緑を管理するのをやめる。都市に広がるリワイルディング
「森に足を踏み入れたとき、なぜかわくわくする」。そんな心の昂ぶりを、都市に招き入れようとする試みが、いま世界各地で広がっている。都市の緑を管理の対象から、共に生きるパートナーへ―—不完全で予測不能、だからこそ生命力に満ちた「リワイルディング」という営みは、私たちの心と社会をどのように変えていくのだろうか。

「森に足を踏み入れたとき、なぜかわくわくする」。そんな心の昂ぶりを、都市に招き入れようとする試みが、いま世界各地で広がっている。都市の緑を管理の対象から、共に生きるパートナーへ―—不完全で予測不能、だからこそ生命力に満ちた「リワイルディング」という営みは、私たちの心と社会をどのように変えていくのだろうか。

自国の歴史が否定されると、なぜこれほど腹が立つのか。守ろうとしているのは「過去の事実」なのか、それとも「自分自身のアイデンティティ」なのか。数字の不確かさ、論理の裏側を見てきたシリーズ完結編。歴史を武器にしてしまう心理と、その先にある対話の可能性を考える。

約4人に1人が移民であるカナダの学校では、英語を母語としない子どもや、異なる宗教的背景を持つ子どもたちが同じ教室で学んでいる。多様性を前提としたカナダの教育現場で重視されているのが「公平」という考え方だ。本記事では、カナダの教育制度を通じて、理想と現実の両面から、多文化社会における教育の在り方を探っていく。

フィンランドは、障害がある子もない子も同じ場所で学ぶ「インクルーシブ教育」を教育制度の根幹に据えている特徴的なのは、特別な支援を通常学級から切り離さず、早期の対応を徹底する「3段階支援」という制度だ。本記事では、診断を待たずに支援を開始する柔軟な仕組みと、教師個人に負担が集中しない学校のあり方について深掘りする。

「あなたがたがそこに来たから、私たちはここにいる」。英国の移民論争を揺さぶる、たった一文のスローガンがある。この言葉は慈悲を求める懇願ではない。植民地支配という歴史的負債の精算を迫る、正当な請求書なのだ。移民問題の見え方が変わる、その論理構造を見ていこう。

「犠牲者〇〇万人」。ニュースで目にする巨大な数字は、どこから来るのか。歴史の数字には、何を犠牲と数えるかという「基準」が埋め込まれている。イギリスによるインド植民地支配と日中戦争を例に、計算式のレトリックを読み解いていく。数字の「客観性」を疑うことで、歴史との対話は変わっていくだろう。

春は浅瀬に広がる海の森(藻場)がもっとも繁茂する季節だ。魚たちの多くが海藻や海草の近くで産卵し、ふ化した多くの稚魚が葉陰に身を隠して成長する。顕微鏡でしか見ることのできないプランクトンも無数に息づいている。マクロな視点では見ることのできないミクロの世界が広がっている。海藻や海草が作り出す海の森は多様な生態系が存在する小さな生き物たちの宇宙だ。

今日本では、これまでの政策決定のあり方と、それを前提とした社会システムに画期的な変化をもたらしたとされるウェールズの未来世代法を参考に、国会の将来世代委員会設置に向けた法案準備が進んでいる。未来世代法とはどういうものか、取り組むことで日本の未来はどう変わるのだろうか。

社会問題として広く知られている、世代間不均衡。これを是正し、持続可能な未来社会を実現しようという動きが強まっている。同時に、実現に必要な新たな制度的枠組みとして、未来世代法が世界的に注目を集めている。新たな枠組みはなぜ必要なのか、未来世代法とはどういうものか、世界の動きと併せて考察する。