オーバーツーリズムとは?引き起こされる原因や影響、対策事例や政府による取り組みを解説

オーバーツーリズムとは 

オーバーツーリズムとは、観光客の急増により地元住民の生活や自然環境、街の景観に大きな負の影響を与え、観光客自身の満足度も大幅に低下させてしまう状況を指す。日本語で「観光公害」と呼ばれることもある。

この言葉は、旅行業界専門メディアを運営する米国のSkift社が2016年に初めて使用し、2018年には国連世界観光機関(UNWTO)が報告書で用いたことで、世界中に知れ渡った。オーバーツーリズムは、既に浮き彫りになっている問題を総称する言葉であるが、明確な定義や指標は存在しない。そのため、地元住民への影響や、観光客の満足度などでオーバーツーリズムの程度が判断される。サステナブルツーリズムを推進するにあたっても、この問題は民間一体となって取り組むべき課題である。

オーバーツーリズムの原因 

オーバーツーリズムの原因

オーバーツーリズムのおもな原因としては以下の3点が挙げられる。

中間層の拡大

原因の一つとして、中間層(国民所得の中央値の75%〜200%未満の所得の世帯)の拡大が挙げられる。世界最大の株式市場であるナスダックによると、2000年から2020年の20年間において、資産が1万ドルから10万ドルの中間層人口は5億700万人から17億人に増加したと報告されている。

収入の増加や生活水準の向上により、旅行やレジャーへの需要が高まり、経済的な理由でこれまで旅行が難しかった多くの人々が旅行を楽しめるようになった。その結果、人気観光地への旅行者数が増える一方、インフラやサービスが追いつかずにオーバーツーリズムが引き起こされる事態となっている。

SNSの普及 

SNSの普及もオーバーツーリズムの一因だ。インフルエンサーや観光業者、自治体などによって観光地の美しい写真や動画が世界中に共有されると、急速な拡散スピードで特定の観光スポットに注目が集まる。そして、SNSを見た多くの人々が「一度は訪れてみたい」と感じるようになり、訪れる人が増える。それに伴い、観光スポットに関する投稿の数も増加し、さらにSNSにて注目度が上がっていくのだ。その結果、これまでは注目度が低かった観光スポットにも観光客が殺到し、インフラや地域住民への負荷が大きくなり、オーバーツーリズムが発生する。

低価格で泊まれる民泊やホテルの増加 

オーバーツーリズムの原因としては、低価格で泊まれる民泊やホテルの増加も挙げられる。民泊サービスを展開するAirbnbによると、2022年に家族旅行でAirbnbを利用した人は2019年と比べると60%増加し、世界中で1,500万件を超えるチェックインが報告された。また、2023年第4四半期に世界で新たに掲載されたリスティング(ホストが貸し出す物件)は前年同期比で18%も増えた。

Airbnbのような低価格な宿泊施設が増加することで、旅行の費用面に対するハードルが下がる。すると、より多くの人が旅行するようになるため、観光地でのオーバーツーリズムが起きやすくなるのだ。

オーバーツーリズムが地域やビジネスに与える影響 

オーバーツーリズムの影響

ここでは、オーバーツーリズムが地域やビジネスに与える影響として以下3点を説明する。

住民への生活負荷 

オーバーツーリズムは、地元住民の居住エリアのすぐそばで起こることもあるため、生活に大きな負荷を与える。例えば、観光客の急増により公共交通機関が混雑したり、市街地の再開発によりコミュニティが失われたりすることもある。また、夜間の騒音やポイ捨てなども問題となっている。

これまでは住民の居住エリアと宿泊施設のあるエリアは分かれていることが多かったが、民泊の増加により観光客が住宅エリアに訪れるようになったためにこのような問題が引き起こされている。欧州では、民泊の増加や開発により家賃・地価が高騰し、住民が居住地を追い出されるジェントリフィケーションと呼ばれる現象が起きている。

観光客の満足度の低下 

オーバーツーリズムは、観光客の満足度を低下させる可能性もある。旅行者は有名観光地ほど高い期待感を抱いて訪れるため、渋滞や混雑、騒音などのトラブルに遭遇すると観光客の満足度は低下しやすい。また、混雑によってサービスの質が低下することで、観光地のブランド価値を下げてしまい、集客への悪影響を及ぼすリスクもあるのだ。

京都市の観光客対象アンケートにおいても「混雑」が最も多い不満要因として挙がっている。満足度低下を防ぐために、観光地のインフラやサービスの整備など適切な対応が求められる。

観光地のビジネスへの支障 

オーバーツーリズムは、観光地のビジネスに支障をきたすこともある。たとえば、最近では観光スポットにおける落書きや立ち入り禁止場所への侵入により、歴史的景観が崩れ、以前とは様子の変わってしまったスポットもある。

このような行為によって観光資源自体が損なわれるだけでなく、一部の悪い口コミによる風評被害も問題となっている。マナー違反をする観光客に対して悪い印象を抱く出来事があったり、旅行を通して小さなトラブルがあった場合、ネットの口コミを通じてその観光地に関するネガティブな情報が拡散されるケースがある。そのため、たった一人の行動でも観光地のビジネスに大きな影響をもたらすため、決して軽視できないのだ。

オーバーツーリズムの対策事例

ここでは、世界と日本におけるオーバーツーリズムの対策事例を紹介する。

バルセロナ(スペイン)

オーバーツーリズムの対策(バルセロナ)

バルセロナは、1992年のオリンピックをきっかけに観光地としての開発が進み、LCCやクルーズ船業界の成長により観光客が急増した。住宅地が旧市街やサグラダ・ファミリアなどの観光地に近く、民泊の急増によって住民の生活圏に観光客が流れ込んだことから、混雑や騒音問題が度々発生している。

バルセロナは対策として「観光用宿泊施設特別都市計画」を制定し、宿泊施設の地区別の立地規制を実施している。また、バルセロナのあるカタルーニャ州の観光税を地域ごとに変えることで、バルセロナに観光客が集中しないように対策を施す。このように、バルセロナは都市計画と経済的手段を用いることで、観光客の分散化に取り組んでいる。

鎌倉 (神奈川県)

オーバーツーリズムの対策事例(鎌倉)

鎌倉は、主要道路が限られるうえに道幅も狭いため、生活利用と観光利用道路が一体化し、慢性的な渋滞が発生している。また、居住エリアに江ノ島電鉄が隣接し、有名コミックの聖地が沿線にあることなどから、居住エリアに観光客が押し寄せているのだ。

鎌倉市は対策として「パークアンドライド制度」と呼ばれる、観光客に周辺の既定駐車場に車を止めてもらい、公共交通機関に乗り換えてもらう制度を導入し、渋滞を緩和している。さらに、食べ歩きや危険な場所での撮影などの迷惑行為を規制する条例を制定し、観光客のマナー向上を図っている。同市は交通環境の改善とマナー向上によりオーバーツーリズムの解決を目指している。

政府によるオーバーツーリズムに対する取り組み 

日本政府は、観光業界で需要回復に伴うオーバーツーリズムが多発した影響を受け、2023年10月に「オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策パッケージ」を決定した。対策パッケージでは、観光地における混雑やマナー違反の問題に対処し、都市部への観光客の集中を分散させるため、地方部への観光客誘致を推進することが重要視される。また、地域住民と協力しながら観光振興を図ることが、基本的なアプローチとなる。ここでは、対策パッケージの3つの軸に対する具体的な政策を説明する。

1. 観光客の集中による過度の混雑やマナー違反への対応 

パッケージを作る理由の一つにもなった観光客の集中による過度の混雑やマナー違反に対応するため、さまざまな対応を行う。具体的には、観光客が集中する路線バスから鉄道への分散を促進し、改札や通路の新設など鉄道駅の改良を支援する。また、歩行空間の拡大や交通結節点(交通手段の接続が行われる乗り換え拠点)の整備などの混雑対策が行われる予定だ。また、マナー違反の防止にあたっては、マナーを統一ピクトグラムにて表記し、世界的な旅行ガイド本への掲載によって周知活動を行う。私有地への侵入や文化財への落書きなどを抑止するためには、防犯カメラの設置を支援していく予定だ。

2. 地方部への誘客の推進 

対策パッケージの2つ目の軸として、地方部への誘客を推進している。都市部に集中する観光客を分散させるため、全国の11のモデル地域における高付加価値なインバウンド観光地づくりを実現し、地方部にある4つの国立公園の魅力向上とブランド化を図る。また、地方部の受入環境の整備として、空港業務にあたる人材の確保や施設整備への支援を行い、クルーズ船の地方寄港も促進させる。さらに、クルーズ船旅客の二次交通手段として小型船の利用を進めることで、地方部の観光地の魅力を高め、観光客の分散を目指す。

3. 地域住民と協働した観光振興

政府は、自治体や観光地域づくりに取り組む事業者が地域住民に積極的に働きかける取り組みを促進し、地域の関係者との協議に基づく計画の策定や実施を支援する。また、オーバーツーリズム対策パッケージを本格的に実施するため、対策の先駆モデルとして選出された全国20の地域にて、住民を含めた関係者と協力しながら包括的な支援を行う。さらに、他地域における優れた取り組みの横展開も支援する予定だ。

オーバーツーリズム対策としては「観光客の受け入れ」と「住民の生活の質の確保」の双方の視点から、地域自身があるべき姿を描き、その実情に応じた具体策を講じることが有効とされる。国はそれぞれの地域の実情に合わせて、総合的な支援を行う予定だ。

まとめ 

オーバーツーリズムは、観光客の急増により地元住民や自然環境に悪影響を及ぼし、観光客の満足度を低下させるだけでなく、周辺住民や地域ビジネスにもネガティブな影響を与えるリスクがある。

インバウンド消費の誘い込みを図る日本政府は、それに伴い発生するオーバーツーリズムという弊害に対して継続的にケアする必要があるだろう。旅行者にとっても、地域住民にとっても、旅行が「いいもの」であり続けられるように、観光地における「配慮」を常に念頭に置いておきたい。

【参考記事】
オーバーツーリズムを防ぐために|公益財団法人 東京観光財団・株式会社リクルート じゃらんリサーチセンター・台東区共同研究
求められる観光公害(オーバーツーリズム)への対応|日本総研
進化し領域を拡大する日本人の国内旅行|JTB総合研究所
Airbnbについてお知らせしたい10のこと|Airbnb
Airbnbジャパン田邉社長、インバウンド旅行動向を発表|観光経済新聞
World Reimagined: The Rise of the Global Middle Class|Nasdaq
観光客の分散化から考える今後の持続可能な観光について|交通経済研究所
第4章 Case2. 鎌倉市における検討|環境省
オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業|観光庁
高付加価値旅行者の誘客に向けて集中的な支援等を行うモデル観光地11地域を選定しました|観光庁
先駆モデル地域型 選定地域一覧|観光庁
観光立国推進閣僚会議の開催とオーバーツーリズム対策のとりまとめについて|環境省

関連記事


新着記事