トレーサビリティとは?注目される背景や重視される理由、企業の活用事例などをご紹介

トレーサビリティとは

トレーサビリティとは、製品やサービスが原材料の調達から消費者に届くまでの全過程を追跡し、その情報を記録・管理するシステムである。英語の「trace(追跡する)」と「ability(能力)」を組み合わせた言葉で、日本語では「追跡可能性」と訳される。

一連の過程を記録・管理することで、安全性や品質の確保、リスク管理の強化、そして消費者との信頼関係構築にもつながる。特に食品産業においては、食品の安全性を確保し、万が一の問題発生時に迅速な対応を可能にするために重要視されている。

さらに、トレーサビリティは持続可能な開発目標(SDGs)とも密接に関連している。SDGsの目標12「つくる責任つかう責任」においては、製品の生産過程の透明性を高め、責任ある消費を促進することが求められている。トレーサビリティは、製品がどのように、どこで、誰によって作られたかを明らかにし、消費者が情報に基づいた選択をすることを支援する。これにより、企業はサプライチェーン全体での環境への影響を把握し、エシカルな生産活動を推進できる。

また、目標8「働きがいも経済成長も」では、適正な労働条件の下での生産が強調されており、トレーサビリティは労働者の権利保護にも通じる。例えば、児童労働や強制労働の排除に向けた取り組みが挙げられる。製品の生産過程が可視化されることで、企業が自社の利益だけを追求した労働力の確保を行うことを抑制できる。透明性を高めるこれらの活動は、企業の社会的責任(CSR)の一環として、またサステナブルなビジネスモデルの構築においても不可欠である。

トレーサビリティは、単に製品の追跡を可能にするだけでなく、社会全体の持続可能性に貢献する重要な役割を担っている。企業はトレーサビリティを通じて、透明性のある情報提供を行い、消費者はそれを基に信頼に値する製品を選択できるのだ。

サプライチェーンの透明性との違い

サプライチェーンの透明性は、製品の流通過程が見える化されることであり、消費者や関係者が情報を容易に入手できる状態を指す。トレーサビリティは個々の製品に対する具体的な情報提供であり、サプライチェーン全体におけるプロセスの開示を目的としたものではない。

両者は情報の可視化を共通の目的としながらも、トレーサビリティは「どこから来たか」を追跡し製品の原点と流通の詳細を特定することに焦点を当てている一方で、サプライチェーンの透明性はその情報を「どのように公開・共有するか」に注目する。

サーキュラーエコノミーとの違い

トレーサビリティは、製品の原点や流通経路を特定し、その情報を追跡・記録するシステムで、サーキュラーエコノミーは、資源の有効活用と廃棄物の削減を目指す経済モデルである。

両者は、持続可能な消費と生産に貢献する点で共通しているが、トレーサビリティは情報の透明性に重点を置き、消費者の責任ある選択を支援する。一方、サーキュラーエコノミーは廃棄物の削減と資源効率の向上を目指す。

トレーサビリティは「どこから来たか」を明らかにし、サーキュラーエコノミーは「どこへ行くか」を考える概念であると言える。

注目される背景

トレーサビリティが注目されるようになった背景には、消費者の安全意識の高まりが密接に関わっている。

特に2000年代に入り、牛肉のBSE(牛海綿状脳症)問題が世界的な衝撃を与え、食品の安全性に対する不安を一気に掻き立てた。消費者は、食べるものがどこでどのように生産されたのか、その過程が透明であることを強く求めるようになったのだ。

さらに、産地偽装事件が相次ぎ、信頼できる情報の提供が必要不可欠であるという認識が広がった。これらの事件は、食品の安全だけでなく、品質や倫理的な生産背景にも目を向けるきっかけとなり、トレーサビリティの重要性がクローズアップされる結果となった。

トレーサビリティにより、万が一の食品事故が発生した際にも、迅速に原因を特定し、対応することが可能になる。また、消費者は製品に添付された情報を通じて、生産者の顔が見える安心を得られるようになった。

このように、トレーサビリティは食品の安全性を保証するだけでなく、消費者と生産者の信頼関係を築く上でも極めて重要な役割を果たしている。現代社会において、トレーサビリティはもはや選択肢ではなく、必須の要件となっているのである。

トレーサビリティの種類

トレーサビリティの種類

トレーサビリティには主に2種類ある。「チェーントレーサビリティ」と「内部トレーサビリティ」が存在し、それぞれ目的や範囲が異なる。

チェーントレーサビリティ

チェーントレーサビリティとは、製品や原材料が供給チェーンを通じてどのような経路を辿ってきたかを追跡・記録するシステムのことである。これにより、消費者は購入した製品がどこでどのように生産されたかを知ることが可能になる。

また、万が一の食品安全事故や品質問題が発生した際に、迅速に原因を特定し、リコールなどの対応を行うことが可能となる。チェーントレーサビリティは、グローバル化が進む現代において、消費者の信頼を獲得し、企業のブランド価値を高める上で不可欠な要素となっている。

内部トレーサビリティ

内部トレーサビリティは、企業内部の製造プロセスにおける情報の追跡・管理を指す。具体的には、原材料の入荷から製品の出荷に至るまでの各工程で使用される材料や部品、製造日時、担当者などの詳細な情報を記録し、品質管理や生産効率の向上を図る。

内部トレーサビリティは、製品の安全性を保証し、生産性を高めるために、製造業を中心に重要視されている。また、内部トレーサビリティの徹底は、外部への情報開示と連携することで、チェーントレーサビリティの精度をさらに高める効果も期待できる。

トレーサビリティの効果

食品トレーサビリティ 出典:農林水産省

近年、トレーサビリティは多くの産業で重要視されるようになった。これは、消費者が購入する商品の出所や製造過程に対する関心が高まっているからである。食品安全は特に注目されており、食品の原材料がどこでどのように生産されたか、どのような処理を経て市場に出されたかを知ることは、安心して消費するために不可欠である。

また、グローバル化が進む中で、製品が世界中を移動し、多くの人の手を経て消費者の手に渡るようになったことも、トレーサビリティの重要性を高めている。例えば、ある製品がリコールされた場合、その製品の流通経路を追跡し、問題のある製品を迅速に特定し回収することが可能になる。

さらに、環境保護の観点からLCA(ライフサイクルアセスメント)が求められ始めたことからもわかるように、製品のライフサイクル全体を把握し、持続可能な資源利用が行われているかを確認することが重要視されている。トレーサビリティは、企業が社会的責任を果たし、信頼を築くための手段としても機能する。

このように、トレーサビリティは消費者の安全と信頼、環境保護、企業の社会的責任の観点において様々な効果を発揮する。

トレーサビリティの課題

トレーサビリティは、食品安全、製品の品質保証、供給チェーンの透明性など、多くの産業で重要な要素となっている。しかし、トレーサビリティにはいくつかの課題も存在する。

まず、データの収集と管理が大きな課題である。製品の生産から消費までの各段階で発生する情報を正確に、そして効率的に収集し、管理することは容易ではない。特に、多くの異なる関係者が関与する複雑な供給チェーンでは、情報の一貫性と完全性を保つことが難しい。

次に、プライバシーとセキュリティも重要な課題だ。トレーサビリティ情報は、企業の競争力に直接関わるため、その情報を適切に保護することが必要である。しかし、ひとたび情報を共有することで、その情報が不適切に利用されるリスクが生じる。

最後に、コスト負担も大きな課題である。トレーサビリティシステムの導入と運用には、技術的な投資や人的リソースが必要となり、これが特に中小企業にとっては大きな負担となる。

以上のように、トレーサビリティは多くの利点をもたらす一方で、運用に際して複数の課題を抱えている。これらの課題を解決することで、より効果的なトレーサビリティが実現可能となるだろう。

トレーサビリティの身近な例

トレーサビリティの具体例としては、食品業界での産地表示が挙げられる。消費者は、購入する野菜や果物に表示された産地を通じて、その食品がどこで栽培されたかを把握できる。これにより、安全な食品選びや地域経済の支援が可能となる。

また、医薬品の追跡システムもトレーサビリティの一例である。医薬品には特定のシリアル番号が付与されており、製造から流通、最終的な消費者への到達までを追跡することが可能だ。これにより、偽造や不正な流通を防ぎ、患者の安全を守ることにつながる。

さらに、電子機器における部品の追跡も重要である。各部品には固有の識別コードがあり、製造元や組み立てられた場所、使用された素材を知ることができる。これは、リサイクルや廃棄の際に、環境への影響を最小限に抑えるために役立つ。

このように、トレーサビリティは消費者が安心して商品を選ぶための重要な情報源であり、企業が品質管理を徹底し、社会的責任を果たすための基盤となっている。

トレーサビリティの活用事例

トレーサビリティは品質管理には欠かせないシステムとして多くの企業で取り入れられている。中でも、以下に紹介する事例では、トレーサビリティを活用することで、さらなる企業価値を生み出している。

ユニリーバ

ロンドンに本拠を構えるヘアケアメーカーとしても名高いユニリーバは、トレーサビリティの取り組みにおいても注目されている。同社は、サプライチェーン全体にわたる原材料の出所を明確にすることで、持続可能な調達を推進している。特に、パーム油や紙製品などの原材料に関しては、森林破壊のリスクを減らすために、調達先の農園や工場までを特定し、その情報を公開している。

また、ブロックチェーン技術を活用して、製品の原料がどのような経路を辿ってきたのかを消費者が追跡できるようにする取り組みも行っている。これにより、消費者は製品を購入する際に、環境や社会に配慮した選択が可能となる。

ユニリーバのこのような透明性の高いトレーサビリティ戦略は、企業の社会的責任を果たすと同時に、消費者の信頼を獲得する上で極めて有効である。

ネスレ

スイスに本社を置く飲料会社のネスレは、グローバルなサプライチェーン管理において、その透明性を高めるために独自の取り組みを展開している。特に、コーヒーやカカオなどの原材料調達において、生産者から消費者までの流通経路を明確にし、持続可能な農業支援を行っている点が特徴的である。

ネスレはブロックチェーン技術を活用し、製品の原料がどのような経路を辿ってきたかを追跡可能にしており、消費者はQRコードをスキャンするだけで、購入した製品の原産地や品質保証情報を手に入れられる。

このような取り組みにより、ネスレは消費者の信頼を獲得し、企業価値の向上にもつながっている。スタイリッシュなイノベーションと社会的責任を兼ね備えたネスレのトレーサビリティ戦略は、他業界にとっても模範となっているのである。

トヨタ自動車

トヨタ自動車は、品質管理と効率化を目指し、トレーサビリティの強化に注力している。その一環として、スイスのテクノロジー企業「Scandit」と協働の取り組みを始めた。

Scanditの提供するスマートフォンベースのバーコードスキャナー技術を活用し、部品の追跡と管理を行うシステムを導入。これにより、従来の専用ハードウェアに依存することなく、スマートフォンを用いてリアルタイムでのデータ収集が可能となった。

トヨタ自動車は、この技術を利用することで、製造ライン上の部品一つひとつの履歴を正確に把握し、万が一の品質問題発生時には迅速な原因究明と対応が行える体制を整えている。この取り組みは、自動車産業におけるトレーサビリティのモデルケースとして注目されているのである。

今後の動向

トレーサビリティの重要性が認識される中で、今後はさらに高度な技術の導入が期待されている。例えば、ブロックチェーン技術は、データの改ざんを防ぎ、すべての取引を透明にするため、トレーサビリティの向上に大いに貢献できるだろう。また、AIやビッグデータの活用により、膨大な情報を効率的に分析し、より精密な管理が可能となる。

トレーサビリティは単なる管理ツールではなく、企業の社会的責任を果たし、消費者との信頼関係を築くための重要な手段と位置づけられる。食品産業だけでなく、製造業やサービス業など、あらゆる業界でトレーサビリティの重要性が高まっている。企業は、このトレンドを理解し、適切なシステムを導入することで、持続可能なビジネスを実現し、社会に貢献できるだろう。

【参考記事】
自然の保護と再生|Unilever
ネスレ、児童労働のリスクに取り組み、農業従事者の収入を向上させ、 カカオの完全なトレーサビリティを実現するための革新的な計画を発表|ネスレ日本企業サイト
Scandit、トヨタ自動車に高性能スキャン技術を提供|スキャンディット

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