#18 伝統的な食文化を気候変動から守り抜くことはできるのか
三浦半島ではみかん狩りが終わると、休む間もなく七草の仕事が始まる。大根、キャベツとともに冬の市場を席巻する三浦産「春の七草」だ。

三浦半島ではみかん狩りが終わると、休む間もなく七草の仕事が始まる。大根、キャベツとともに冬の市場を席巻する三浦産「春の七草」だ。

三浦半島では秋になると子安の里の路肩や河川敷などに「黄金の壁」が出現する。背高泡立草。その名の通り、背の高い泡立ちしたような黄金色の花穂をつける植物だ。

以前書いたように「雑草なんて草はないんだよ」と教えてくれたのは南房総で70年以上農業を営んできたおばあちゃん。人間は大地とともに生きてきたことを教えてくれた、わたしの恩師だ。

酷暑の次に待っていたのは、熊被害だった。原因を作ったのは人間だ。かつては熊の生息地と都市の間に緩衝地帯としての里山があった。わたしたちはそこで木を伐採し建築資材やエネルギーとして利用していた。果樹や野菜を育てていた。

夏みかんが冬に色づくのを知ったのは三浦半島で暮らし始めてからだ。緑の実が晩秋に入った頃から、日中のあたたかな陽射しと日没後の寒暖差でゆっくりと色づいていく。メカニズムは紅葉と同じだ。光合成をするための緑(クロロフィル)が分解され、その下に存在していた黄色(カロテノイド)が表面化していく。

ずっと海を見ていた。15年間ずっと。だが、わたしが見ていたのは海の表面に過ぎなかったのかもしれない。穏やかな凪の下に広がる海の森で何が起きていたのか。毎日見ていたのに、わたしは森が消えゆくことに少しも気づけなかった。

太陽を遮るものなど何ひとつない棚田を大きな黒い影が覆った。見上げると夏雲が気持ちよさそうに流れていた。雲がくれた日陰の涼しさで汗を拭う。鈴虫が鳴いている。吹き抜けていく風はもう秋だったけれど、灼けつくような陽射しには気候変動を象徴するような熱波が色濃く残っていた。

2025年の夏も過去最高の暑さを記録したと報道されているが、三浦半島は去年よりも過ごしやすかった。東京よりも3℃から5℃涼しい。35℃を越えた日はなかったのではないだろうか。山の緑と冷たい親潮が流れ込むようになった海からの涼風に感謝しかない。

60年前に母が秋谷海岸を訪れていたと訊いたのは数年前のことだ。会社の同僚と保養所があった秋谷に泊まりがけで海水浴に来ていたという。当時まだ結婚もしていなかった母は60年後に同じ海岸を子や孫と散歩するなんて想像もしていなかったに違いない。