
環境難民とは
環境難民とは、自然災害や人為的要因によって居住地の環境が大規模に変化したために、生活基盤を失い移住を余儀なくされた人々のことを指す。
国際的条約である「難民の地位に関する1951年の条約(難民条約)」は、「難民」とは人種・宗教・国籍・政治的意見などの理由で、自国では迫害を受けるおそれがあるため、他国に逃れ国際的保護を必要とする人々としている。
条約が成立した1951年時点には「環境難民」という概念は存在しなかったが、近年では紛争や迫害のみならず、災害などが原因で移住を強いられる例が増えている。
世界には、居住地の環境が破壊され生活が成り立たなくなったことにより国内または国外へ移住を余儀なくされている環境難民が多く存在している。
環境難民の現状
2024年6月に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)本部が発表した年間統計報告書によると、紛争や迫害により故郷を追われた人の数は、2023年末時点で1億1,700万人に達した。この数字には国内避難民も含まれており、12年連続で増加し過去最高に達した。難民の中には、紛争と災害の両方の影響を受けている例もあり、環境難民も区別されずにこの数に含まれている。
一方、スイスにある国内避難民監視センター(IDMC)は、居住国内における避難民について要因別に集計している。IDMCの報告によると、2023年末時点において世界中で約7,600万人が紛争や災害により居住国内での避難生活を送っている。2023年に新たに避難や移動をした人のうち、自然災害による避難民は2,640万人にのぼる。この数は全体の56%を占め、紛争による避難民の数を上回った。
自然災害による避難民は2022年、2020年に次いで過去10年で3番目に多く、高所得国において増加していることも特徴的である。このように、難民全体の数も、災害による環境難民の数も近年増加傾向といえる。
環境難民が生まれる原因

環境難民が生まれる原因には、原発事故などの人的要因や洪水・干ばつ・山火事・砂漠化などの自然現象があげられる。
いずれにせよ、一つの原因から移住を強いられるというより、社会的要因などいくつかの要素が絡み合って環境難民になると考えられる。主な要因について、それぞれ下記に解説する。
原発事故
原子力発電所の事故は、放射性物質を大気中に放出し広く環境を汚染するため、多くの避難民を生み出してきた。
原子力発電は、ウランが核分裂する際に生じる熱を利用して発電し、核分裂後には放射性物質が生成される。放射性物質が発する放射線は、医療現場などでも利用されているが、一定量を超えて浴びることで、健康被害を引き起こす危険がある。
1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故では、周辺地域から合計11万6千人が避難し、4000k㎡以上の立ち入り禁止区域が設けられた。約40年経った今も、立ち入り禁止区域への出入りは厳しく制限されている。
2011年3月の東京電力福島第一原子力発電所の事故は、まだ記憶に新しい。事故直後には周辺の12の自治体に避難指示が発出され、2012年5月のピーク時には16万人以上が避難を余儀なくされた。2024年時点で避難者数は約2.6万人まで減少しているが、未だに多くの方が居住していた場所へ戻れない状況が続いている。
砂漠化
地球上の約40%を占める乾燥地帯において、許容限度を超えて過放牧・過伐採・過耕作などが行われ植生が減少すると、土地が劣化し砂漠化の要因となる。これらの人為的要因は、人口増加・市場経済の進展・貧困などが背景にある。
植生が失われた表土は、降雨など地表を流れる水によって広範囲に流され、次第に小さい溝ができ、V字型の深い沢になるまで拡大する。肥沃な土壌が失われるため土地が劣化し、植生の回復が困難となる。農業生産性が低下し耕作可能な面積が減少すれば、生活を支える基盤が失われてしまう。
土地の劣化は、特にモロッコ、ブルキナファソ、エチオピアなどアフリカ諸国で問題となっている。
異常気象
世界各地で起こっている異常気象は、生活基盤を破壊するような甚大な被害をもたらしている。下記は全て2023年に起きたものだ。
リビアでは大雨の影響で1万人以上が命を落とし、北東部の都市ベニナでは9月の月降水量が平年比の9倍を超えた。ソマリア・カメルーン・マダガスカル・マラウイなどでも、大雨や洪水、サイクロンなどによる大きな被害が発生した。
カナダでは森林火災により約18.5万k㎡が焼失し、1983年以降で最大の焼失面積を記録した。また、ハワイ・マウイ島で発生した山火事は、かつてのハワイ王国の都ラハイナの中心部を含む市街地を焼き尽くした。
ブラジルアマゾン川の流域では観測史上最悪の干ばつに見舞われ、魚が大量死したほか、漁業や水運、観光業などで生計を立てる60万人以上に深刻な影響が生じた。これらの異常気象は、地球温暖化にともなう気候危機との関係も否定できない。
気候変動
2021年に公表された世界銀行の報告書では、気候変動が原因で、2050年までに世界の6地域で2億1,600万人が国内移住を余儀なくされる恐れがあるとされている。
気候変動による水不足の深刻化や農作物生産性の低下、海面上昇により、国内移住が生じる地域が2030年にも現れ、2050年までに拡大・深刻化する可能性があるとのことだ。
その内訳は、サブサハラ・アフリカで8,600万人、東アジア・太平洋で4,900万人、南アジアで4,000万人、北アフリカで1,900万人、ラテンアメリカで1,700万人、東ヨーロッパ・中央アジアで500万人とされている。また、報告書では世界の温室効果ガス排出量を削減し対策をとることで、気候変動による移住の規模を60〜80%削減できると指摘している。
なお、気候変動による悪影響で避難を余儀なくされている環境難民を特に「気候難民」とする場合もある。
環境難民に対する支援

2018年に国連が採択した「安全で秩序ある規則的な移住に関するグローバルコンパクト」では、気候変動による悪影響、環境破壊が移住の要因の一つであることが明記された。
それまで、難民条約による従来の難民の定義に当てはまらない環境難民は、人権を守るための法制度などが十分ではないことが課題であった。グローバルコンパクトは、自然災害、気候変動による悪影響、環境の悪化による移民も対象とし、全ての移民の人権を尊重し保護するとしている。
目標 5: 正規移住への道筋の実現可能性と柔軟性を強化する
g) 突然発生した自然災害やその他の危険な状況により、自らの出身国を去らざるを得なくなった移民に対して、自らの出身国での対応や帰国が不可能である期間、人道的配慮によるビザ、民間による受け入れ支援、子どもが教育を受ける機会、臨時の就労許可などを提供することで、温情的、人道的またはその他の配慮から、入国を認め、必要な期間の滞在を許可する既存の国及び地域レベルの取り組みを発展させる。h) 砂漠化や土壌劣化、干ばつや海面上昇など徐々に発生する自然災害、気候変動による悪影響や自然環境の悪化のせいで自らの出身国を去らざるを得なくなった移民 のために、自らの出身国での対応や帰国が不可能である場合には、計画移転を行う、 査証の選択肢を検討するなど、解決策を確認し、対応を策定し強化する。
難民と災害・気候変動の影響により移動を強いられた人々に対する法的保護や、避難先・受け入れ先での支援を実施しているのが、国連機関であるUNHCRだ。
UNHCRは、自然災害の被害に遭った地域においてシェルターや援助物資の提供等を実施し、避難生活を強いられる人々の権利を保護している。また、難民キャンプの緑化、クリーンエネルギーの利用など、難民と受け入れコミュニティが気候変動に適応できるよう支援も行っている。さらに、気候変動と避難に直面する人々が、農業や林業、自然環境保護に関する職業訓練や自立支援など、自らの力で解決策を見出せるよう援助している。
このように、UNHCRはグローバルコンパクトという共通理解のもとで難民支援の主翼を担っている。なおUNHCRは、誤解を避けるために「環境難民」という表現を避けている。
日本による難民支援の現状
日本における2023年度の難民認定申請の処理数は8,184人であり、そのうち難民と認定されたのは289人であった。諸外国と比較して日本の難民認定数が極端に少ないことが、国際社会ではしばしば問題視されている。
このほか、出身国外で難民認定を受けた難民を先進国などに定住させる「第三国定住」と呼ばれる仕組みにより、日本政府は2024年4月までに累計約300人の難民を受け入れている。第三国定住難民として受け入れた難民には、自立した生活に向けて日本語教育、社会生活適応指導、職業紹介などが提供されている。さらに日本政府は、難民支援を担うUNHCRに対し、2023年には1億5100万米ドルを拠出しており、米国、欧州連合、ドイツに次ぐ4番目の拠出国でもある。
日本が受け入れている難民の数はいまだ少ないが、UNHCRを通して難民支援に間接的に貢献している側面もある。
まとめ
世界銀行の予測では、気候変動により2050年までに東アジア・太平洋地域でも4,900万人が国内移住を強いられるとされており、並行して国境を越える移動が問題となる可能性が高い。
難民の受け入れは国際社会全体で取り組むべき課題であり、日本もUNHCRに出資するだけでなく、今後は直接的な対応が求められていくだろう。
少子高齢化と労働力不足が問題となっている今日、難民の受け入れが日本にとってもメリットとなる可能性もある。後手に回らないよう、難民受け入れに関する議論を活発化させ、日本の支援の在り方を再検討すべき時にきているのではないだろうか。
参考記事
平成14年版環境白書|環境省
難民条約について|UNHCR Japan
IDMC報告 2023年に国内避難民が7,590万人を記録|IOM
数字で見る難民情勢(2023年)| UNHCR Japan
2023 年(令和 5 年)の 世界の主な異常気象・気象災害(速報)|気象庁
人々の暮らしと砂漠化対処|環境省自然環境
安全で秩序ある 正規の移住のための グローバル・コンパクト|IOM
気候変動と強制移動|UNHCR Japan
令和5年における難民認定者数等について | 出入国在留管理
第三国定住難民第15陣に対する定住支援プログラムの開始
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