#7 小さなコンポストに大地の過去と未来が見えてくる
コンポスト生活のはじまり きっかけは些細なことだった。ベランダの片隅に役目を終えたプランターが土を入れたまま放置されていた。それなりに重さのある土を里山の菜園まで運ぶのは億劫だったし、プランターは資源ゴミに出せても、中の...

コンポスト生活のはじまり きっかけは些細なことだった。ベランダの片隅に役目を終えたプランターが土を入れたまま放置されていた。それなりに重さのある土を里山の菜園まで運ぶのは億劫だったし、プランターは資源ゴミに出せても、中の...

わたしが毎日食べているコメを育てている人たちのこと 三浦半島からフェリーで房総半島に渡るたびに近いなと感じる。乗船時間40分。体感的には東京よりも近い。 千葉県南房総市。一時期は毎週のように通って畑で汗を流していた。草む...

相模湾を漂うしらすたち いつも目の前に広がっている海――三浦半島の城ヶ島から伊豆半島にかけて広がる相模湾ではしらす漁が盛んだ。しらすとは生後20日から50日を経過した体長2~3センチほどのカタクチイワシの稚魚のこと。名前...

毎日のようにビーサンで浜辺を歩く。海は大切なことを教えてくれる。大切なことに気づかせてくれる。わたしたちが海から生まれてきた生命であることも、その海が育む生態系をわたしたちが破壊していることも。 海辺暮らしの副作用は、人...

農業が生物多様性を損失させている 里山の菜園が春の雑草に占領されてしまった。野菜作りは望まない草や虫との生存競争でもある。野生の草に栄養を奪われると生育不良になるし、虫に食われると病気に罹かることもあるからだ。 雑草対策...

産地で暮らすということ 三浦半島では春キャベツの収穫が最盛期を迎えている。陽射しの強さと夜露の冷たさの寒暖差で甘味の乗った春キャベツは断然生食がいい。朝採れの新鮮なものをがぶりと囓ったときのジューシーさはまるで果物のよう...

海辺の町で暮らして15年、夕暮れが訪れるたびにビーサンで浜辺を歩く。いにしえの海に思いを馳せる。1000年以上降り続いた雨によって生まれた原始の海はほんの少しの塩気しか持っていなかった。長い年月をかけて波が削り取った陸地...

三浦半島で暮らして、15年になる。 河津桜も散り、寒さの合間に初夏のような陽気の日も増えてきた。相模湾の向こうに見える富士山は深い雪に覆われているけれど、子安の里では陽射しに温められた土の中で春の目覚めが始まっているに違...