
「限りある資源しかない洋上生活を、もし経済に置き換えたら…」
ヨットによる単独世界一周を24歳で成し遂げたエレン・マッカーサーの閃きから、サーキュラーエコノミーの概念は生まれた。
大量生産・大量消費・大量廃棄という従来の経済から脱却し、資源循環による新しい経済システムを作ろうと、彼女が2010年にイギリスで財団を設立した時期のこと。日本では”真の豊かさ”や”幸福度”という別の文脈で従来の資本主義からの脱却を図る企業が2002年、鎌倉に拠点を移していた。1998年創業した「面白法人カヤック」だ。
「面白さ」を「多様性」と定義し、「面白い社会」を作っていくことを社是とする同社は、インターネット広告とスマホアプリ事業という強みを活かし、鎌倉で地域と深く交わる様々な事業を展開してきた。
そんなカヤックへの転職とともに東京から逗子に移住した長谷川裕子さん。 同社のちいき資本事業のひとつコミュニティ通貨「まちのコイン」の立ち上げに参画し、現在は「鎌倉サーキュラーアワード」の事務局長も務めている。同社がサーキュラーシティへの転換を図る鎌倉でどのような役割を果たしてきたのか。長谷川さんに話を訊いた。

カヤックが提唱する「鎌倉資本主義」とは?
グループ全体で600人以上の社員を抱えるカヤックがオフィスを構える旧鎌倉地区は景観条例によって高い建物や派手な看板が制限されている。カヤックはその制約を逆手に取った。「まち全体をオフィスにする」という発想の転換により、古民家やガーデンオフィスを点在させた。
「打ち合わせのたびに、社員が商店街をまるでオフィスの廊下でも歩くみたいに行き来しています」

職住近接のワークスタイルを推奨し、鎌倉市内に住む社員には住宅手当を付与。社員以外も利用できる「まちの社員食堂」や企業主導型の保育事業である「まちの保育園」も展開している。

「通勤時間が短くなることもそうですけど、地産地消の食材を楽しんだり、コミュニティのつながりの中で金銭を介さない物々交換をすることは、豊かさや幸福度を感じられるし環境負荷も低い。なのに、海外から飛行機で輸入する食材の方が多くのお金が動く分、GDP(国内総生産) を増加させる。これってなんだかおかしくない?というのが弊社の考え方の根幹にあります」
カヤックが2017年から提唱している「鎌倉資本主義」だ。経済資本(財産や生産性)だけでなく、地域社会資本(人のつながり)と地域環境資本(自然環境や歴史文化)を同等に重視する。そして、企業は、行政、市民団体と一体となってこの地域ならではの「資本」を増やすことにコミットしなければならない。だからこそ、社員の職住近接を推進し、地域活動への参加を後押しし、地域と社員の接点を増やしている。
「何でもある便利な場所をたくさん作るというよりは、”これをやるならここ”という個性的な場所をたくさん作る。それぞれが好きな場所を選べることが多様性じゃないかと思っています」
GDPという単一の指標ではなく、地域ならではのコミュニティの強さや面白さを「資本」として測り直す。その試みは、まさにサーキュラーエコノミーの根幹にある思想――大量生産・大量消費からの転換と深く共鳴している。
「まちのコイン」が可視化した”目に見えない地域資本”
経済資本は「円」という通貨で測れる。しかし、環境資本や社会資本は目に見えない。そこをどう可視化するのか。カヤックが自社開発し、2021年には鎌倉市の事業としても導入された地域通貨「まちのコイン」は、そのひとつの答えでもある。
「ビーチクリーンに参加するとコインがもらえる。賞味期限切れ間近なものをお得に手に入れられる。かつてはお寺の住職にコインを払えば愚痴をひとつ聞いて貰えるなんて使い方もありました。お金に換算できない人と人のつながりや、まちの課題解決につながる行動を、ゲームのように楽しみながら取引できる仕組みです」

長谷川さん自身が「まちのコイン」の企画立ち上げから関わった背景には、移住先の逗子で醸成されたコミュニティに対する当事者意識がある。東京では隣人の顔は知っていても名前は知らない、そんな暮らしが当たり前だった。ところが逗子に引っ越してからは、海に行けば知り合いに会い、ある日突然「これ、娘さんに」とお下がりが届くようになった。
「東京生まれの私にとっては本当に新鮮でした。でも、そういう暮らしが人生をすごく楽しくしてくれたし、この環境を守りたいという気持ちが自然と湧いてきたんです」
その実感が「まちのコイン」の設計思想に直結している。長谷川さんのような移住者がヘビーユーザーになることも多く、ある利用者からは「まちのコインを使ったら、2回目の来店でお店の方に名前を覚えてもらえた。まちのコミュニティに入れた実感があった」という声も届いた。
地域を活性化させる「人と人のつながり」という目に見えない社会資本を可視化し、取引可能なかたちにする。鎌倉で生まれた「まちのコイン」による従来の資本主義からの転換は、累計31の地域へと広がっている。
2032年、循環者社会の実現に向けて
カヤックは2022年度から、慶應義塾大学SFCの田中浩也教授が主導する、産学官民の共同研究プロジェクト「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に幹事企業として参加している。 鎌倉市が取り組んできた循環型社会の基盤の上に、産学官民が共創することで、2032年までに「循環者社会」を実現しようというプロジェクトだ。
広く知られる「循環型社会」が仕組みやルールの整備を指すのに対し、ここで掲げる「循環者社会」とは、生活者一人ひとりが資源を回す主役(=循環者)として、自ら楽しんで参加する社会を意味している。
プラスチックを再資源化する 「しげんポスト」
具体的な取り組みのひとつが、資源回収ボックスの「しげんポスト」だ。
「鎌倉市役所や支所など8か所に設置されていて、洗剤やシャンプーの詰め替えパウチを投入すると「まちのコイン」が300クルッポ貰えるんです」

回収された資源からつくられた材料の一部をつかって実験的な研究をしているのは「リサイクリエーション慶応鎌倉ラボ」だ。高さ約1メートルの大型3Dプリンターでプランターやベンチを成形し、市役所や大船駅などに設置して資源循環を可視化している。集める資源の種類をさらに増やすことで、2032年までに資源を回す「循環者」を増やしていく計画だ。

生ゴミを土に還す「Fab de キエーロ」
もうひとつの取り組みが、家庭用生ゴミ処理機「Fab de キエーロ」。カヤックはホームセンター大手のカインズとの資本業務提携をきっかけに、消費者がDIYで組み立てるオーダー家具のプラットフォーム 「カインズDIYマーケット(CDM)」を運営している。
ここに、葉山町の松本信夫氏が開発した、土の中のバクテリアの力で生ゴミを消滅させるコンポスト「キエーロ」をラインナップした。 共創したのは、テクノロジーによる地域課題の解決を目指し、2011年に日本初のファブラボ(市民に開放されたデジタル工房)として誕生した「ファブラボ鎌倉」だ。
約1年の実証実験を経て、2026年2月に販売を開始した。価格は税込38,500円だが、鎌倉市では9割の補助が出るため、実質8,500円の自己負担で導入することができる。

「鎌倉市には、燃えるゴミに含まれる生ゴミの割合が高いという課題があります。その削減に向けて、DIYの楽しさや色塗りなどのカスタマイズ要素を打ち出しながら、楽しくやり続けられる取り組みとして普及を図っています」
循環者がつながる「鎌倉サーキュラーアワード」
市民が参加しやすい循環への入口として2024年に始まったのが「鎌倉サーキュラーアワード」だ。カヤック、鎌倉市、慶應SFCが共同で主催し、 事務局長を務める長谷川さんのほか、 リユース容器のシェアリングサービス「Megloo」を手掛ける株式会社カマンの善積真吾氏、市民団体「ゴミフェス532」の平野リエ氏ら、鎌倉サーキュラーシティのキーマンたちが主要メンバーとして関わっている。

特徴は、市民部門、スタートアップ部門、事業者部門の三部門を同時開催していること。第1回の応募は117件だったが、第2回(2025年度)には235件(市民部門だけで171件)と急増した。
「市民の環境活動がもともと盛んだったという土地柄もありますし、熱心な先生が環境教育の一環として学年全体での応募を促してくれるケースもあります」
市民部門の審査では、「経済合理性」ではなく「ゴミが減らせるか」「楽しく続けられるか」「斬新さ」「表現や思い」「社会への展開可能性」を基準にしている。事務局と松尾市長による書類審査の後、3名の審査員がプレゼン形式の最終審査を行い、受賞者を決定する。
2025年度の印象的な事例として長谷川さんが挙げたのが、中学2年生の宮澤彩瑛さんの「生ゴミ ペッタン大作戦!」だ。ホームセンターで手に入る材料で「生ゴミローラー」「生ゴミチョッパー」「生ゴミペッタン」を手作りし、3日間で生ゴミを半分にできることを実験で証明した。その詳細なレポートをまとめ、プレゼン当日は実物を持参して実演した宮澤さんは、見事銀賞を獲得した。

「お父さんと一緒に3種類作って、どれが一番効果的かを実験してくれた。その熱量が本当にすごくて。こういう子どもたちが出てくることが、このアワードをやっていて一番うれしいことです」
また、スタートアップ部門では、子ども靴の回収・リユースを手がける「SlowFast」が2025年度の金賞を受賞した。受賞後は、事務局が社会実装に向けた伴走支援を行うケースもあるという。

アイデアの先進性を称える「シード賞」では 、犬の糞からガス灯の燃料を作る試みや、パンの袋をリユースするアイデアなど、 多様な発想が評価された。富山県の高岡南高校の生徒たちは、ポテトチップスの袋をリサイクルして消しゴムを作ろうとして失敗し、下敷きへと転換した試行錯誤の過程をプレゼンした。
「うまくいかなかったことも、ちゃんと共有してくれるのがいい。実験して学ぶ、その姿勢こそ大事だと思っています」
事業者部門では表彰ではなく「認定制度」をとっている。使い捨て削減や量り売りなど全25項目のチェックリストを基にした「TypeⅠ」と、国際的なサステナブル企業認証である「B Corp認証」を参考に設計した「TypeⅡ」の二層構造だ。
B Corpの取得支援コンサルタントが設計に参画しており、今年はTypeⅡに「鎌倉らしさ」をくわえてバージョンアップした。指標のベースとなるのはサステナビリティ経営の羅針盤となるツール「サステナビリティ・コンパス」だ。
「「Nature(自然)・Economy(経済)・Society(社会)・Well-being(幸福)」の4領域の中央に『Kamakura』を据えた、5分野での指標化を予定しています」
松尾市長による「未来ビジョン鎌倉2029」にもB Corp取得支援が明記されており、アワードの認定からB Corpへのステップアップを見据えた設計となっている。さらに認定事業者は専用ステッカーを付与するとともに、市内で無料配布される「鎌倉サーキュラータウンガイド」に掲載。鎌倉を訪れる人が、お店の循環への取り組みを見て店舗選びができる仕組みを作っている。

環境教育と行動変容を兼ねたキャラクター育成ゲーム「くるりんペット」
市民が気軽に資源循環に関する行動ができるようにとカヤックが開発したのが「くるりんペット」。循環につながる行動「じゅん活」をすると、カタツムリのキャラクターが育つゲームアプリだ。

ユーザーは「朝食を残さず食べた」などの日常の行動、ゴミの分別方法などの記事を読む環境教育、ゴミ拾いイベントなど資源循環への参加により、キャラクターの「ごはん」や鎌倉駅西口の時計塔をモチーフにした殻のコレクションなどの「着替え」といった育成アイテムを獲得していく。
資源循環に参加できるスポットをまとめた「巡礼マップ」には、サーキュラータウンガイドと連携した認定事業者の店舗も掲載されており、お店にチェックインするとアイテムが獲得できる設計だ。
2026年2月から3月末にかけて実施した実証実験の中で、長谷川さんが「面白いな」と感じた事例がある。自己申告による日常行動のボタンを実行していないのに押してキャラクターを成長させた40代の男性が、キャラクターの育成のために資源循環につながる活動のリストを毎日眺め続けた結果、「人生で初めて古着を買いました」と報告してきたという。
「行動はせずとも記事を読むことで、自然と環境者教育になっていたんだと思います。アプリとの接触頻度の高さは、思った以上に効果があるんだと感じました」
養鶏から学んだ「循環は楽しくないと続かない」
長谷川さん自身も暮らしの中で資源循環に取り組んでいる。逗子の自宅ではキエーロを導入し、さらに鶏も飼い始めた。
横須賀市長坂の平飼い養鶏場「チキチータファーム」の鈴木章子さんに学んだ養鶏哲学は「ゴミを出さない」こと。近所のお豆腐屋さんから出るおからを、お米屋さんからは屑米や糠を貰い、それらを発酵させて餌にする。家庭の生ゴミのうち鶏が食べられるものはもちろん、出汁殻も餌になるため、出汁パックを使うのをやめて一から出汁を取るようになった。
鶏は庭の雑草も食べてくれるし、卵のお裾分けは近所付き合いのきっかけや、子どもたちの食育にもつながっている。こうした暮らしの実感は長谷川さんの事業設計にも影響を与えている。
「鶏を飼っているのも残飯を食べてくれたり、おいしい卵が食べられたり、単純にかわいいからというのが先。結果的に環境に良い取り組みだったというのが正直なところです。でも、そういう取り組みこそが長く続けられるものなのかなとも思っています」
最後に改めて、「鎌倉資本主義が鎌倉のサーキュラーシティ化に果たしてきた役割」について振り返ってもらった。
「鎌倉が目指すサーキュラーシティに向けて、目に見えなかった「環境資本」や「社会資本(人のつながり)」をデジタルで可視化できたこと。それが、カヤックの果たせた一番の役割なのかなと感じています。一方で、市民の意識にはまだ温度差もある。だからこそ、ゲーミフィケーションを通じて、無関心層の「最初の一歩」をどう作るかがこれからの核心です。 『まちを好きな人が増えれば、まちは自然とよくなる』という信念が、鎌倉資本主義の根底には流れています」
カヤックが提唱してきた鎌倉資本主義は、単なるエコ活動の枠を超え、鎌倉がサーキュラーシティへと生まれ変わるための強力な原動力として、確かに機能している。
鎌倉
サーキュラーシティレポート
文・写真 青葉薫
鎌倉は循環型都市の実験場だ。
技術や地域通貨で資源が循環する仕組みを構築し、
市民精神と最新デザインで都市を変革する。
自給自足とコミュニティ再生を目指す今を記録する。
種蒔く旅人Ⅱ
~2040、未来の君へ~
文・写真 青葉薫
夕陽が海に沈む三浦半島・秋谷。
15年前に都会を離れ、
この海辺のまちで
「食べるものを育てる」暮らしを手に入れた。




















































青葉 薫
横須賀市秋谷在住のライター。全国の生産者を取材した書籍「畑のうた 種蒔く旅人」を上梓。本名で放送作家/脚本家/ラジオパーソナリティーとしても活動。日本環境ジャーナリストの会会員/横須賀市都市計画審議委員/横須賀市環境審議委員/株式会社オフィスクレッシェンド取締役
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