アイデンティティ・クライシスとは?定義や具体的な例、克服する方法について解説

アイデンティティ・クライシスとは

アイデンティティ・クライシスは、自身のアイデンティティを喪失してしまった状態のことを指す。「クライシス」というのは「危機」「危険な状況」という意味の言葉であり、他に「アイデンティティの危機」という言い方がある。この言葉通り、アイデンティティ・クライシスは、個人において自己の認識が不明確になったり、混乱に陥ったりする状態を意味している。

そもそもアイデンティティというのは、日本語では「自我同一性」と訳される心理学用語だ。なお、後に「自己同一性」と呼ばれるようにもなっている。これは簡単にいうと、「自分が自分である」という認知、さらにその自分が社会や他人から認められていると認識することである。アイデンティティの例としては性別や国籍、民族、宗教、職業、所属する組織など様々だ。

アイデンティティの概念は、精神分析学者のE.H.エリクソンが提唱したもので、主に青年期における心理的な発達の課題としてよく知られている。12歳ごろから20代半ばまでの青年期の時期に、アイデンティティを確立することが重要になるが、その過程にある社会や他者との関わりの中で、「本当の自分とはどんなものなのだろうか」と考えることが多くなる。

そのうち本当の自分が分からなくなり、混乱することが多くなると、アイデンティティ・クライシスに陥ってしまうといわれている。

アイデンティティ・クライシスが引き起こすもの

アイデンティティ・クライシスに陥った場合の特徴として、以下のようなものがある。

  • 自己肯定感の低下
  • 価値観や信念などの再考
  • 目的や将来への迷いや見直し
  • 感情が不安定になり、調整が難しくなる
  • エネルギーや意欲の低下

絶望感や喪失感、焦燥感に苛まれたり、熱中していたことに対して急に興味がなくなるなど、明らかな変化を感じることがあるかもしれない。さらに悪化すると、目の前のことに集中できなくなったり、不眠や食欲の低下によって常にイライラするようになるといったことも考えられる。このように強いアイデンティティ・クライシスは、うつ状態や不安障害など心の健康問題も引き起こすこともあるため、注意が必要である。

アイデンティティ・クライシスの原因と具体的な状況

アイデンティティ・クライシスの原因と具体的な状況

エリクソンは、アイデンティティ・クライシスは主に青年期に起こると定義しているが、状況によって様々な年齢や立場の人に関連づけられることもあり、誰にでも起こりえるものといえるだろう。具体的に、どんなことがきっかけでアイデンティティ・クライシスが起きやすいのだろうか。

  • 転職や失業、退職など職場環境の変化
  • 結婚、出産などライフステージの変化
  • 引っ越し、移住など生活環境の変化
  • 体力の衰えや病気など身体的な変化
  • 大切な人の喪失
  • トラウマになるような事件や事故、災害

このように、いわゆる「人生の転機」と呼ばれる出来事の中で自己のゆらぎは起こりやすく、これらの要因が複数絡んでいることもある。具体的な状況として、例えば以下のようなものがある。

思春期

11歳前後から18歳ごろまで続く思春期は、まさにアイデンティティ・クライシスで定義づけられる年代である。思春期の葛藤は、誰にでも経験があるものだろう。この時期には、親と自分が違う人間であることを強く認識し、自立心が芽生える。急に親の存在を疎ましく感じてしまい、反抗期にひどい態度をとってしまったという人も少なくないだろう。

また、友人関係の悩みや進むべき学校や仕事など進路について考え始め、そこからだんだんと自分という存在や、生きる意味などを意識する時期だ。

吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』は、1937年に出版された本でありながら、このような思春期のアイデンティティ・クライシスを考える上で重要な指南書ともなる本として、令和でもベストセラーとなった。

ミドルエイジ(壮年期~中年期)

アイデンティティ・クライシスは青年期に起こりやすいものの、実際は30代後半から50代くらいのミドルエイジにも関係するといわれている。この年代は結婚や子どもの誕生など、特にライフステージに大きな変化が起こりやすい時期だ。また、仕事でもベテラン層と認識され始めたり管理職へ昇進したりするなど、職場の環境も大きく変化する頃とされている。

自分がこれから何かを始めるには遅すぎると感じたり、元気に働ける時間に限界があると感じたりするようになるのが、ミドルエイジのアイデンティティ・クライシスの特徴だ。このことからキャリアや将来の方向性を見直したり、これまでの仕事や人生における価値観に疑問を抱いたりと、様々な角度からの自己認識に苦しむ人も多い。

帰国子女

幼少期に外国で生活する帰国子女もアイデンティティ・クラシスに陥る可能性が高い。学校の種類など学習する環境にもよるが、基本的には日本人という意識を持ちながらも、長い時間を滞在国の文化の中で暮らしているため、無意識に現地の文化や慣習の影響を大きく受けている。

しかし日本に帰国したのち、土地や学校、環境に思い入れがない、友人や知り合いがいないなどの理由から、自分の居場所がないように思ってしまうことがある。一方で、長く過ごした外国のことも故郷のようには思えず、アイデンティティ・クライシスに苦しむケースもあるのだ。

産後の母親

子どもが生まれると、それまでの夫婦二人の生活から子ども中心の生活へと大幅に変化する。周囲の人から「○○ちゃんママ」「○○ちゃんパパ」と呼ばれることも多く、この時期に「自分の存在とは何なのか」と、これまでとのギャップに苦しむことがある。

子どもが最優先になるため、自分らしさを喪失したように感じたり、仕事で以前のようなパフォーマンスを発揮できないことで、自己肯定感の低下に繋がりやすい。まだまだ女性が家庭を守るものという認識が多い日本では、この産後のアイデンティティ・クライシスは女性に多い傾向にある。

アイデンティティ・クライシスを克服するには

アイデンティティ・クライシスを克服するには

アイデンティティ・クライシスに陥ったときは、以下のようなアプローチによって乗り越えることができるかもしれない。

自分の価値観を見直す

これまで持っていた価値観、信念、関心のある物事について、改めて考えてみよう。一つずつ丁寧に掘り下げていくと、自分でも無意識だった領域に到達することもある。そうして自己理解を深めていき、違和感があることが出てきたときには無視をせず、なぜそう思うのか、どう感じているのか、自分自身に正直に問うていくことが大切だ。

新しい経験をしてみる

自分の価値観を見直すことができたら、これまでの自分なら絶対に選択しなかったものを積極的に選んでみることも効果的だ。新しい経験や異なる環境での出来事は、それまでにない見方や価値観をもたらしてくれる。初めはそれを受け入れることは難しいかもしれないが、気付かなかった考えや感情を、自分の中に見つけることができるかもしれない。

未来を楽しいものとして考えてみる

いま現在の状況が苦しいと、未来に対する希望が持てなくなるかもしれない。アイデンティティ・クライシスに陥っている場合、自我が崩壊し、自分自身を信じられなくなっていることがあるため、特にその傾向があるだろう。そんなときは「将来」という漠然としたものではなく、「明日」や「一週間後」など少し先の未来が楽しくなるように意識してみよう。

サポートやコーチングをしてもらう

深刻なアイデンティティ・クライシスの渦中にあるときは、自分自身で向き合うことには限界がある。そんなときは、周囲の人や専門家にサポートをしてもらうことが一番効果的だろう。

他者との対話では、自分では見えない特徴や考え方の傾向などに気づかせてくれることが多々ある。特にカウンセリングやコーチングを受けた場合、適切な過程で自己理解を進めることが期待できる。

まとめ

長い人生の中では、転機は幾度も訪れるものだ。そのためアイデンティティ・クライシスは、誰にでも起こる可能性がある。混乱や不安の中にいると、出口の見えない暗闇にいるかのように思えるが、一方で自己理解や成長に繋がるものであることも心に留めておきたい。

アイデンティティ・クライシスは、これまでの自分を振り返り、ここから先の人生をどう再構築していくかを考えられるチャンスでもあるのだ。自分が何者か分からなくなったときには、一度深呼吸をし、時には周囲のサポートも受けながら、心の声に耳を傾けてみよう。

【参考サイト】
アイデンティティ危機における自分自身への違和感から|小沢一仁
アイデンティティって何?|川村学園女子大学
中年のアイデンティティ危機をキャリア発達に生かす|明治安田総合研究所
母親になりたての人がアイデンティティ・クライシスを克服する方法|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー

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