ノブレスオブリージュとは?定義や生まれた背景、ビジネスで注目される理由について解説

ノブレスオブリージュとは?定義や生まれた背景、ビジネスで注目される理由について解説

ノブレスオブリージュとは

ノブレスオブリージュとは、フランス語で「高貴なものが果たすべき義務」を意味する言葉で、「nobless(高貴な)」と「oblige(義務を強制する)」を合わせた造語である。

海外、特に欧米において、大企業の経営者や大物アーティストなど、各界の有名人たちが率先して慈善活動を行う姿を目にすることが多い。この行動は、ノブレスオブリージュの概念に基づくものだ。チャリティやボランティアなどの活動は、社会的な地位が高い者が行うべき当然の義務として根付いていることを示している。

道徳観であるため、たとえ義務を果たさなくとも法的に罰せられることはない。しかし、欧米社会では、そうしなければ自分の利益ばかりを考える利己的な人間として判断され、社会的な批判の対象になることがあるのだ。

ノブレスオブリージュはヨーロッパの貴族階級で広まった考え方だが、現代社会のリーダーにも求められるものとして注目されている。

ノブレスオブリージュの歴史

ノブレスオブリージュという言葉自体は、19世紀のフランスで生まれた。1806年、フランスの政治家であるピエール=マルク=ガストン・ド・レヴィが記述し、1836年にオノレ・ド・バルザック著『谷間の百合』という小説の中で引用されたことをきっかけに、広く知れ渡るようになる。

特に貴族階級がいまも現存するイギリスでは特にこの考え方は根強く、第一次世界大戦時には貴族の子息たちが率先して戦地に赴き、第二次世界大戦ではエリザベス2世も従軍している。

一方、ノブレスオブリージュという言葉が生まれる前から、古代ローマにおいて、パトロン・クライアント関係が存在したり、貴族がインフラ整備にかかる費用を負担することがあったという。ヨーロッパは、古代より貴族制度をはじめとした階級社会であったことから、このような道徳観が形成されていったとされる。

その背景には、新約聖書(ルカによる福音書)に記された「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」という言葉があるという。これが、特にキリスト教圏の国で、今でも王族が率先して慈善活動を行っている理由の一つと考えられるだろう。

ビジネスで注目されるノブレスオブリージュ

ビジネスで注目されるノブレスオブリージュ

ノブレスオブリージュは、先述のように現代社会のリーダーにも求められる考え方だ。

経営者やマネジメントを行うリーダーたちには、当然ながら高い地位にいることに伴う責任も発生する。これをノブレスオブリージュに当てはめて考えると、「職権を与えられたリーダーには、会社や顧客に対して責任を負う義務がある」ということになるのだ。

ノブレスオブリージュとリーダーの「真摯さ」

オーストリアの経営学者ピーター・F・ドラッカーは、著書『マネジメント 基本と原則』の中でマネジメントに必要な素質のほか、「真摯さ(integrity)」について繰り返し述べている。この「真摯さ」という言葉には、リーダーとなる人は自分の地位や職権について十分理解し、会社や顧客と謙虚に向き合いながら、人として正しい意思決定を行うべきであるという意味が込められているのだ。

昨今、政治家の汚職事件、大企業や行政の不祥事が相次ぎ、大きな社会的な問題となっている。その記者会見において、リーダーが自己保身に走るような態度が見られることも少なくない。

こうした状況の中、先述したようなリーダーに求められる「真摯さ」は、ノブレスオブリージュの観念に通ずるものがあるだろう。

ノブレスオブリージュとCSR(企業の社会的責任)

またノブレスオブリージュは、CSR(企業の社会的責任)とも関連性が高い。CSRとは、「企業は利益を追求するとともに、社会に対して貢献する責任がある」という考えだ。企業が持つ影響力が大きいことから、地域社会への貢献をはじめ、環境や人権などの社会問題に対し、真面目で誠実に取り組むことが求められる風潮にある。

このCSRの理念に基づき、各団体への多額の寄付、ボランティア活動を実施、従業員の幸福水準の向上など、様々な取り組みを行う企業が増えている。これらの活動は、ソーシャルグッドという言葉でも表されることもあり、CSV活動の一環としても捉えられている。

「企業」というものは、良くも悪くも大きな影響力を持つ立場にある。そんな企業が社会に対する責任を果たすべきという考え方は、根本的にノブレスオブリージュと共通していることから、ビジネスでも注目される観念として広まりつつある。近年は、社会的責任や持続可能性を重視するゼブラ企業も続々と登場してきており、今後ますますノブレスオブリージュの概念の認知が拡大することが予想できる。

ノブレスオブリージュが日本で浸透しない理由

そうはいっても、ノブレスオブリージュが日本で浸透していると実感する人は少ないのではないだろうか。これには、日本における古くからの美徳が関係していると考えられる。

例えば、日本では様々な場面で「自己責任」という意識が浸透していることを強く感じるだろう。この考えは、言い換えれば困っている人や立場が低い人は「自分の努力が足りない」とみなされるものだ。

また、年長者や権力者の発言や考えを最優先し、下の者は声をあげることすら許されないという慣習も多く見られる。このような慣習は、自分の立場を利用して従わせる権力者を生むことに繋がってしまう。そうしたことから、日本では自身の会社に対して訴えかけたり、政治や行政に抗議をするという行動が少ない傾向にある。

また昨今では、ボランティア活動や社会貢献に関心を寄せる人々が増えたことから、慈善活動が大衆化したという一面もある。

これらによって、社会的地位の高い人々が、自分の立場について考えるきっかけが生まれにくいのかもしれない。

ノブレスオブリージュの実現のために

ノブレスオブリージュの実現のために

ノブレスオブリージュは、これからの日本にどのように根付かせていくべきだろうか。

今の時代に存在している社会的地位の高い人々の中で、自分の立場を理解し、その責任を果たそうとしている人はそれほど多くない。先述のように、昨今は大きな組織による不祥事が相次ぎ、コミュニケーションの問題が浮き彫りになってきていることからも明らかだ。

政治、経済、芸能など、社会に対して大きな影響力を持つ業界のリーダーたちにとって、長く根付いた価値観を一変することは難しいかもしれない。しかし、十年一昔というように、ノブレスオブリージュのような新しい価値観が入ってきていることもまた事実である。実際、様々な業界で次世代のリーダーに交代する時代になり、まさに今は過渡期にあるといえるだろう。

これからの時代に必要なことは、良いものは残し、悪いものは変えるという意識である。例えば「年長者を立てる」というもの、そもそも「敬おう」という気持ちから生まれたはずだ。その価値観は残しつつ、かつ上の者はその権威におごることなく、お互いに尊重しあうこと。一人ひとりが、そうした意識を持つことで、ノブレスオブリージュがだんだんと根付いていくのではないだろうか。

まとめ

欧米ではごく一般的な道徳観として浸透しているノブレスオブリージュ。日本でも、芸能人や有名企業が、災害時に被災地への寄付を行ったり、チャリティーイベントを行ったりする様子はよく見られるようになってきた。

とはいえ、ノブレスオブリージュという観念が、日本の社会で浸透するにはまだまだ時間がかかると考えられる。特に政治や行政、長く続く企業におけるリーダーたちの間には、権力を振りかざすような根強い価値観が浸透していることは否定できない。

しかしこれからの時代、社会に対して誠実な対応を行うリーダーは、ますます求められるようになるはずだ。そのようなリーダーを誕生させるために、ノブレスオブリージュの考え方は非常に重要なものとして認知されていくだろう。

Edited by k.fukuda

参考サイト

Noblesse Oblige|Learning to Give
CSR(企業の社会的責任)|島根いきいき広場

About the Writer
秋吉紗花

秋吉 紗花

大学では日本文学を専攻し、常々「人が善く生きるとは何か」について考えている。哲学、歴史を学ぶことが好き。食べることも大好きで、一次産業や食品ロス問題にも関心を持つ。さまざまな事例から、現代を生きるヒントを見出せるような記事を執筆していきたい。この人が書いた記事の一覧

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