#24 気候変動時代の青春映画『大海のひとしずく』が共有したかったもの
「なんで脱炭素社会を実現したいなら石炭火力発電所は止めるべきだって言わなかった?」 環境審議会の後、わたしの中のもうひとりの僕が毒づいてきた。1986年の冬「あんな大人にはならない」と悔し涙を流した雨の夜からひとつの身体を共有してきた17歳の私だ。

「なんで脱炭素社会を実現したいなら石炭火力発電所は止めるべきだって言わなかった?」 環境審議会の後、わたしの中のもうひとりの僕が毒づいてきた。1986年の冬「あんな大人にはならない」と悔し涙を流した雨の夜からひとつの身体を共有してきた17歳の私だ。

わたしには身近な植生の名前を知らないというコンプレックスがある。多くの人は身近な植物や木々の名前を子どもの頃に長期記憶するものだと聞く。身近な情報をより好みすることなく吸収する、スポンジのような時期だ。自分が身近な植生の名前を知らない要因のひとつは、そういう時期を首都圏に造成されたマンモス団地で、自然に触れることなく通り過ぎてしまったことにあるのではないかと思っている。

1月の終わりには、もう桜が咲いていた。海沿いの陽だまりの下に咲く河津桜だ。花弁は淡いソメイヨシノよりも濃い桃色。寒さでほんのり染まった赤子の頬のようだ。そう、早春の桜といえども、暦はまだ1月なのだ。陽射しは強いものの、風は冷たい。冬の浜辺で焚き火に当たっているような肌感覚だ。

「やっぱり根本的に変えたいのは下水ですね」 天白さんが"もうひとつの顔"を見せたのは環境問題の解決に"政策"という言葉を用いたときだった。 「今、横須賀市では下水汚泥を乾燥して焼却処分しているんです。でも汚泥にはなくしちゃいけない成分もある。土壌や海を豊かにしてくれる成分もあるんです。だからその成分を焼却せずに自然に返したい」

真っ先に目に飛び込んできたのは、昔ながらの農家屋敷の庭先にはミスマッチな最新鋭の特装車だった。2トントラックの荷台部分を改装したオールステンレスの車内に調理台や冷蔵設備が完備されている。周囲が見渡す限りの田畑であることも相まって、江戸時代の里山にタイムスリップしてきた映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンのようでもあった。

年末年始はごみ集積所の山がいちだんと大きくなる。昭和生まれのわたしにとっては子どもの頃から見慣れた風景のひとつだ。当時暮らしていたマンモス団地では、ごみ置き場の扉を開けるたびに腐敗した生ごみの強烈な臭いがした。

三浦半島ではみかん狩りが終わると、休む間もなく七草の仕事が始まる。大根、キャベツとともに冬の市場を席巻する三浦産「春の七草」だ。

三浦半島では秋になると子安の里の路肩や河川敷などに「黄金の壁」が出現する。背高泡立草。その名の通り、背の高い泡立ちしたような黄金色の花穂をつける植物だ。

以前書いたように「雑草なんて草はないんだよ」と教えてくれたのは南房総で70年以上農業を営んできたおばあちゃん。人間は大地とともに生きてきたことを教えてくれた、わたしの恩師だ。