ヴァナキュラーとは?定義や注目される背景について解説

ヴァナキュラーとは

ヴァナキュラー(vernacular)は、日本語では「土着の」「その土地固有の」という意味で、ある特定の土地や共同体における言葉や文化、建築様式などを指す言葉である。その語源は、ラテン語で「土着の人」や「とある家で生まれた奴隷」を意味するvernaculumだ。そこから発展して、国際的に使われていた公用語および共通語であるラテン語に対し、その土地で固有の言葉のことをヴァナキュラーと呼ぶようになった。

その後、ヴァナキュラーは他の分野でも使用されるようになる。例えば、ヴァナキュラー建築というと、ある地域の風土に合わせた庶民的な建造物のことを指す。またヴァナキュラー文学は、ある民族や地域において口承されている伝説や言い伝えといった口承文学や、その土地の言葉でリアリティたっぷりに書かれた文学のことをいう。

もともと、先述のようにヴァナキュラーが意味する対象は言語であることが多く、単に「ヴァナキュラー」と言う場合は、「その土地固有の言葉」を指すことが一般的であった。しかし昨今の民俗研究分野においては、従来のフォークロア(民俗学、民間伝承の意)に代わる言葉としてヴァナキュラーが使用される場面も増えており、特に民俗学における新しい概念として注目されている。

フォーク、ネイティブとの違い

ヴァナキュラーと似た意味を持つ言葉に、「フォーク(Folk)」や「ネイティブ(native)」がある。フォークは「家族」「民族」といった意味があり、ある地域に暮らす集団や文化を指す言葉だ。また、ネイティブは「原住民」という意味が示す通り、最初からその土地で暮らしていた人々や文化、固有の動植物などのことを指す。

どの言葉も近しい意味を持つが、フォークやネイティブが特定の地域全般を示しているのに対し、ヴァナキュラーは「その土地の人々が日常的に話す言葉」という意味合いが強く、より日常生活に焦点があてられた言葉ということができる。

ヴァナキュラーが注目される背景

ヴァナキュラーが注目される背景

ヴァナキュラーは、グローバル化への対抗および批判の姿勢をとるものといえよう。そもそも民俗学というのは、18世紀にヨーロッパで誕生した新しい学問だ。非合理的なものを排除しようとする啓蒙思想が社会をリードしていく中で、ドイツの哲学者ヘルダーが啓蒙思想に異議を唱えたことを機に、民族の言葉や生活文化を改めて研究する風潮がおこった。

近代以降、現代までにグローバル化は急速に進み、その勢いは衰えることを知らない。様々な地域の人々と交流を図る多文化社会は、新たな価値観やビジネスチャンスを与えるというメリットがある。

しかし一方で、無駄を省いたデザインのビルや、全国もしくは全世界に展開されるチェーン店が立ち並ぶ街並みを見て、大都市はどこも同じような風景と揶揄されることも少なくない。また、テクノロジーの進化によって伝統文化や伝統技術は急激に減少しており、地元の工務店ではなく、大手ハウスメーカーによる外観や間取りが統一された家が並ぶ住宅街の光景は、もはや珍しくない。

さらに、私たちを取り巻く言語環境も大きく変化している。都市部への人口流出やインターネットの発展によって共通語に触れる機会が多くなり、特に若者の間で方言離れが進んでいるという。後述するように、日本国内においては現在8つの方言が消滅の危機にあるという。

こうした近代化によるメリットは当然あるものの、加速しつづけるグローバル化に疑問を抱き、ローカル回帰の重要性を訴える専門家たちも多数存在している。そして、2020年に新型コロナウイルス感染症によって移動を制限されたことで、一般市民の間でも改めて自分の住む地域を見直す動きが顕著になったのだ。

ヴァナキュラーが表すもの

さて、これまでヴァナキュラーの概要について述べてきたが、主に使用される言語分野と建築分野における特徴を、さらに詳しく見ていこう。

言語

言語

ヴァナキュラーにおける言語は、繰り返しになるが「ある地域で日常的に使われている言葉」を意味し、日本語の「方言」や「土語」と同義である。話し言葉だけではなく書き言葉で表されることもあり、ヴァナキュラー言語で書かれた文学は「ヴァナキュラー文学」と呼ばれている。

ヴァナキュラー文学とは、かつてのヨーロッパではラテン語以外の言語で書かれていたものを表していた。しかし時代が下った今では、文化や価値観、口承民話などが織り込まれ、その土地の人々のリアルな暮らしが描かれているものをヴァナキュラー文学という。

先述のように現代の言語事情は大きく変化し、世界に存在するヴァナキュラー言語は、その多くが消滅の危機に瀕している。日本だけでも、「極めて深刻」とされるアイヌ語をはじめ、八重山語、与那国語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語の8言語が消滅の危機にある。明治時代に北海道開拓によってアイヌ文化に規制がかかったことや、戦後の沖縄で標準語励行が推進されたことも理由の一つと考えられる。

現代において標準語が話せなければ劣等感を抱く原因ともなり、「田舎くさい」というイメージから方言で話すメリットはあまりないと考えられることも多い。しかし、方言はアイデンティティと密接に結びついており、感情を表現しやすく、親しみやすさも感じさせることができる。

ヴァナキュラー言語は生きる文化的な資料ともいえ、守ろうとする動きは世界各地で見られている。

建築

ヴァナキュラー建築は、ヴァナキュラーという概念が広がるきっかけともなった分野だ。産業革命によって近代化する中で、イギリスでは都市部の人口増加に伴い、劣悪な住宅が数多く建築された。これが問題視され、こうした劣悪な建築物のことをヴァナキュラー建築と呼ばれるようになったという。

ところが、機械で生産された安価な商品に対し、昔ながらの職人技術で生産された工芸品の価値を見直す「アーツ・アンド・クラフツ運動」が起こると、ヴァナキュラー建築の位置づけも大きく変化することとなった。地方の人々が、その地域の気候や風土に合わせて建築したものをヴァナキュラー建築と呼ぶようになったのである。そして、1964年に出版された『建築家なしの建築』(バードナー・ルドルフ著)の中でヴァナキュラーという言葉が使用されたことで、建築および芸術の分野で広く知られるようになった。

ヴァナキュラー建築は、アジアやアフリカ、オセアニアなどに住む民族において、天候や災害、立地条件など自らが経験したことの口承によって建築される建造物のこととされている。

デザイナーによって設計された都会的で洗練された建造物とは異なり、その土地で住むことだけを念頭に置いたヴァナキュラー建築には、各地域の特徴を表す文化的価値が宿っているといえるだろう。

ヴァナキュラーの今後

ヴァナキュラーの今後

これからの未来で、ヴァナキュラーはどんな位置づけになるだろうか。私たちは今、大きな時代の変化の渦中にいる。産業革命による社会の大変革では、急速に進められた近代化によって、公害、環境破壊、労働問題、人権侵害など数々の問題を生み出してしまった。

では、社会を前時代的に戻せばすべてが元通りになるのかといえば、決してそうではない。昨今の社会の動きは、グローバル化や近代化をますます加速させる勢と、それに対して疑問を呈する勢との二分化が目立つが、今後必要になるのは、そうした二元論的な考えではなく、伝統と近代化を融合させることではないだろうか。

そうした視点に立つとき、ヴァナキュラーは大きな役目を果たす。なぜならヴァナキュラーとは、単に伝統的なものを表す概念ではないからだ。

繰り返すように、ヴァナキュラーは「土着の」という意味がある。つまり、「その地域に合わせたものである」ということだ。これには、置かれた環境によって物事や対応を変化させていく柔軟さが含まれている。遙か昔からその地域に暮らす人々は、言い換えれば時代によって変化する気候や災害に対応してきたからこそ、住み続けられてきたのである。

ヴァナキュラーの考えを持つことで、これからの時代の変革に必要なアイデアが生まれてくるかもしれない。

参考サイト
ヴァナキュラー研究とは何か|立命館大学|安保寛尚
ヴァナキュラー文学の研究|立命館大学|ウェルズ恵子
結節点としてのヴァナキュラー概念 ―文化人類学と民俗学の対話可能性に向けた一試論―|東京都立大学人文学研究科|河野正治・塚原伸治・菅豊
消滅の危機にある言語・方言 | 文化庁
都会も地方も「似ている建物」で溢れている危機感 世界イチ住みたい街に携わる専門家の提言 | 街・住まい | 東洋経済オンライン
沖縄方言論争(おきなわほうげんろんそう)とは? 意味や使い方 |コトバンク

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