「選べなかった」を生まないために。体験格差への取り組み事例

「将来何になりたい?」という質問に、首をかしげる子どもがいる。想像力がないわけでも、夢がないわけでもない。どんな職業があるかを知らないからだ。知らないものは、選べない。そして、選べなかった経験は、やがて「自分には無理だ」という感覚に変わっていく。

生まれた家庭や環境によって、子どもが出会える体験の幅は大きく変わる。習い事や旅行など、学校の外での体験が、家庭によって異なる現実がある。それが、体験格差と呼ばれる問題だ。

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの調査によると、学校外の体験活動をしていない子どもの割合は、世帯年収300万円未満と600万円以上の家庭で約2.6倍の差がある(*1)。

今回は、体験の差が選択肢の差につながっているという現実に向き合いながら、子どもたちの選択肢を広げようとしている3つの団体の取り組みを紹介していく。

地域を“体験の入り口”にする|放課後NPOアフタースクール

子どもの世界を広げる材料は、どこで手に入るのだろうか。学校以外で子どもの経験値を増やす時間といえば「放課後」だ。

放課後は自由で、可能性に満ちた時間といえるだろう。しかし、世帯年収300万円未満の就労家庭では、69.2%の子どもが習い事をしていない。放課後に友達と遊ぶ機会が全くない子どもも、低所得層では52.3%にのぼる。放課後という時間が、家庭によっては「ただ家にいるだけ」の時間になっている現実がある(*2)。

「放課後NPOアフタースクール」は、放課後の時間を変えようとしている団体だ。「日本中の放課後を、ゴールデンタイムに。」をミッションに掲げ、2009年の設立以来、全国21校の小学校を拠点に居場所を運営している。

放課後NPOアフタースクールが大切にしているのは、アフタースクールに参加するハードルを限りなく低くすること。学校の施設をそのまま使うため、放課後に移動する必要がなく、費用の負担も最小限に抑えられる。また、保護者の就労状況も参加条件に関係しない。体験の場にたどり着けない子どもを、最初から生まない設計になっている。

アフタースクールの場に集まる子どもたちと一緒に放課後をつくっていくのが、「市民先生」と呼ばれる地域の大人たちだ。企業の社員、地元の職人、各分野のプロフェッショナルが関わり、子どもたちと話したり、一緒に何かをつくったりしながら、学校の授業では出会えない世界に触れていく。

知らない世界には、憧れることもできない。だが、アフタースクールでの出会いを通して、子どもの「知る」が一つずつ増えていく。放課後NPOアフタースクールは、地域で暮らすどんな家庭の子どもにも体験の機会が届く社会を、放課後という時間を通して実現しようとしている。


教室の外での学び。寺子屋が支えていた、地域の学びと子どもの居場所

伴走支援で見える世界を広げる|Learning for All

ただ、放課後の一時的な出会いだけでは、子どもの未来に直接的につながらない場合がある。地域の大人と話した放課後の高揚感が、1週間後も子どもの中に生き続けているかどうかは、その後の環境次第だ。進路を相談できる大人が身近にいない、目指したいと思えるロールモデルに出会えない、といった環境では、自分の未来を想像するのがそもそも難しい。

体験格差は、お金の問題だけではない。一度きりの出会いが未来への想像力に育つかどうかは、その後も誰かが関わり続けてくれるかどうかにかかっている。

「Learning for All(以下、LFA)」は、継続して子どもの隣にいることを活動の軸に置く団体だ。学習支援からスタートし、現在は子どもが自立するまでを見据えた包括的な支援を全国で展開している。

LFAの支援がほかと異なるのは、勉強を教えることをゴールにしていない点だ。学習の場を提供しながら、食事のサポート、保護者への相談対応、外出が難しい子どもの家庭への訪問支援まで、子どもの生活全体に寄り添っている。求められる支援は子どもによって違うため、一人ひとりに合わせた支援計画を立て、時間をかけて関わり続ける。

LFAの報告によると、支援を受けた子どもの80%以上が「自分の成長を感じた」と答えており、学力テストの結果も平均10点以上の伸びが見られるという(*3)。

この数字が示しているのは、学力の変化だけではないだろう。「できた」という感覚が積み重なることで、子どもは初めて、自分にも先があると思えるようになる。誰かに見てもらえている、認めてもらえているという経験が、これからを考える土台になるからだ。その経験が、想像できない未来を「できる」未来に変えていく。


不登校30万人時代。変わる日本の教育で、子どもが選ぶ多様な学びのカタチ

企業とつくる体験機会|キッズドア

だが、どれだけ個人に寄り添っても、社会の構造が変わらなければ、同じ現実が繰り返される。

厚生労働省の調査によると、日本の子どもの相対的貧困率は11.5%(2021年)で、約9人に1人が貧困状態にある(*4)。サポートがなければ、貧困は世代をまたいで受け継がれ、その社会的損失は40兆円にのぼるとも言われている。体験格差は一つの家庭の問題ではなく、社会全体が抱える構造的な問題になっている。

その現実に、個人への支援と社会への発信という両輪で向き合っているのがキッズドアだ。2007年に設立され、子どもの貧困問題に取り組むNPOとして、学習支援や体験機会の提供などの活動を続けている。

活動の中心にあるのは、無料の学習支援だ。ボランティアによる少人数制の指導を軸に、毎年約2,000人の子どもに継続した学びの場を届けている。ただ、キッズドアが届けているのは学びの機会だけではない。経済的に苦しい家庭への物資支援や、スポーツ・自然体験・映画や演劇への招待など、生活と体験の両面から子どもたちを支えている。2024年度には延べ82万人の子どもと保護者に支援が届けられた(*5)。

キッズドアは、一人ひとりの子どもに手を差し伸べながら、同時に「子どもの貧困は社会全体の問題だ」というメッセージを発信し続けている。子どもの貧困は、外からは見えにくい。貧困状態にあることを家族自身が気づいていないケースもあれば、気づいていても周囲の目を気にして声を上げられないケースもある。キッズドアは、そうした実態を調査・発信し続けることで、支援を必要としている人が、支援を知り、使える社会の仕組みづくりを目指している。

困っている人を助けるだけでは、体験格差の問題は解決しない。「知らなかった」や「選べなかった」が生まれない社会をつくることこそが、真の意味で体験格差と向き合うことだといえるだろう。

しかし、そのような社会は制度や政策だけでつくれるものではない。まずは私たち大人が、現実を知り、自分ごととして考え始めること。その積み重ねが、子どもたちの「選べなかった」を少しずつ減らしていくことにつながるのではないだろうか。

Edited by k.fukuda

注解・参考サイト

注解
(*1)子どもの「体験格差」実態調査 最終報告書|公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン
(*2)小学生の放課後の過ごし方調査 2025|特定非営利活動法人 放課後NPOアフタースクール
(*3)LFAの活動|Learning for All
(*4)“こどもの貧困”は社会全体の問題 こどもの未来を応援するためにできること|政府広報オンライン
(*5)毎月の寄付で子どもを貧困から救う|認定NPO法人キッズドア

参考サイト
放課後NPOアフタースクール
Learning for All
認定NPO法人キッズドア
子どもの「体験格差」実態調査 最終報告書|公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン
“こどもの貧困”は社会全体の問題 こどもの未来を応援するためにできること|政府広報オンライン

About the Writer
中村衣里_中村エレナ

エリ

大学時代は英米学科に在籍し、アメリカに留学後は都市開発と貧困の関連性について研究。現在はフリーライターとして、旅行・留学・英語・SDGsを中心に執筆している。社会の中にある偏見や分断をなくし、誰もが公平に生きられる世界の実現を目指し、文章を通じて変化や行動のきっかけを届けることに取り組んでいる。関心のあるテーマは、多様性・貧困・ジェンダー・メンタルヘルス・心理学など。趣味は旅行、noteを書くこと、映画を観ること。この人が書いた記事の一覧

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