ラナ・プラザ崩壊事故とは 「エシカル」への注目を高めた”ダッカの悲劇”から学べること

ラナ・プラザ崩壊事故とは

「ラナ・プラザ崩壊事故(別名、ダッカ近郊ビル崩壊事故)」とは、2013年4月24日朝9時に、バングラデシュの首都ダッカから北西20kmにあるシャバールで、縫製工場、銀行、商店などが入っていた8階立ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊した事故のことである。約1,100人が死亡、2,500人以上が負傷し、過去最悪の労働災害となった。その5カ月前の2012年11月にも、ダッカ郊外の縫製工場で火災が発生し、112人の従業員が犠牲になったばかりだったこともあり、ラナ・プラザ崩壊事故には、世界中が注目した。

崩壊したラナ・プラザには、銀行や商店以外に欧米系の27のファッションブランドを対象とした5つの縫製工場が入っており、事故で犠牲になった人の多くは、縫製工場で働いていた若い女性たちであった。

ダッカ

この事故の原因は、すざんな安全管理だとされている。ラナ・プラザは政府の許可ではなく、地方自治体の許可により建設された。また、地方の権力者の独断により、元々建築許可が下りていた5つのフロアとは別に違法に3フロアを増築するなど、安全を無視した行為が繰り返されていた。

事故の前日には、ビルの3階にひび割れが発見され、銀行や商店は閉鎖されたため、縫製工場の労働者たちは翌日の出勤を拒否した。しかし、工場管理者は出勤を拒否する場合は罰を与えると脅したため、労働者たちは抵抗できず、出勤を余儀なくされた。そして翌日のラッシュアワーの時間帯に、工場内の機械やミシンなどの振動が引き金となり、ビルは崩壊した。安全を無視したことによって起きた悲劇であった。

事故後、このビルの所有者がコスト削減を優先したことにより、安全性・耐震性を無視した増築が行われていたことや、ビル内の縫製工場は「スウェットショップ(労働者を低賃金かつ劣悪な労働条件で働かせる工場)」であったことが判明。こうした内情は悲劇が起きるまで続き、事故の前日にビルの亀裂に気づきながらも従業員を避難させず、低賃金かつひどい労働環境で働かせ続けることになっていたのである。さらには労働組合の結成を認めないなど、労働者の人権を侵害していたことも明らかになった。

ファッション業界が抱える問題

ラナ・プラザ崩壊事故の背景には、ファッション業界、特にファストファッション業界が抱える3つの問題がある。

1つ目は、衣服を安く売るために大量生産をしていることだ。ファストファッション業界は競争が激しく、日々変動する顧客のニーズをいち早く察知もしくは先取りする必要がある。そのため、衣服1枚当たりの単価をできる限り安くして、流行りに敏感な顧客に頻繁に多くのアイテムを購入してもらう戦略を取っていることが多い。また、売り逃し(他店舗に在庫はあるが自店に在庫がないため、目の前の顧客に商品を販売できない状態)を防ぐためにも、大量生産が行われている。予想される需要の2倍以上の量を生産しているため、当然売り切れずに余ってしまう。だが、大量生産した商品の余剰在庫を倉庫で保管するよりも、廃棄するコストの方が低いため、大量に生産して余ったら捨てるという一連のサイクルができあがっているのだ。これが、消費者のもとへ一番安く衣服を届けることができる方法であるため、多くのファストファッションブランドはこのような大量生産を続けていた。

ファストファッション

2つ目は、大量消費と大量廃棄の問題である。ファストファッションブランドの台頭により、消費者は以前より気軽に衣服を購入しやすくなった。たとえば、日本の衣服業界では、1990年には服1枚の価格が6,846円だったが、2019年には3,202円にまで減少した。また環境省のデータによると、2023年時点での服の生産量は20年前の4倍に増加し、年間の1人あたりの衣服購入数は約18枚に達している。その一方で、1人当たり年間で約15枚の衣服を廃棄しており、消費量が増えるにつれ、廃棄量も増加していることが読み取れる。

3つ目は、衣服の生産現場における人権侵害の問題である。欧米のファストファッションブランドは自国ではなく、なるべく人件費が安い国で製造を行ってきた。しかし、委託先の製造現場では低賃金による過酷な労働や暴力がまかり通っており、人権侵害が横行していることが多い。ラナプラザ事故当時、最貧国の1つであったバングラデシュでは、繊維業界の平均月収わずか3900円ほどの低賃金で労働者を雇い、大量生産を行うことで製造大国として成長している最中であった。そのような状況の中、工場で働く若い女性たちに対し、管理者の男性たちによる強制労働や暴力が常態化していた。しかし、失業したら生きていけないため、生活のために女性たちは働かざるを得なかったのだ。

事故を通して、ファストファッション業界における安価な商品の大量生産、消費者の大量消費とそれに伴う大量廃棄、そして製造現場での人権侵害という3つの問題が浮き彫りになった。ラナプラザの悲劇は氷山の一角にすぎず、これを機にファッション業界における世界規模でのシステムの見直しや消費者の意識の変革が求められることになる。

ラナ・プラザの悲劇から学べること

ラナ・プラザ崩壊事故の悲劇を繰り返さないために、世界ではさまざまな取り組みが実施されている。

事故から1か月後には、欧米のファッションブランドや労働組合連合などが協力し「バングラデシュにおける火災および建物の安全性に関する協定」(以下、アコード)が策定され、安全管理に関するルールが定められた。アコードでは、事故の年から加盟工場1,600社を対象にした検査を行った結果、約13万件の違反が発見され、その約90%が修正された。2021年には、アコードに人権を尊重する取り組みを追加した新協定が発足し、140以上のグローバル企業が同意した。現在においても、バングラデシュの労働者の安全を確保する取り組みが継続的に行われている。

ファッションレボリューション

また、事故を通して「服を誰がどこで作っているのかわからない」という業界の不透明さが明らかになったことから、2014年から「ファッションレボリューションウィーク」と呼ばれる世界的なキャンペーンも始まった。このイベントを通して、普段身につけている洋服の生産過程や労働環境などの背景にも興味を持ち、業界の仕組みへの理解を深めることを目指す。毎年4月24日の週に開催され、現在100を超える国が参加しているこのイベントは、国の枠を超えて業界全体でエシカルな動きを強めることに一役買っている。

ラナ・プラザ崩壊事故がきっかけとなり、生産現場の劣悪な労働環境や、大量生産や廃棄による環境負荷などの課題が浮き彫りになったことで、現在は「ファストファッション」から「サステナブルファッション(生産、流通、着用、廃棄されるまでのライフサイクルにおいて、将来にわたり持続可能である取り組み)」への転換の時期に入っている。その一例として、EUでは売れ残った衣類の廃棄を禁止、またフランスでは、ファストファッショを規制する法律を制定するなど、本格的にファストファッションを見直す動きが広まっている。

今後、企業におけるサステナブルな衣服の製造や、エシカルな労働環境の整備は続いていくだろう。私たち消費者においては、服をただの消耗品と捉えるのではなく、1点1点がもつストーリーに興味をもつことで、より豊かにファッションを楽しむことができるのではないだろうか。

参考記事】
一般社団法人日本ノハム協会
「ラナ・プラザ」の悲劇から10年 1100人以上の命日当日に現場を訪れた日本人女性リポート|WWD
縫製工場での安全基準の今: 日系企業の取り組みと課題(バングラデシュ)|JETRO
アパレルの大量廃棄を減らすには? 人や環境に配慮した服が当たり前の社会をつくるEnter the E|BORDERLESS
バングラデシュ: ラナプラザ・ビル倒壊事故から2年、労働者の権利は否定されたまま|Human Rights Watch 
第75回 ラナプラザ事件と労働人権実現をめざす国際動向|NPO法人 働き方ASU-NET
Fashion Revolution

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