
「都市の富裕層化」とも呼ばれるジェントリフィケーション。世界の大都市から東京都心や再開発エリアまで、高所得者の流入によって地価が上昇し、所得によって住まいの選択肢が大きく左右される状況が広がっている。本記事では、オーストリア・ウィーンの住宅政策を手がかりに、誰もが住み続けられる持続可能なまちづくりのヒントを探る。
ジェントリフィケーションはなぜ起きるのか?

ジェントリフィケーションとは、主に先進国の都市開発に伴い、地域の人口構成が変化する現象である。低所得層が多く居住していた地域で再開発や投資が進み、中・高所得者層が流入し、居住環境が大きく変化する状態を指す。富裕層の流入は地価の上昇をもたらし、経済の活性化につながるとされる。行政の税収増加によってインフラが改善され、市民の生活水準が向上する。さらに商業施設の増加や街の美化が進むことで、都市環境が向上し、治安が改善されるなどのケースもある。
こうしたポジティブな変化は、所得水準の上昇とともに多くのメリットをもたらすとされている。一方で、大きな問題点として指摘されているのが、古くから住む人々の「立ち退き」である。
再開発や高所得者層向けサービスの増加に伴って家賃や生活費が高騰すれば、経済的な理由で住み続けることが困難になる人々が生じる。結果として、古くからの住民が、より安価で条件の厳しい地域への転居を余儀なくされる。最悪の場合には居住先を確保できないこともある。その土地で長年育まれてきたコミュニティや多様性が失われる恐れがあるのだ。
ジェントリフィケーションは、もともとはイギリスで提唱されたものだが、現在では世界各地の都市で見られる現象となっている。不動産が投資対象として扱われる傾向が強まるなか、昨今の資材価格の高騰や海外資金の流入などの影響も重なり、国内の住宅価格が上昇している。
とくに東京では、都心のほか「100年に1度」ともいわれる再開発エリアでその傾向が強く、一般的な給与所得層にとって居住のハードルが高くなっている。日本総研の調査によると、東京23区内のマンション平均価格はコロナ禍前の約2倍に達し、都心部と郊外の価格差が拡大。家賃も上昇し、とりわけ都心のファミリー向けの物件は高額化している。(*1)
住まいは生活の基盤であるにもかかわらず、「都心に住み続ける」という選択肢が限られた層のものになりつつある。都市を市場任せにすることは、このような“社会の分断”を引き起こすことにつながってしまうのだ。
ウィーンの住宅政策がつくった「住み続けられる構造」

このような国内の現状を踏まえ、長期的に“住み続けられる都市像”の一つのモデルケースとして、オーストリアの首都・ウィーンの事例を紹介したい。
同市は、世界でも有数の「住みやすい都市」として知られている。その背景には、100年以上にわたり積み重ねられてきた独自の住宅政策が背景にある。
1918年、ハプスブルク君主制の崩壊に伴い、多くの領地が第一共和国やウィーン市へと引き継がれた。その後、社会主義政権下で「赤いウィーン」と呼ばれる都市改革が行われ、労働者の住宅不足を解消するための市営集合住宅の建設が本格化した。この時期に築かれた住宅政策の基盤が、現在のウィーンの都市像に大きな影響を与えているとされる。
そして戦後には、「ウィーンモデル」と呼ばれる制度が確立された。住宅を単なる市場の商品ではなく、誰もが保障されるべき生活基盤と捉え、公的支援による高品質で手頃な住宅の供給を継続している。
ウィーン全世帯の約半数以上が、公的な補助を受けて建設・改修された市営住宅や、非営利の協同組合住宅に居住している。市の住宅制度は市場から隔離されているため、賃貸価格はインフレ市場価格ではなく、法律で定められた費用や料金に基づいて設定されている。
この街では住宅を「社会インフラ」と位置づけてきた結果、所得によって発生する“居住の分断”が生じにくい構造が形成されている。
さらに、公的住宅は中間層まで広く対象としており、混合所得型のコミュニティなどが維持されている。これにより、公営住宅への偏見が生じにくく、多様な住民が共存する都市環境が保たれている。地価上昇や家賃の高騰の影響を受けにくいため、住民が不本意に立ち退かされることも少ない。
ただし、このウィーンの住宅政策は、ジェントリフィケーションを抑制することを目的に設計されたわけではない。ウィーンの長い歴史のなかで、住宅を市場から一定程度切り離し、基本的人権であり社会基盤として整備してきた結果、住民が長く住み続けられる都市構造が自然に形成されていったのである。
住宅を社会インフラとして再定義する

日本で暮らす私たちが、ウィーンのユニークな住宅政策から学べること。それは、住宅を「市場商品」から「公共基盤」へと捉え直すことではないだろうか。
不動産の金融化や投資マネーの流入によって生じるジェントリフィケーションは、地価や家賃の高騰で都市機能が向上するというメリットとは裏腹に、住民の立ち退きや地域コミュニティの喪失といったデメリットをもたらす。
生活の土台である住まいが安心して確保され、社会的立場や属性に関係なく住む場所を選ぶ選択肢が用意される――ウィーンの事例は、住宅を不安定な「市場商品」としてではなく、生活基盤である「社会インフラ」として再定義することの意義を教えてくれている。
誰もが平等に長く住み続けられる都市をつくるためには、短期的な規制だけでなく、社会情勢や市場に惑わされない公的支援を含めた、長期的な構造設計が不可欠である。
多様な人たちが安心して暮らせる都市設計を目指す。そのためには、“住宅のあり方”を見直していくことが、「持続可能なまちづくり」を進める鍵となるだろう。
Edited by k.fukuda
注解・参考サイト
注解
*1 東京に迫る「ジェントリフィケーション」問題|日本総研
参考サイト
What Are Gentrification and Displacement|Urban Displacement Project
Housing shortages – what works and what doesn’t|SWI swissinfo.ch
Social Housing policy in Vienna|IBA Wien
ウィーンの都市構造と住宅政策 野田 裕康|J-Stage
























ともちん
大学で英文学を学び、小売・教育・製造業界を経てフリーライターに。留学や欧州ひとり旅を通じて「丁寧な暮らし」と「日本文化の価値」に触れ、その魅力を再認識。旅や地方創生、芸術、ライフスタイル分野に興味あり。言葉を通して、自尊心と幸福感を育めるような社会の実現に貢献することを目指している。
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