医療をDXで設計し直す。デンマークの事例に学ぶ持続可能性

高齢化や担い手不足により、医療の安定的な提供はますます難しくなる中、デンマークではデジタル技術で「効率化」するだけでなく、医療そのものを設計し直そうとしてきた。同国では医療DXを現場に実装することで、負担を分散し、質を保ちながら医療を続ける仕組みを築いてきた。デンマークの事例から、持続可能な医療のヒントを探る。

医療はなぜ限界を迎えているのか

現代医療が直面している課題は、一時的なリソース不足ではなく、時代の変化に伴う構造的な不一致である。

第一に、高齢化と慢性疾患の拡大だ。かつての医療の中心は感染症や外傷の「完治」であったが、現在は糖尿病や認知症など、長期的な「管理・支援」を要する疾患が増加している。需要が膨らむ一方で、従来の対面・治療中心モデルでは対応しきれないのが現実だ。

第二に、医療従事者不足である。医師や看護師が足りないだけでなく、医療情報が分断されていることも現場の疲弊を招いている。病院ごとに異なるカルテ、重複する検査、繰り返される説明。これらが現場の事務的負担を増大させ、本来注力すべき患者との対話や、高度な医療処置に時間を割けない状況が続いている。

第三に、病院中心モデルの限界だ。「体調が悪くなれば病院へ行く」という対面前提の仕組みは、移動や待ち時間の負担を強いるだけでなく、特定の医療機関への集中を招く。社会のあらゆるサービスがオンライン化する中、医療だけが物理的空間に縛られ続けていることが、サービス全体の硬直化とコスト増を招いている。


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デンマークは医療をどう再設計したのか

デンマークは20年以上前から、国家規模で医療のトランスフォーメーションを進めてきた。その核心は、データの統合と役割の明確化にある。

分断を解消する全国共通のデジタル基盤

デンマークでは2003年より、国民向け医療ポータル「Sundhed.dk」は、国・地域・自治体が一体となって構築した共通プラットフォームだ。ここでは、病院、薬局、検査機関に分散するデータをリアルタイムで統合表示できる。医師は患者の病歴、処方薬、検査結果に即時アクセスでき、救急時の迅速な判断や重複検査の排除を実現している。

また、患者自身もデータを閲覧でき、臓器提供の意思表示や治療に関する事前指示書の登録も可能だ。自らの健康情報を一元的に把握できる仕組みは、患者と医師の関係をより対等かつ透明性の高いものへと変え、医療の質を底上げしている。

オンライン前提の「デジタル・ファースト」なプロセス

デンマークの成功は、従来業務にデジタルを付け足すのではなく、デジタルを前提に再設計した点にある。

国民はまず地域のGP(General Practitioner/開業家庭医)に連絡する。電話やオンライン診断が標準化されており、対面診療が必要な場合のみ予約が取れる仕組みだ。これにより、大型病院への安易な受診(フリーアクセスによる混雑)が抑制されている。

慢性疾患患者にはウェアラブルデバイスや測定器が提供され、「異常がない限り、病院には行かない」というライフスタイルが定着した。

日常的なケアはGPや地域クリニックに分散させ、高度な手術や治療は大規模病院(スーパーホスピタル)が担う。この役割分担が、限られた医療資源を効率的に配置することを可能にした。

「現場で使われ続けること」を最優先にする評価軸

どれほど高度なシステムでも、現場が使われなければ形骸化する。デンマークでは技術の先進性よりも、「現場のワークフローに馴染むか」ユーザー中心設計(UCD)を徹底した。

新しいデジタルツールを設計する際は、プロジェクトの初期段階から、現役の医師、看護師、事務スタッフが開発チームの一員として関与する。実際の診察の流れ、処置中の手の動き、さらには緊急時に「どのボタンなら押し間違えないか」といった具体的な動作レベルまで、医療従事者の視点が設計に反映される。開発者と利用者の境界線をなくす「共同創造(Co-creation)」こそが、現場に拒絶されないシステムを生み出す基盤となった。

さらに、完成度を高めてから導入するのではなく、最小限の機能を持つプロトタイプを現場に投入し、数週間単位で改善を重ねるアジャイル型のプロセスを採用した。「ここが使いにくい」という声が即座に画面構成や操作フローへ反映されることで、システムは現場とともに進化していった。“共に育てる道具”として受け止められたことが、デジタルツールの定着につながったのだ。


ジェロントロジーとは

DXが支える「無理をしない医療」

デンマークの成功の本質は、テクノロジーそのものよりも、その導入の作法と思想にある。

ただデジタル技術やAIを導入するのではなく、法制度の整備と社会的な合意形成に時間をかけた。「誰がどのデータにアクセスできるのか」「責任の所在はどこか」というルールを明確にし、デジタル化を「負担を減らし、命を守るためのインフラ」であるという共通認識を醸成した。

また、一気に刷新するのではなく、特定の地域・疾患から着手し、小さな成功事例を積み上げた。「デジタルのおかげで患者と向き合えるようになった」「デジタルによって待ち時間が軽減された」と現場が実感することで、変化への抵抗が信頼へと変わっていった。

自治体の福祉サービス、介護、そして家庭を、デジタルによって医療とシームレスに接続した。これにより、医療従事者だけにすべての責任と負担を背負わせない、社会全体で健康を支えるエコシステムが構築された。

日本もまた「2040年問題」を目前に控え、高齢者人口のピークと現役世代の急減という深刻な課題に直面している。従来の病院中心の医療モデルの延長線上に、持続可能性は見出しにくい。

デンマークの事例は、国民・医療者・行政の役割分担を再構築することが、医療DXの本質であることを示唆している。医療を持続可能なものへ転換するために、社会全体を視野に入れた再設計という発想が、いま世界で模索され始めている。

Edited by k.fukuda

参考サイト

sundhed.dk
デンマークの医療制度 | 在デンマーク日本国大使館
デンマークにおける医療DX | 日医on-line
デンマークの革新的な健康情報ポータル ~一元化された情報管理から日本が学べること~ | 柏村 祐 | 第一生命経済研究所
新たな地域医療構想を通じて目指すべき医療について|厚生労働省

About the Writer
小島奈波

夢野 なな

ライター、イラストレーター。芸術大学美術学科卒業。消費が多く騒々しい家族に翻弄されながらも、動植物と共存する生き方と精神的な豊かさを模索中。猫と海、本が好き。神奈川県の海に近い自然豊かな田舎で暮らす。創作に浸る時間が幸せ。
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