっていることは織り込み済みだ。しかし、インフルエンサーなど影響力がある人が発信する情報は、「これだけ多くの人が信じているのだから」と無批判に真実だと思い込んでしまいやすい。また、ゴシップや、週刊誌などの情報、PVが取れそうな過激に加工した情報などを、「ニュースで見た」イコール「真実」だと思い込む人もいる。
こういったさまざまなトラップを回避し、正しい情報を得るためのリテラシーは、現状、自ら進んで学ばなければ身につかない。情報難民を減らすためには、個人の自主性に任せるのではなく、学校や自治体などが積極的に学習機会を提供していく必要があるだろう。
2 情報のアクセスしやすさをテクノロジーでサポート
例えば、視覚障害者の人が簡単に情報にアクセスできるよう、音声ガイドやオーディブルなどを充実させるなど、テクノロジーで情報格差(デジタルデバイド)を是正することができる。
行政サービスや医療機関などで、AIなどを使って多言語対応を進めることができれば、外国人観光客や、外国人労働者にとって、より便利になるだろう。情報を多様な人々に公平に届けるためには、テクノロジーの活用が不可欠だ。
3 地域のコミュニティを強化する
地域の図書館や公民館で、人々が集える環境を整備すれば、地域住民が行政からの情報を見落とすことを防げる可能性がある。地域住民が情報を共有し合うことができれば、社会から孤立することも防げるだろう。
情報”難民”という言葉を使う問題点

次に、情報難民という言葉を使う際に懸念される問題点について指摘しておく。
難民という言葉は、そもそもは戦争や迫害、災害などで住んでいた土地を追われた人々を指す言葉だった。しかし、現在は、情報難民、ネットカフェ難民、ランチ難民など、難民という言葉が気軽に使われるようになった。
そもそもは命をも脅かされる非常に深刻な状況に置かれた人々の存在を可視化するために使われ始めた難民という言葉を、軽々と使うことで、難民問題の深刻さが矮小化される、という懸念がある。
情報難民は重要な社会問題であるが、情報難民の問題はリテラシー不足、情報不足であって、実際の難民が直面する命の危機ほど切迫した状況ではない。情報難民、ネットカフェ難民、ランチ難民などの言葉を実際に難民として命からがら母国から逃げてきた人の前で使えるのか、と問われるとYESと言える人は少ないだろう。
また、国際的な場においては、難民は人道支援が必要な文脈で語られるものであり、ほかの文脈で使うことで、誤解や反発が生まれる可能性もある。現在、総務省などの公の組織であっても「情報難民」という言葉を使用しているが、国際的な場所でこういったネーミングが問題になる可能性は十分にあるだろう。
以上のようなさまざまな懸念があるため、情報難民という言葉は使わない方が無難だと考えることもできる。情報難民ではなく、「情報アクセス困難者」など、新しい表現が広まることが望ましいだろう。
さいごに。誰も置き去りにされない社会を目指して
情報にアクセスすることが困難な人は、医療や行政サービス、災害情報、あるいは学習機会にアクセスすることが難しくなったり、社会的に孤立したりする可能性がある。
この問題を解決するためには、情報リテラシー教育やテクノロジーの活用、地域コミュニティの支援が不可欠だ。多様な人々が情報に平等にアクセスできるよう、個人、地域、社会全体での取り組みが重要だろう。
また、現状、情報へのアクセスが難しい人たちのことを「情報難民」と呼ぶことが一般化しているが、実際の難民ではない人を「難民」と呼ぶことに問題があることも認識しておくべきだろう。
参考サイト
情報難民ゼロプロジェクト|総務省
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